01 ,2009
翠滴 2 水底 4 (45)
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「ほう。君は妻帯者だと思ってましたけど、何とかは色を好む、ですか?
若いうちはそれもまたよろしいな。ところで、君の細君は元気にしてられますか? えらい別嬪さんもらわはりましたな。まあ、男に別嬪っていうのもなんですけど」
周は、ハッと目を見開き老人の顔を凝視した。
「あれは、男でしょう? 女には無いストイックな美しさがありましたな。祝言の時、『羽衣』の話をしましたら切なそうな顔して涙を零さはりましてな。あの時は、こっちも年甲斐なく胸が締め付けられましたわ」
高波はそう言うと快活に笑い飛ばした。
能舞台の上から、角隠しの下で切なげに嫉妬の涙を一粒零した享一を見て、愛しさに胸が裂けそうになった。舞を中断し、あの偽りの宴の席から享一を連れ逃げ去りたい衝動に幾度、駆られた事か。
「畏れ入りました。享一とは、今は訳あって離れていますが、いつかこの手にと思っています」
「成る程、恋の相手とはあの子ですか。それにしても、企業2つに揺さぶりをかけてまで手に入れる恋とは。周君、その享一君という男児にえらい惚れ込んでしもたもんですな」
「ええ、惚れています」
短く肯定した顔から硬さが消えるのをみつけ、釣られるように高波の目も細まった。
「確かにあれはよい男です。真っ直ぐで素直な目をしてましたわ。信頼できる人間の目です。君の周りを跋扈する魔物どもとは、質が異なりますな。この先、ものや力のおよばん部分で君を守ってくれる男なんやと思います。もし運良う懐に入れたら、そら大事にしたらなあきませんな」
「ええ」
懐に入れたら・・・先日の暴漢の事を考えると、それが容易ではない事は簡単に想像できる。
享一を日々の不安に晒すのは本意ではない。いや、それ以前に全てを知ってしまった享一が自分を選ぶ確証もどこにもない。周の恥部ともいうべき過去を知りながら、神前に会った享一の真意が知りたかった。
「相変わらず、君は美しいな」
高波の狡猾な声に、思いに耽り視線を畳に落としていた周の背に僅かな緊張が走る。
「私は断然、君の方が好みですわ。さて、美しい君からのご褒美は何にしましょか」
敷いていた座布団から下り、周は姿勢を正して頭を下げた。
「なんなりと・・・株を貸与いただけるのなら、何を申し付けていただいて結構です」
「普通じゃおもしろない。まずは、前みたいにモデルをまた頼みましょか。それともう一つ、君の絵を次の四紀会に出展させてもらえんかな、この年になると、自分が健在である事を周りに知らしめとうなりますのや。賞の一つも獲って、孫に威張りたいという訳です。この老人の2つの我侭、聞いてくれますやろか?」
高波の描く周の絵は、どれも裸体をさらした妖艶なものが多かった。俄かに周の表情も曇る。だが、自分の頼みごとを考えると無碍に断れるものでもない。溜息が漏れた。
「モデルは、いつでもお引き受けします。出展される絵の方は、なるべく私だとわからないものにしてくださるのなら」
「それも、おもしろない」
きかん坊で悪戯な子供がする、にんまりとした得意げな笑い顔で切り捨てられた。
「ますますカラーコンタクトが離せなくなる」
珍しく困り果てた顔をする周に、再び高波は高らかな笑い声を上げた。
何度も、上りつめては果てた。
飢えた獣のように唇を合わせ噛み合い、お互いがお互いを掴まえ求め、相手を奪い去ろうと絡み合う。止まらなかった。その存在を、熱を確かめるように、身体を重ね融合させ、引き離してはまた潜り込んだ。何度目かの絶頂で意識を飛ばし、事切れるように眠りに落ちていった顔には疲労と安堵の色が滲む。
『彼はこの先、君を守ってくれると思いますわ・・・』
”今までも”だ。この2年、享一の存在があったからこそ自分は、正気を保てた。
あの日、大学のキャンパスで享一を見かけなかったら、自分は精神が焼き切れて発狂していたかもしれない。あの日から3年の月日が流れようとしている。
カシミヤのブランケットを掛けると唇が微かに綻び、あの祝言の夜のように周を誘う。享一の設計した階段から届く光は空調で微かに揺れる薄いカーテンのせいでゆらゆらと幻想的に揺れ水底を思わせた。唇を重ねるとそこから空白の時間が一気に埋まってゆく。
これから戦いが始まる。病床にいた騰真の死が早まったことと、神前に宣戦布告をした事で事態は加速して動き出した。なによりも、極めつけは享一の言葉だ。周の為なら自分が犠牲になる事も厭わないと言い切った享一の言葉に、最大の懸念が消え去った。
全てを知りその上で行動を起こした享一は、もはや守られるだけの男ではない。
緩やかに揺れる光の中、水底を漂うように眠るその顔には、2年前の学生然とした表情には見られなかった精悍さや、大人の思量深さのようなものが漂い、享一が人としての成長を果たした事を感じさせる。その顔を賞賛の思いで見つめた。
対企業の攻防は時間との戦いだ。神前に反撃の猶予を与える前に行動を起こし畳み掛けていかなければならない。この恋心を今しばらく黙殺しなければならない。
投げ出された享一の指に自分の指を絡ませる。
あと少し、猶予が欲しい。せめてもうそこまで迫り来ている夜明けまで。
強く握られた掌の感覚に睫が揺れ、薄くあいた享一の瞳がゆっくり見上げた。
「ほう。君は妻帯者だと思ってましたけど、何とかは色を好む、ですか?
若いうちはそれもまたよろしいな。ところで、君の細君は元気にしてられますか? えらい別嬪さんもらわはりましたな。まあ、男に別嬪っていうのもなんですけど」
周は、ハッと目を見開き老人の顔を凝視した。
「あれは、男でしょう? 女には無いストイックな美しさがありましたな。祝言の時、『羽衣』の話をしましたら切なそうな顔して涙を零さはりましてな。あの時は、こっちも年甲斐なく胸が締め付けられましたわ」
高波はそう言うと快活に笑い飛ばした。
能舞台の上から、角隠しの下で切なげに嫉妬の涙を一粒零した享一を見て、愛しさに胸が裂けそうになった。舞を中断し、あの偽りの宴の席から享一を連れ逃げ去りたい衝動に幾度、駆られた事か。
「畏れ入りました。享一とは、今は訳あって離れていますが、いつかこの手にと思っています」
「成る程、恋の相手とはあの子ですか。それにしても、企業2つに揺さぶりをかけてまで手に入れる恋とは。周君、その享一君という男児にえらい惚れ込んでしもたもんですな」
「ええ、惚れています」
短く肯定した顔から硬さが消えるのをみつけ、釣られるように高波の目も細まった。
「確かにあれはよい男です。真っ直ぐで素直な目をしてましたわ。信頼できる人間の目です。君の周りを跋扈する魔物どもとは、質が異なりますな。この先、ものや力のおよばん部分で君を守ってくれる男なんやと思います。もし運良う懐に入れたら、そら大事にしたらなあきませんな」
「ええ」
懐に入れたら・・・先日の暴漢の事を考えると、それが容易ではない事は簡単に想像できる。
享一を日々の不安に晒すのは本意ではない。いや、それ以前に全てを知ってしまった享一が自分を選ぶ確証もどこにもない。周の恥部ともいうべき過去を知りながら、神前に会った享一の真意が知りたかった。
「相変わらず、君は美しいな」
高波の狡猾な声に、思いに耽り視線を畳に落としていた周の背に僅かな緊張が走る。
「私は断然、君の方が好みですわ。さて、美しい君からのご褒美は何にしましょか」
敷いていた座布団から下り、周は姿勢を正して頭を下げた。
「なんなりと・・・株を貸与いただけるのなら、何を申し付けていただいて結構です」
「普通じゃおもしろない。まずは、前みたいにモデルをまた頼みましょか。それともう一つ、君の絵を次の四紀会に出展させてもらえんかな、この年になると、自分が健在である事を周りに知らしめとうなりますのや。賞の一つも獲って、孫に威張りたいという訳です。この老人の2つの我侭、聞いてくれますやろか?」
高波の描く周の絵は、どれも裸体をさらした妖艶なものが多かった。俄かに周の表情も曇る。だが、自分の頼みごとを考えると無碍に断れるものでもない。溜息が漏れた。
「モデルは、いつでもお引き受けします。出展される絵の方は、なるべく私だとわからないものにしてくださるのなら」
「それも、おもしろない」
きかん坊で悪戯な子供がする、にんまりとした得意げな笑い顔で切り捨てられた。
「ますますカラーコンタクトが離せなくなる」
珍しく困り果てた顔をする周に、再び高波は高らかな笑い声を上げた。
何度も、上りつめては果てた。
飢えた獣のように唇を合わせ噛み合い、お互いがお互いを掴まえ求め、相手を奪い去ろうと絡み合う。止まらなかった。その存在を、熱を確かめるように、身体を重ね融合させ、引き離してはまた潜り込んだ。何度目かの絶頂で意識を飛ばし、事切れるように眠りに落ちていった顔には疲労と安堵の色が滲む。
『彼はこの先、君を守ってくれると思いますわ・・・』
”今までも”だ。この2年、享一の存在があったからこそ自分は、正気を保てた。
あの日、大学のキャンパスで享一を見かけなかったら、自分は精神が焼き切れて発狂していたかもしれない。あの日から3年の月日が流れようとしている。
カシミヤのブランケットを掛けると唇が微かに綻び、あの祝言の夜のように周を誘う。享一の設計した階段から届く光は空調で微かに揺れる薄いカーテンのせいでゆらゆらと幻想的に揺れ水底を思わせた。唇を重ねるとそこから空白の時間が一気に埋まってゆく。
これから戦いが始まる。病床にいた騰真の死が早まったことと、神前に宣戦布告をした事で事態は加速して動き出した。なによりも、極めつけは享一の言葉だ。周の為なら自分が犠牲になる事も厭わないと言い切った享一の言葉に、最大の懸念が消え去った。
全てを知りその上で行動を起こした享一は、もはや守られるだけの男ではない。
緩やかに揺れる光の中、水底を漂うように眠るその顔には、2年前の学生然とした表情には見られなかった精悍さや、大人の思量深さのようなものが漂い、享一が人としての成長を果たした事を感じさせる。その顔を賞賛の思いで見つめた。
対企業の攻防は時間との戦いだ。神前に反撃の猶予を与える前に行動を起こし畳み掛けていかなければならない。この恋心を今しばらく黙殺しなければならない。
投げ出された享一の指に自分の指を絡ませる。
あと少し、猶予が欲しい。せめてもうそこまで迫り来ている夜明けまで。
強く握られた掌の感覚に睫が揺れ、薄くあいた享一の瞳がゆっくり見上げた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
ちょっと、濃いかなと思って抑えた、高波の関西弁なんですけど、
中途半端に書くとやはり無理があります。時間が出来たら ビシバシの関西弁に
直したいと思います。関西弁苦手な方、大丈夫かな~・・・?
それと、日曜日の更新お休みさせてください。。この前お休みを頂いたばかりなのに
ごめんなさい!!! 物理的にどうしても書く時間が取れなくて・・・申し訳ありませんm(_ _)m
いつも、コメント・拍手・村ポチ・メールをいただき、ほんとうにありがとうございます。
宣言していたより、話が若干伸びそうですが、最後まで書ききりたいと思います。
みなさまからの応援は、本当に力になります。本当に、感謝感謝です。
ありがとうございます。
ブログ拍手コメントのお返事は、サイトの”もんもんもん”の
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
ちょっと、濃いかなと思って抑えた、高波の関西弁なんですけど、
中途半端に書くとやはり無理があります。時間が出来たら ビシバシの関西弁に
直したいと思います。関西弁苦手な方、大丈夫かな~・・・?
それと、日曜日の更新お休みさせてください。。この前お休みを頂いたばかりなのに
ごめんなさい!!! 物理的にどうしても書く時間が取れなくて・・・申し訳ありませんm(_ _)m
いつも、コメント・拍手・村ポチ・メールをいただき、ほんとうにありがとうございます。
宣言していたより、話が若干伸びそうですが、最後まで書ききりたいと思います。
みなさまからの応援は、本当に力になります。本当に、感謝感謝です。
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カーーァッカッカ!!(by水戸○門)みたいなww
京都弁混じってるのかと思ったら、関西弁だったんですね?
関西弁大好きです!どんとこいです(爆)
周、また享一と離れちゃうんですか?
神前、柚子季が送った毒じゃ効かなかったか…チッ(←
頑張れ周ー!幸せまでもう少し!!
日曜日はお休みなんですね?了解しました!