02 ,2009
深海魚 6
「君は、何故この店にそんなに執着するんだい?実家だって東京のはずだろう?」
少し間があいて、静の手が再び氷を砕き始め、その音だけが店内に響く。
日は傾き、残光を残すのみで店内の白い壁が黄昏の淡いばら色に染まり、日没と共に訪れる光の届かぬ深海の世界へと時間を明け渡そうとしていた。
「俺は、店で迎えるこの時間が一日のうちで一番好きです」
小さな隙間から流れ込む波の音をBGMに、夜の帳がシーラカンスを包み始める。
「俺には・・・夜になると深い海の底に沈んでいくような、この店が似合いなんです」
そう、俺には暗い海の底でたゆうようなこの店がお似合いだ。
「河村 圭太」
氷をクラッシュしていた手の動作が止った。
唐突に名前を出され、動揺した表情で伊原の顔を見ると、伊原が薄笑いを浮かべてマティーニを口に運び、とろみのあるその液体を舐めるように啜った。
「・・・の、設計だから、でしょ?
君は、この店が彼の作品だからココで働きたいと思ったんじゃないの?」
「・・・・・」
図星だ。その通りだった。
河村の手掛けたバーがバーテンを探していると知って、静はようやく就職できた会社を一年で辞めてこの仕事に就いた。会社を辞めた理由はそればかりではないが、河村の生み出した作品と共に過ごしたいという欲に静は捕らえられ、迷わずシーラカンスを選んだ。
近くに河村のセカンドハウスがあるというのも、決めた理由のひとつだ。
少しでも圭太と繋がりを持っていたいという願望だけで名乗りを上げた。
「君を雇い入れる時、僕は客商売は清潔感が第一だから、その鬚を剃り落とすように言ったよね。君は願掛けをしているから絶対に剃れないと言った。
君の願掛けってさ、河村君に対する恋心の成就ってこと?」
「伊原さん・・・!」
その口を黙らせたくて、尖った声を発するが、伊原は一向に気にするでもなく先を続ける。
その瞳は狼狽し動けなくなった静を面白そうに見上げた。
「偲ぶ恋。は、辛いだろう?彼は男にも女にももてるからね。東京でもあちこちのパーティーやイベントで顔を合わせるけど、いつも違う人間が隣に居るよ。いや、そういえば半年くらい同じ男と付き合ってたことがあったな。・・・・たしか時見君だっけ?」
伊原の、ついさっきまでの温厚で愛嬌のあった瞳が180度雰囲気を変えて眇められた。意地の悪い笑をちらつかせながら静を追い詰めてゆく。
時見 享一にこれまで抱いてきた好意的な感情に紛れる押し殺した嫉妬を暴露されそうで、恐怖を感じた。
自分は、まだこれ以上醜くなろうというのか?
そんなことは、耐えられない。
不意にグラスを隣席に滑らせると伊原が立ち上がり、カウンター越しに氷を押さえていた静の左手を捕らえた。掌の真中を親指の腹で撫でられて、右手に持っていたアイスピックが離れ、氷を置いたトレイの縁に当り音を立て床に落ちる。
強弱を付けた指の動きに、ゾワリと未知の痺れが沸き起こり、慌てて引き抜こうとしたが逆にギュッと渾身の力で握られ、痛さに小さな呻き声をあげた。その手をぐいっと伊原の方に引っ張られ、カウンターの縁に空いた右手を突いて前のめりになった身体を支える。
「河村くんは、君のその穢れ無き純情に気付いてないんだろう?
君の方はこんなにも、自分を汚し貶めてほしいと、願っているというのにね」
「伊原さん・・・なに、を」 言っているのか?
静は、確信しているかのごとく平然と言い募る伊原を愕然と見つめた。
今、伊原の口を吐いて出てくる言葉は一体、誰の望みなのか?誰の・・・?
静の顔が蒼白になり、固まって放心したようになる。力の抜けた掌に再び愛撫が始まった。
「彼の隣は、順番待ちの長蛇の列だ。君もその列に並んでいるのかい?でもね、列に並ぶような連中は、所詮、河村君のスペシャルにはなれないよ。彼は基本的に、エピキュリアンだからね、甘い蜜だけを求めて自分に集まる男や女の間を渡り歩く。それとも、君には河村君を振り向かせるだけの自信があるのかな?」
伊原はそう言うと、静の自信の程を計るように方眉を上げて悪戯っぽい視線を投げかけてくる。だが、瞳の底には、猛獣が獲物を玩ぶような残虐な色がゆらりゆらりとこのひと時を悦しむように揺れている。
「いつまで君は、河村君不在の君の世界を守り通すつもりなの?僕なら、
君を綺麗に汚してあげられるのに」
←前話 次話→
■深海魚 1 から読む
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
少し間があいて、静の手が再び氷を砕き始め、その音だけが店内に響く。
日は傾き、残光を残すのみで店内の白い壁が黄昏の淡いばら色に染まり、日没と共に訪れる光の届かぬ深海の世界へと時間を明け渡そうとしていた。
「俺は、店で迎えるこの時間が一日のうちで一番好きです」
小さな隙間から流れ込む波の音をBGMに、夜の帳がシーラカンスを包み始める。
「俺には・・・夜になると深い海の底に沈んでいくような、この店が似合いなんです」
そう、俺には暗い海の底でたゆうようなこの店がお似合いだ。
「河村 圭太」
氷をクラッシュしていた手の動作が止った。
唐突に名前を出され、動揺した表情で伊原の顔を見ると、伊原が薄笑いを浮かべてマティーニを口に運び、とろみのあるその液体を舐めるように啜った。
「・・・の、設計だから、でしょ?
君は、この店が彼の作品だからココで働きたいと思ったんじゃないの?」
「・・・・・」
図星だ。その通りだった。
河村の手掛けたバーがバーテンを探していると知って、静はようやく就職できた会社を一年で辞めてこの仕事に就いた。会社を辞めた理由はそればかりではないが、河村の生み出した作品と共に過ごしたいという欲に静は捕らえられ、迷わずシーラカンスを選んだ。
近くに河村のセカンドハウスがあるというのも、決めた理由のひとつだ。
少しでも圭太と繋がりを持っていたいという願望だけで名乗りを上げた。
「君を雇い入れる時、僕は客商売は清潔感が第一だから、その鬚を剃り落とすように言ったよね。君は願掛けをしているから絶対に剃れないと言った。
君の願掛けってさ、河村君に対する恋心の成就ってこと?」
「伊原さん・・・!」
その口を黙らせたくて、尖った声を発するが、伊原は一向に気にするでもなく先を続ける。
その瞳は狼狽し動けなくなった静を面白そうに見上げた。
「偲ぶ恋。は、辛いだろう?彼は男にも女にももてるからね。東京でもあちこちのパーティーやイベントで顔を合わせるけど、いつも違う人間が隣に居るよ。いや、そういえば半年くらい同じ男と付き合ってたことがあったな。・・・・たしか時見君だっけ?」
伊原の、ついさっきまでの温厚で愛嬌のあった瞳が180度雰囲気を変えて眇められた。意地の悪い笑をちらつかせながら静を追い詰めてゆく。
時見 享一にこれまで抱いてきた好意的な感情に紛れる押し殺した嫉妬を暴露されそうで、恐怖を感じた。
自分は、まだこれ以上醜くなろうというのか?
そんなことは、耐えられない。
不意にグラスを隣席に滑らせると伊原が立ち上がり、カウンター越しに氷を押さえていた静の左手を捕らえた。掌の真中を親指の腹で撫でられて、右手に持っていたアイスピックが離れ、氷を置いたトレイの縁に当り音を立て床に落ちる。
強弱を付けた指の動きに、ゾワリと未知の痺れが沸き起こり、慌てて引き抜こうとしたが逆にギュッと渾身の力で握られ、痛さに小さな呻き声をあげた。その手をぐいっと伊原の方に引っ張られ、カウンターの縁に空いた右手を突いて前のめりになった身体を支える。
「河村くんは、君のその穢れ無き純情に気付いてないんだろう?
君の方はこんなにも、自分を汚し貶めてほしいと、願っているというのにね」
「伊原さん・・・なに、を」 言っているのか?
静は、確信しているかのごとく平然と言い募る伊原を愕然と見つめた。
今、伊原の口を吐いて出てくる言葉は一体、誰の望みなのか?誰の・・・?
静の顔が蒼白になり、固まって放心したようになる。力の抜けた掌に再び愛撫が始まった。
「彼の隣は、順番待ちの長蛇の列だ。君もその列に並んでいるのかい?でもね、列に並ぶような連中は、所詮、河村君のスペシャルにはなれないよ。彼は基本的に、エピキュリアンだからね、甘い蜜だけを求めて自分に集まる男や女の間を渡り歩く。それとも、君には河村君を振り向かせるだけの自信があるのかな?」
伊原はそう言うと、静の自信の程を計るように方眉を上げて悪戯っぽい視線を投げかけてくる。だが、瞳の底には、猛獣が獲物を玩ぶような残虐な色がゆらりゆらりとこのひと時を悦しむように揺れている。
「いつまで君は、河村君不在の君の世界を守り通すつもりなの?僕なら、
君を綺麗に汚してあげられるのに」
←前話 次話→
■深海魚 1 から読む
■静×圭太 関連<SS> ― 願い ―
■河村 圭太 関連作 翠滴 2
■最後までお読みいただき、ありがとうございます。
図に乗りまして、以前 *シマシマ猫さま*よりリクエストを頂戴していました、河村 圭太のスケッチをUPします。イメージを壊されたくないワ!!っという方は、凝視せず素通りをしてくださいませ~
スケッチを起こすに当たって、圭太ってどんな人だったかと、記事を確認しましたところ、少女漫画の王子様風でロンゲのチャラ男とありました( ̄ロ ̄;)!
文字で書けば、一行以内で収まることも、さてビジュアルで表現となると、エライ目に・・・
今回は、シズカ絡みもあって”椿”を手折るカメリア王子・圭太であります。控えめな魅力を持つ”椿”ことシズカを無事、手折れるか?う~ん。。(ー_ー;)ゝ”←

こんなチャラ男な建築家がいたら、見てみたいわ!(笑)
もうちっと、ちゃんと見てやってもいいよ~とゆうキトクな方はこちらから。ドゾ
図に乗りまして、以前 *シマシマ猫さま*よりリクエストを頂戴していました、河村 圭太のスケッチをUPします。イメージを壊されたくないワ!!っという方は、凝視せず素通りをしてくださいませ~
スケッチを起こすに当たって、圭太ってどんな人だったかと、記事を確認しましたところ、少女漫画の王子様風でロンゲのチャラ男とありました( ̄ロ ̄;)!
文字で書けば、一行以内で収まることも、さてビジュアルで表現となると、エライ目に・・・
今回は、シズカ絡みもあって”椿”を手折るカメリア王子・圭太であります。控えめな魅力を持つ”椿”ことシズカを無事、手折れるか?う~ん。。(ー_ー;)ゝ”←

こんなチャラ男な建築家がいたら、見てみたいわ!(笑)
もうちっと、ちゃんと見てやってもいいよ~とゆうキトクな方はこちらから。ドゾ
紙魚もエライ事をやらかしてしまったみたいで、ドキドキしてきました。
すみません、すみません。
変なセリフを読ませてしまって・・・
プロット(今回は殆ど小説状態・・)に書いてあったんです。
あの時、私ってヤツは一体何を考えていたのでしょう。。。
なんか、ランキングを離れて開放され過ぎているようです、アタクシ・・・
もともと無いですけど、品位が更に更に下がっていってるみたいです(泣
Kさま、お忙しい中コメントをありがとうございます!!