01 ,2009
翠滴 2 水底 1 (42)
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周(あまね)がいた。
会いたくて、会いたくて、会いたくて・・・でも、全然 手が届かない。
夢でも、現実でもこの腕をちぎれそうなほど伸ばしても、手指はいつも空を掴んでいた。その周が目の前にいる。締め上げられるような苦痛を感じる自分の心が都合よく見せた幻影ではないのだろうか?
明るい光の中で見る周は、記憶の中の周より少し大人になっていてシャープな輪郭に磨きがかかり、大人の色香を纏う。 その研ぎ澄まされた双眸からはカラーコンタクトを通しても怒りに満ちた精悍な光が放たれ、この状況を見据え立つ姿は、高潔な雄の獣を思わせる。
ああ、やはりなんという美しい男なのだろう。慕情と感嘆が胸に満ち溢れ、2年前と同じく、いやそれ以上に永邨 周は享一の心を鷲掴みにする。
先に、神前が口火を切った。
「おや、おかえり・・・周
今日からアメリカの予定だったのでは?」
その予定だった。神前も自分も、周のいなくなる今日を選んで会うことにした。
本来の目的を思い出した享一は、ようやく周に釘付けだった視線を引き剥がし逸らせると、空になったワイングラスが目に入った。本心を言えばずっと周を見ていたかった。だが、神前の提示した毒を呷った自分には、周を見つめる資格さえもう無い。
「周、返事をしないか。アマネ!」
自分の問いに答えない周に対し、神前の声に苛立ちが篭る。
周は黙って神前を押しのけた。
今まで、些細な反発も許さなかった独裁者は、微妙なバランスの崩れを嗅ぎ取ったのか、猜疑の色をその顔に顕にし周を睥睨している。
「享一、行きましょう」矢庭に手首を掴まれた。
「だめだ、周 帰ってくれ」周を見ることが出来なかった。
「享一は連れて行きます」
「周は、サクラが享一君だと認めるわけだ」
「享一は、享一だ。たった一人の私の”番い”の相手です。享一、行きますよ」
周の力強い腕に引っ張られる手首を引き抜こうと足掻いた。
「周、だめだ、だめだ、待ってくれ」
今この部屋を去るわけには行かない。
抗いながらも、気持ちはこの手を放さないでくれと願っている。俯くと涙が零れた。
周は享一を引き寄せ切なげに見下ろし唇で涙を拭うと、さっと屈んで享一を肩に担ぎ上げた。
「周、下ろしてくれ!・・・下ろせっ、周!!」
徐々に力が抜けていく身体を、軽々担いでドアに向かう。
顔を上げると、怒りで赤黒く顔を染め上げた神前と目が会った。眉間に血管が浮き、全身を震わせ、見開いた目を血走らせて赤く濁らせている。下に下ろせともがいていた手足が慄然とし、享一の動きが止まった。
「周」 震えを抑制する怒りに塗れ、押し殺した声が背後から掛かる。
「裏切りの代償は高くつきますよ」
享一を抱かかえた周は、ゆっくり振返り、普通の人間なら瞬時に凍りつきそうな笑みを浮かべた。ポケットから何か取り出すと、神前の前に放り投げる。
「この部屋のカードキーだ。今日、初めて俺の役に立った
お前とは、もう終わりだ”神前様”・・・・バン!」
言葉の最後に周は指でピストルを作ると、神前の眉間を打ちぬいた。
その指の先を口の前に持ってきて、フッと息を吹く真似をする。
少し顎を上げ見下すように、神前を睨み付け言い放った。
「これは、18才の俺からの餞別だ。最後にお前の息の根を止めてやる」
部屋を出てからエレベーターに行き着くまでの間に、神前の部屋から何か大きなものが倒れる音がし続いてガラスの割れる音が響いた。遠のいていく音の中に叫び声が混じっている。断末魔のような咆哮に、身体が震えた。
「だめだ、周。戻らないと」
抗う身体を無理矢理エレベーターに押し込まれ、やっと下ろされた。自分を掴む手の力が弱まった隙を突いて引き返そうとしたところを引っ張り戻された。鼻先で扉が閉まる。
身体をエレベーターの壁に押し付けられ、逃げられないようにロックされた。その間も、薬効で感情が高揚した享一の調子外れの叫び声と、それを制する低い声の押し問答が続く。
エレベータに乗り合わせた外国人の老夫婦が、目を丸くしているのもお構いなしに、享一は壊れたように声を張り上げた。「戻らせてくれっ」と絶叫を繰り返す享一を周が抱きしめようとすると、手を突っぱねて享一は拒否する。
「周、邪魔するな!」目を潤ませ頬を染め、享一の興奮がエスカレートしていく。
「享一こそ、何やってる。鳴海から伝言を聞かなかったのか?」
ドアが開いた。老夫婦が頭を左右に振りながら逃げるように降りていった。
享一も周に無理矢理引き摺り下ろされた。
「嫌だっ。放せっ」
夕刻の、待ち合わせやエアポートリムジンを待つ客で込み合った広いロビーラウンジに2人して降り立った。エレベーターを降りてからも、大声でやり合う2人に注目が集まった。
「享一。いいから、聞け」
「聞けるかっ!」
享一の頬が鳴った。驚いた享一の両肩を掴んだ周が、怒気を迸らせながら強く揺さぶる。
「ふざけるな!神前がどんな男か・・・・・自分が何をやったのかわかっているのか?いつからお前は男娼紛いの事を、やるようになったんだ?」
享一の涙に濡れた必死の瞳が、ぶれる事なく周を捕らえ、あらん限りの声を振り絞り思いの丈を叫ぶ。
「なんと言われようと俺は平気だ!それがどうした!?そんなことで周が自由になれるというのなら、俺は世界中の男とだって寝てやる!!」
ロビー中が水を打ったように静まり返った。
周(あまね)がいた。
会いたくて、会いたくて、会いたくて・・・でも、全然 手が届かない。
夢でも、現実でもこの腕をちぎれそうなほど伸ばしても、手指はいつも空を掴んでいた。その周が目の前にいる。締め上げられるような苦痛を感じる自分の心が都合よく見せた幻影ではないのだろうか?
明るい光の中で見る周は、記憶の中の周より少し大人になっていてシャープな輪郭に磨きがかかり、大人の色香を纏う。 その研ぎ澄まされた双眸からはカラーコンタクトを通しても怒りに満ちた精悍な光が放たれ、この状況を見据え立つ姿は、高潔な雄の獣を思わせる。
ああ、やはりなんという美しい男なのだろう。慕情と感嘆が胸に満ち溢れ、2年前と同じく、いやそれ以上に永邨 周は享一の心を鷲掴みにする。
先に、神前が口火を切った。
「おや、おかえり・・・周
今日からアメリカの予定だったのでは?」
その予定だった。神前も自分も、周のいなくなる今日を選んで会うことにした。
本来の目的を思い出した享一は、ようやく周に釘付けだった視線を引き剥がし逸らせると、空になったワイングラスが目に入った。本心を言えばずっと周を見ていたかった。だが、神前の提示した毒を呷った自分には、周を見つめる資格さえもう無い。
「周、返事をしないか。アマネ!」
自分の問いに答えない周に対し、神前の声に苛立ちが篭る。
周は黙って神前を押しのけた。
今まで、些細な反発も許さなかった独裁者は、微妙なバランスの崩れを嗅ぎ取ったのか、猜疑の色をその顔に顕にし周を睥睨している。
「享一、行きましょう」矢庭に手首を掴まれた。
「だめだ、周 帰ってくれ」周を見ることが出来なかった。
「享一は連れて行きます」
「周は、サクラが享一君だと認めるわけだ」
「享一は、享一だ。たった一人の私の”番い”の相手です。享一、行きますよ」
周の力強い腕に引っ張られる手首を引き抜こうと足掻いた。
「周、だめだ、だめだ、待ってくれ」
今この部屋を去るわけには行かない。
抗いながらも、気持ちはこの手を放さないでくれと願っている。俯くと涙が零れた。
周は享一を引き寄せ切なげに見下ろし唇で涙を拭うと、さっと屈んで享一を肩に担ぎ上げた。
「周、下ろしてくれ!・・・下ろせっ、周!!」
徐々に力が抜けていく身体を、軽々担いでドアに向かう。
顔を上げると、怒りで赤黒く顔を染め上げた神前と目が会った。眉間に血管が浮き、全身を震わせ、見開いた目を血走らせて赤く濁らせている。下に下ろせともがいていた手足が慄然とし、享一の動きが止まった。
「周」 震えを抑制する怒りに塗れ、押し殺した声が背後から掛かる。
「裏切りの代償は高くつきますよ」
享一を抱かかえた周は、ゆっくり振返り、普通の人間なら瞬時に凍りつきそうな笑みを浮かべた。ポケットから何か取り出すと、神前の前に放り投げる。
「この部屋のカードキーだ。今日、初めて俺の役に立った
お前とは、もう終わりだ”神前様”・・・・バン!」
言葉の最後に周は指でピストルを作ると、神前の眉間を打ちぬいた。
その指の先を口の前に持ってきて、フッと息を吹く真似をする。
少し顎を上げ見下すように、神前を睨み付け言い放った。
「これは、18才の俺からの餞別だ。最後にお前の息の根を止めてやる」
部屋を出てからエレベーターに行き着くまでの間に、神前の部屋から何か大きなものが倒れる音がし続いてガラスの割れる音が響いた。遠のいていく音の中に叫び声が混じっている。断末魔のような咆哮に、身体が震えた。
「だめだ、周。戻らないと」
抗う身体を無理矢理エレベーターに押し込まれ、やっと下ろされた。自分を掴む手の力が弱まった隙を突いて引き返そうとしたところを引っ張り戻された。鼻先で扉が閉まる。
身体をエレベーターの壁に押し付けられ、逃げられないようにロックされた。その間も、薬効で感情が高揚した享一の調子外れの叫び声と、それを制する低い声の押し問答が続く。
エレベータに乗り合わせた外国人の老夫婦が、目を丸くしているのもお構いなしに、享一は壊れたように声を張り上げた。「戻らせてくれっ」と絶叫を繰り返す享一を周が抱きしめようとすると、手を突っぱねて享一は拒否する。
「周、邪魔するな!」目を潤ませ頬を染め、享一の興奮がエスカレートしていく。
「享一こそ、何やってる。鳴海から伝言を聞かなかったのか?」
ドアが開いた。老夫婦が頭を左右に振りながら逃げるように降りていった。
享一も周に無理矢理引き摺り下ろされた。
「嫌だっ。放せっ」
夕刻の、待ち合わせやエアポートリムジンを待つ客で込み合った広いロビーラウンジに2人して降り立った。エレベーターを降りてからも、大声でやり合う2人に注目が集まった。
「享一。いいから、聞け」
「聞けるかっ!」
享一の頬が鳴った。驚いた享一の両肩を掴んだ周が、怒気を迸らせながら強く揺さぶる。
「ふざけるな!神前がどんな男か・・・・・自分が何をやったのかわかっているのか?いつからお前は男娼紛いの事を、やるようになったんだ?」
享一の涙に濡れた必死の瞳が、ぶれる事なく周を捕らえ、あらん限りの声を振り絞り思いの丈を叫ぶ。
「なんと言われようと俺は平気だ!それがどうした!?そんなことで周が自由になれるというのなら、俺は世界中の男とだって寝てやる!!」
ロビー中が水を打ったように静まり返った。
いやいや、そこじゃないですね。
周格好良かったーーー!!!
無事に姫の奪還に成功しましたね♪
この後神前、まだ何かやるのかな・・・それが怖いな・・・。
河豚の毒にでも当たっちゃえばいいのに(ボソ←酷w
ようやく2人、また一緒になれるのでしょうか?ドキドキ