03 ,2009
深海魚 14
深夜、宴もお開きになり、客たちは伊原に37歳の祝いの言葉や抱擁を献上し徐々に帰って行く。留学経験のある圭太からすると、抱擁をする挨拶は見慣れたものであったが、日本人同士がやっているのを見ると、いつも少し違和感を覚えた。
圭太は、静の顔を見てから帰るかどうか迷っていた。伊原とキスをする後姿を見た後、静の姿を見ることは無かった。自分の中に生まれた静への拘りが軋みを上げている。パーティーで立ち歩く静の姿が目に焼きつくほどに見た。
楚々とした立ち姿も、薄い鬚に覆われた綺麗な形の顎の上部に位置する柔かそうな口唇も、黒く艶のある前髪の下のゆるくおろした長い睫も・・・静への想いに気付き始めた心に、それらの容色は小さな苛立ちを伴いながら圭太を煽り続けた。伊原とキスする姿を見ても、煽られた想いが醒めることは無く、ただ何かが足りない歯がゆさが胸に痼る・・・
今日は、あの綺麗な鳶色の瞳と一度も目を合わせていない。避けられているような気がして、それもずっと気にかかっていた。静は、自分に伊原との事をカミングアウトしたことを後悔しているのだろうか。
リビングのソファを見ると、二ノ宮がすっかり打ち解けたタレントの少女とメールのアドレス交換をしている。2人の会話は際限なく広がって、放って置けばフィギュアがどうの、ゲームのキャラクターが声優がとオタッキーな話が、朝まで続きそうだ。帰りたそうにマネジャーらしき男が2人の前に仁王立ちになっているが、全く無視で2人で盛り上がっている。
自然に足がバーカウンターのある書斎に向く。
一体、自分はシズカを探して何を言うつもりなのか、自問自答した。少なくとも、伊原邸を辞する挨拶などでない。最後に静の気持ちの確認を取っておきたかった。静が本当に伊原のことを想っているのなら、自分の出る幕ではない。
静は伊原の自邸での勤務の誘いを、何度も断ったと言っていた。もし、伊原に対する想いに少しでも迷いがあるのなら・・・そう願う自分を「諦めが悪い」と思いながらも、確かめずにはいられなくなっている己に、苦笑する。
これほどまでに、静の存在が自分の奥深いところまで食い込んでいようとは、思わなかった。今となって思えば、近すぎて見えてなかったものが、たくさんあり過ぎた気がする。本当に「今更」だ。
書斎に踏み入れても静の姿はなく、どうしてもいま会いたい気持ちに駆られて、邸内を探し始めた。先程、静と伊原がキスしていた廊下の奥にドアが一枚あり、そのノブに手を掛けた。
「河村先生、そこはプライベートなエリアなので、ご遠慮願えますか?」
「失礼、シズカを探しているんですが、どこにいるかご存じですか?」
振り返ると、さっきまで玄関で客を送り出していた伊原が立っていた。
「彼なら顔色が優れなかったので、先に上がらせました。今日は朝からセッティングや何かを手伝ってくれたので疲れたんでしょう」
あちらこちらに生けられた花や室内のしつらえ、使用されたクロスのセンスの良さに静を感じる。伊原のために朝からここに来て設えたのだろう・・・そう思うと胸が塞いだ。
「何か伝えたい事があるなら、僕が伝えて差上げますよ」
「いえ…結構です」
「圭太さん、もうおいとましせんか?」
圭太を探してやってきた二ノ宮が欠伸混じりで進言してきた。眠そうに眼鏡を外した目を擦っている。
「へえ…可愛いとは思ったけど、君は本当に整った顔をしているね」
眼鏡を掛け直した二ノ宮は、ぴたりと伊原に視線を合わせるとニッと笑った。
「残念ですけれど、伊原さんは全くもって、僕の好みではありませんので、僕にちょっかいはかけないで下さいね。僕、寂しがり屋さんの相手って、苦手ですから」
「これは、手厳しい」
一瞬、虚を突かれた顔をしたが伊原は再びニヤニヤと二ノ宮を眺めた。二ノ宮は笑を引っ込め真顔に戻ると、伊原の視線を煩いハエでも追い払うように無視した。
「圭太さん、帰りましょうよ。リナちゃんも帰っちゃったし、僕も、眠いんです。
じゃ、伊原さん失礼しまふ。けうはごちそうたま」挙句、欠伸しながら礼を言う。失礼なヤツだ。
「どういたしまして。河村先生、MITに在籍できるほど優秀な頭脳を持つ所員をお持ちだなんて、羨ましい限りですね。私もそろそろ疲れてきましたので、失礼しますよ。
またお会いできるのを楽しみにしています」
欠伸をしながらスタスタ歩き出した二宮に続いて別荘を出た。月明かりの中、アスファルトの上を波音が押し寄せる。2人並んでセカンドハウスまでの坂を登り始めた。圭太が呆れたように溜息を吐く。
「まったく、寂しがり屋だなんて、誰に何言ってんのやら」
「言葉通りの意味ですよ、圭太さん。伊原さんみたいな甘えたさんの相手してたら、キリが無いですよ。花隈さんも彼みたいな人に目を付けられたんじゃ、大変そうだな」
圭太は意外なものでも見るように二ノ宮を見た。二ノ宮が興味を持つのはオタッキーなサブカルチャーと建築だけかと思っていたら身の回りの人間にもそれなりに興味を持ち、分析し、人間関係まで把握していたらしい。そういえばと、享一にも妙な執着を見せていたことを思い出す。
「静は、伊原氏と付き合っているそうだ」
「ヘ~ぇ~~。エ」
「なんだよ、その「ヘ」と「エ」は?」
「いえ・・・別に~」
二ノ宮は、物言いたげに圭太の顔を見ながら何度も目を瞬いた。その小動物を思わせるつぶらな瞳に、圭太は思わず小さく噴出した。
「まったく、二ノ宮からその頭脳と容姿を取り上げたら、ただの”オタク”が残るのかと思っていたら、結構周りを見てるんだな。天下のMIT侮りがたしか。二ノ宮相手に予測など不可能な気がしてきた」
「いえ、僕は学内ではバランスが取れすぎてて、ちょっと肩身が狭いです」
「二ノ宮でバランスが取れてるって・・・・一体どういう大学だ。それより二ノ宮、そろそろ学生に戻った方がいいんじゃないのか?」
「へへへ、もうちょっとK2にいさせてくださいよう、圭太さん」
「まあ、どうしてもっていうなら別に構わないが。日本での仕事も減っているし、給与は下げさせてもらうけど?」 整った顔に意地悪な笑いが浮かぶ。
「え~~ヤダッ!!それは困ります!僕の聖地、秋葉原に繰り出す軍資金がなくなっちゃうじゃないですかぁ!」
セカンドハウスの門扉が見えた。
笑いながら上り切った坂の上から、圭太は来た坂道を振り返った。
暗い海辺に伊原の別荘にだけ煌々と灯りが点いている。
気遣わしげに自分を見つめる、あの澄んだ鳶色の瞳をいますぐに見たい。その思いを振り切るように背を向けた。
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■深海魚 1 から読む
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2

□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
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しーちゃん、大丈夫かしら(;´Д`)
うぅ~~圭太も……もどかしいですねぇ。
2人の気持ちがスレスレまでに近寄っているのに、立ちはだかる伊原氏(-ω-;;)
しーちゃんのお初は圭太に上げたいよぉ~~。
紙魚さまぁああぁあぁ!!!クスン。
続きもお待ちしております!!