10 ,2008
翠滴 side menu 鳴海 1
2→
黒いジャガーが敷地内の田園に入った。
鳴海基弥(もとや)は、ミラーで後部座席の永邨 周(あまね)を見遣る。
周は黒い革のシートに身を埋めて動かない。軽く瞼を伏せ眠っているかのようだ。
”お努め”後は物憂げでいつもこんな感じだが、本当に寝てしまうのは珍しい。
3日ぶりに会う周は、少しやつれ、やや青ざめた顔は、もともと色素の薄い肌を更に白く際立たせシートの黒革に映える。肌蹴たYシャツから覗く頬と同じ白い肌には血色の花弁が艶やかに散り、借主の周に対する尋常ではない執着を物語っていた。
他の顧客の手前、躯に痕は付けないという約束なのに、あの男は守った例がない。
「疲れましたか」
返事を期待せず、声を掛けてみた。
1晩のレンタルが2晩も延長され、肉体のみに留まらず、そこから滲み出る気配さえ疲弊しきっている。無理もない。3日3晩、激しい男の情欲に付き合い、苛まれ続けたのだ。周の傾げられて露になった項や長いまつげ、しどけなく投げ出さた肢体から滲む疲労に混じって、淫靡な蜜が流れ出る。
どのように愛すれば、プライドの高い周をここまで引きずり堕してしまえるのか。
鳴海は、長躯に高速CPUを持つ頭脳を携え、財界と政界を相手に悠々と闊歩し、眉目秀麗を誇る若き企業家を思い起こした。その男は、本望ではない父親の会社の後を継ぐため自分の起こした事業から手を引くという噂を聞く。
もしかして、荒れているのだろうか。
この様子だと、きちんと食事を摂らせ、眠らせて貰えていたのかさえも怪しいものだ。
「鳴海・・・いつになったら終わる。本宅は俺を殺す気か?」
長い沈黙の後、周が口を開く。鳴海は鼻で笑い答えた。
「まさか、貴方に死んでもらっては困ります。今のところ我社の将来は、
あなたとあなたの顧客の投資や株の利権が握っているのですから。
美操様と茅乃様の将来も然りです。もちろん、私の将来も」
「お前の将来に興味は無い。今時、人身御供なんて流行らないだろうが。
男の癖に俺と寝たがる下衆野郎どもの気も知れない。人権蹂躙反対!」
最後の言葉を、嘲笑うかのように皮肉を込めて握った拳の中指をたて
いかにもスローガンっぽく口にする。かなり、機嫌が悪い。
「下品ですねえ。周様」
普段では考えられない周の下品な仕草に、鳴海は余裕の表情で笑う。
大人ぶっても、所詮は24歳のガキだ。来年、三十路を迎える自分でも大人には程遠いと思えるのにだ。
「あなたは、ある種の男を惹きつけてしまうのです。
貴方の持つ、気高さや高潔な心、男でありながら美しすぎるという
事実が嗜虐心と征服欲を煽るのですよ」
「俺のせいかよ? 変態め。お前までそんなこと言うなんてな」
眇めた目の奥の侮蔑を込めた翠の瞳が、ミラーを通して睨んでくる。
いつもの紳士然とした物言いや余裕はすっかり、なりを潜めている。
見掛け以上に参っているということか。
これはいい。
整った容姿はそのままで野卑に成り下がった周は、下品だが素直だ。結構気に入っている。
目を細めた涼しげな容貌に意地の悪い嗤いが浮かぶ。
「おや、貴方だっているでしょう? 気になる"オトコ"が」
周の顔から表情が消えた。
「N大建築学部の香田教授のところに足繁く通っているのは、
重文に指定された邸宅の保存の話合いの為・・・・ばかりでは、
ないのではないですか?」
N大3年の時見享一の事を 暗に指摘すると、本気で怒ったらしく横を向く。
「お前はいつまで経っても、厭な奴だな。1000年経ってもお前はそのままなんだろう?」
「ふふ、貴方には、仕事を差し引いても興味がありますからね。
わかり易い人だ。貴方が扱い難い人だなんて、誰が言ったんでしょうねぇ?」
鳴海の目が愉しそうに笑う。
いつもの楚々と全ての感情をしまい込こみ 気高くポーカーフェイスを決め込む周も神秘的でいいが、自分を押し殺した窮屈感に耐え切れず、感情を剥き出しにした周は普段からは想像も出来ないような物言いをして面白い。素の周は、歳相応の人間臭い熱みたいなものを持っていて、理不尽な自分の境遇に耐えつつも、荒々しい内面や弱さが時折顔を出す。
可愛いものだ。
あたられ役の自分にしか見せない、茅乃達ですら知らないもう一人の周。
儘ならない状況に翻弄され、打ちのめされて苦しむ姿には、ゾクゾクする。
その、ギャップがいい。もっともっと、追い詰めてやりたくなる。
毅然とした仮面や言葉を剥ぎ取り、窮地に追い詰められ堕され自分に縋るしかなくなった周を想像すると、自分の中の昏いエクスタシーが蠢くのを感じる。
鳴海は車の進路を変え、狭い農道に入れ車を止めた。地面を踏むタイヤの音とエンジン音が消えると、車内にも静寂が訪れた。
周が怪訝な顔で、鳴海の後頭部に視線を注いでいる。
「ひとつ、私と取引きしませんか?」
黒いジャガーが敷地内の田園に入った。
鳴海基弥(もとや)は、ミラーで後部座席の永邨 周(あまね)を見遣る。
周は黒い革のシートに身を埋めて動かない。軽く瞼を伏せ眠っているかのようだ。
”お努め”後は物憂げでいつもこんな感じだが、本当に寝てしまうのは珍しい。
3日ぶりに会う周は、少しやつれ、やや青ざめた顔は、もともと色素の薄い肌を更に白く際立たせシートの黒革に映える。肌蹴たYシャツから覗く頬と同じ白い肌には血色の花弁が艶やかに散り、借主の周に対する尋常ではない執着を物語っていた。
他の顧客の手前、躯に痕は付けないという約束なのに、あの男は守った例がない。
「疲れましたか」
返事を期待せず、声を掛けてみた。
1晩のレンタルが2晩も延長され、肉体のみに留まらず、そこから滲み出る気配さえ疲弊しきっている。無理もない。3日3晩、激しい男の情欲に付き合い、苛まれ続けたのだ。周の傾げられて露になった項や長いまつげ、しどけなく投げ出さた肢体から滲む疲労に混じって、淫靡な蜜が流れ出る。
どのように愛すれば、プライドの高い周をここまで引きずり堕してしまえるのか。
鳴海は、長躯に高速CPUを持つ頭脳を携え、財界と政界を相手に悠々と闊歩し、眉目秀麗を誇る若き企業家を思い起こした。その男は、本望ではない父親の会社の後を継ぐため自分の起こした事業から手を引くという噂を聞く。
もしかして、荒れているのだろうか。
この様子だと、きちんと食事を摂らせ、眠らせて貰えていたのかさえも怪しいものだ。
「鳴海・・・いつになったら終わる。本宅は俺を殺す気か?」
長い沈黙の後、周が口を開く。鳴海は鼻で笑い答えた。
「まさか、貴方に死んでもらっては困ります。今のところ我社の将来は、
あなたとあなたの顧客の投資や株の利権が握っているのですから。
美操様と茅乃様の将来も然りです。もちろん、私の将来も」
「お前の将来に興味は無い。今時、人身御供なんて流行らないだろうが。
男の癖に俺と寝たがる下衆野郎どもの気も知れない。人権蹂躙反対!」
最後の言葉を、嘲笑うかのように皮肉を込めて握った拳の中指をたて
いかにもスローガンっぽく口にする。かなり、機嫌が悪い。
「下品ですねえ。周様」
普段では考えられない周の下品な仕草に、鳴海は余裕の表情で笑う。
大人ぶっても、所詮は24歳のガキだ。来年、三十路を迎える自分でも大人には程遠いと思えるのにだ。
「あなたは、ある種の男を惹きつけてしまうのです。
貴方の持つ、気高さや高潔な心、男でありながら美しすぎるという
事実が嗜虐心と征服欲を煽るのですよ」
「俺のせいかよ? 変態め。お前までそんなこと言うなんてな」
眇めた目の奥の侮蔑を込めた翠の瞳が、ミラーを通して睨んでくる。
いつもの紳士然とした物言いや余裕はすっかり、なりを潜めている。
見掛け以上に参っているということか。
これはいい。
整った容姿はそのままで野卑に成り下がった周は、下品だが素直だ。結構気に入っている。
目を細めた涼しげな容貌に意地の悪い嗤いが浮かぶ。
「おや、貴方だっているでしょう? 気になる"オトコ"が」
周の顔から表情が消えた。
「N大建築学部の香田教授のところに足繁く通っているのは、
重文に指定された邸宅の保存の話合いの為・・・・ばかりでは、
ないのではないですか?」
N大3年の時見享一の事を 暗に指摘すると、本気で怒ったらしく横を向く。
「お前はいつまで経っても、厭な奴だな。1000年経ってもお前はそのままなんだろう?」
「ふふ、貴方には、仕事を差し引いても興味がありますからね。
わかり易い人だ。貴方が扱い難い人だなんて、誰が言ったんでしょうねぇ?」
鳴海の目が愉しそうに笑う。
いつもの楚々と全ての感情をしまい込こみ 気高くポーカーフェイスを決め込む周も神秘的でいいが、自分を押し殺した窮屈感に耐え切れず、感情を剥き出しにした周は普段からは想像も出来ないような物言いをして面白い。素の周は、歳相応の人間臭い熱みたいなものを持っていて、理不尽な自分の境遇に耐えつつも、荒々しい内面や弱さが時折顔を出す。
可愛いものだ。
あたられ役の自分にしか見せない、茅乃達ですら知らないもう一人の周。
儘ならない状況に翻弄され、打ちのめされて苦しむ姿には、ゾクゾクする。
その、ギャップがいい。もっともっと、追い詰めてやりたくなる。
毅然とした仮面や言葉を剥ぎ取り、窮地に追い詰められ堕され自分に縋るしかなくなった周を想像すると、自分の中の昏いエクスタシーが蠢くのを感じる。
鳴海は車の進路を変え、狭い農道に入れ車を止めた。地面を踏むタイヤの音とエンジン音が消えると、車内にも静寂が訪れた。
周が怪訝な顔で、鳴海の後頭部に視線を注いでいる。
「ひとつ、私と取引きしませんか?」
ヤバイ。ヤバ過ぎますよ鳴海さん。
周も意外な一面も好きですが、鳴海さんはイイ!
カッコイイ!!