01 ,2009
翠滴 2 毒 7 (40)
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夕刻、目抜き通りにたつグラマラスの入った建物の裏で鳴海は周を待っていた。
建物の裏は、マンションのエントランスになっており表通りとは違った閑静な趣を見せている。
今夜の飛行機でNYに発つ。
昨日の朝、享一の所から戻ってから、殆ど一睡もしていない。
かつての職場、N・Aトラストに赴き、父親の役員室を陣取り、然るべき所に連絡を取り、段取り、予てからの予定通りに事を進めていった。
唯一の誤算は、”その時”が思っていたより少し早く訪れたということだ。周は自分より更に足取り激しく動き回っていた。昨日と今日で、周はかつての自分の顧客達ほぼ全員に、梯子状態で会いに出かけた。周と相手とのもともとの関係を考えると、目的を果たしに行く以上の精神的な負担を、周は感じていたに違いない。その合間にも他社との折衝、会合、グラマラスの本体でもあるアメリカ・トリニティとの遣り取りの分刻みのスケジュールを周は淡々とこなしていった。
時折、目が合うと迷ったような思案気な顔をする。
時見 享一の事を聞きたいのだろうが、その度に気持ちを振り切るようにスイと目を逸らした。
可愛い男だ。
「さて、その時見クンはどう出てくるのか・・・?
毒の効き目を確かめさせたもらいましょうかね」
含み笑いながら イヤホンを耳に装着したところでエントランスから周が出てきた。
「鳴海、待たせたな」
「高波様には、承諾していただけましたか?」
「ああ、そっちの片はついた。さあ、行こう。時間が無い」
「ええ、そうですね」
「鳴海は時々、片方だけイヤホンをしているな。野球中継でも聞いているのか?
お前が、イヤホンで聞くほど何かに夢中になるのって、なんか意外だな」
イヤホンの音量を調節している鳴海に気付いて、周が笑いながら助手席から訊いてきた。鳴海は、ニヤリと笑い耳からイヤホンを外すと、小型ラジオのようなものと共に周に差し出した。
「野球より・・・もっと面白いものが聞けますよ。あなたも、聞いてみますか?」
その部屋は都心の高層ビルに入っているホテルのアッパークラスの部屋だった。
部屋に入って、慣れた仕草でコートと上着をクローゼットにかけたところを見ると、長期に亘ってこの部屋を保持しているということらしい。一般人とはかけ離れ、常軌を逸した生活がこの部屋に住む非情な男には似合いのような気がした。
「随分と、早い決断だったね。時見君」
振返った男は、享一のコートとスーツもクローゼットに掛けるよう手で促したが、享一はそのままソファの背凭れにコートだけを脱いで置いた。この男の前で無防備になる事に気が引けた。おかしなものだ。これからこの男にこの身を差し出そうというのに。
「昨夜、暴漢に襲われました」
「そう、それは災難だったね。東京は物騒だから君も、気をつけたまえ」
しれっと答える神前に腸が煮えくり返る思いがしたが、何分証拠がなかった。
目の前の磨き抜かれたローズウッドのダイニングテーブルには、ルームサービスで取り寄せた宝石のように美しい料理が並んでいる。
「夕食には少し早いが食べるといい」
言外に、夜は長くなるからと言われているようで、眉間に皺が寄る。
ス-プをひとくち、口に運んでスプーンを下ろした。普段なら出されたものは全て食す主義だが、目の前の料理はどれも煌びやかな作り物に見えてスープの味も全然分らなかった。まるで、自分が味覚障害になったみたいだ。
神前も、オードブルを少し摘んだだけで後はシャンパンを飲みながら、面白そうに享一を観察している。知らず知らずのうちに、テーブルの上のワインのボトルに目がいってしまう。ラベルにグラン・クリュと書かれたそのワインは、封が切られていないにも関わらず、ボトル内に毒が充満しているように思えた。
スープをもう一度、口に運んだがやはり味は分からない。
自分で自分に心の中で叱責する。
覚悟を決めてきた筈だ、事態を変えるには先ず相手の懐に入るしかない。
周の負担を少しでも軽くし、時期を見て刺し違える覚悟で来た。
これで、周と永遠に離れることになっても、後悔はしない。
周は自分を嫌いになって捨てたのでは無かった。
自分を愛し大事に思っていてくれたからこそ、別れる道を選んだのだ。
それが分かっただけで、もう充分だ。
今度は、俺が周を守ってみせる。ここで二の足を踏んでいては話にならない。
スプーンを完全に置いてしまうと、享一は重い口を開いた。
「茶番はやめませんか?」
神前の整った顔に、すうっと欲情の篭った笑みが刷かれる。
少し間をおくと、神前が立ち上がって享一を手招きした。
「こっちへおいで」
神前の片手にはさっきのワインのボトルとグラスがある。それを、サイドボードの上に置くと、寝室への扉である大きな両開きのスライドドアを引いた。キングサイズのベッドが顕になり享一は視線を逸らすように床に落した。その耳元に含み笑いと共に信じられない言葉が吹き込まれる。
「君と大森建設で会った夜、周はこの上でストリップをやってくれましたよ」
この殺意をどうやって沈めたらいいのか、分からない。
夕刻、目抜き通りにたつグラマラスの入った建物の裏で鳴海は周を待っていた。
建物の裏は、マンションのエントランスになっており表通りとは違った閑静な趣を見せている。
今夜の飛行機でNYに発つ。
昨日の朝、享一の所から戻ってから、殆ど一睡もしていない。
かつての職場、N・Aトラストに赴き、父親の役員室を陣取り、然るべき所に連絡を取り、段取り、予てからの予定通りに事を進めていった。
唯一の誤算は、”その時”が思っていたより少し早く訪れたということだ。周は自分より更に足取り激しく動き回っていた。昨日と今日で、周はかつての自分の顧客達ほぼ全員に、梯子状態で会いに出かけた。周と相手とのもともとの関係を考えると、目的を果たしに行く以上の精神的な負担を、周は感じていたに違いない。その合間にも他社との折衝、会合、グラマラスの本体でもあるアメリカ・トリニティとの遣り取りの分刻みのスケジュールを周は淡々とこなしていった。
時折、目が合うと迷ったような思案気な顔をする。
時見 享一の事を聞きたいのだろうが、その度に気持ちを振り切るようにスイと目を逸らした。
可愛い男だ。
「さて、その時見クンはどう出てくるのか・・・?
毒の効き目を確かめさせたもらいましょうかね」
含み笑いながら イヤホンを耳に装着したところでエントランスから周が出てきた。
「鳴海、待たせたな」
「高波様には、承諾していただけましたか?」
「ああ、そっちの片はついた。さあ、行こう。時間が無い」
「ええ、そうですね」
「鳴海は時々、片方だけイヤホンをしているな。野球中継でも聞いているのか?
お前が、イヤホンで聞くほど何かに夢中になるのって、なんか意外だな」
イヤホンの音量を調節している鳴海に気付いて、周が笑いながら助手席から訊いてきた。鳴海は、ニヤリと笑い耳からイヤホンを外すと、小型ラジオのようなものと共に周に差し出した。
「野球より・・・もっと面白いものが聞けますよ。あなたも、聞いてみますか?」
その部屋は都心の高層ビルに入っているホテルのアッパークラスの部屋だった。
部屋に入って、慣れた仕草でコートと上着をクローゼットにかけたところを見ると、長期に亘ってこの部屋を保持しているということらしい。一般人とはかけ離れ、常軌を逸した生活がこの部屋に住む非情な男には似合いのような気がした。
「随分と、早い決断だったね。時見君」
振返った男は、享一のコートとスーツもクローゼットに掛けるよう手で促したが、享一はそのままソファの背凭れにコートだけを脱いで置いた。この男の前で無防備になる事に気が引けた。おかしなものだ。これからこの男にこの身を差し出そうというのに。
「昨夜、暴漢に襲われました」
「そう、それは災難だったね。東京は物騒だから君も、気をつけたまえ」
しれっと答える神前に腸が煮えくり返る思いがしたが、何分証拠がなかった。
目の前の磨き抜かれたローズウッドのダイニングテーブルには、ルームサービスで取り寄せた宝石のように美しい料理が並んでいる。
「夕食には少し早いが食べるといい」
言外に、夜は長くなるからと言われているようで、眉間に皺が寄る。
ス-プをひとくち、口に運んでスプーンを下ろした。普段なら出されたものは全て食す主義だが、目の前の料理はどれも煌びやかな作り物に見えてスープの味も全然分らなかった。まるで、自分が味覚障害になったみたいだ。
神前も、オードブルを少し摘んだだけで後はシャンパンを飲みながら、面白そうに享一を観察している。知らず知らずのうちに、テーブルの上のワインのボトルに目がいってしまう。ラベルにグラン・クリュと書かれたそのワインは、封が切られていないにも関わらず、ボトル内に毒が充満しているように思えた。
スープをもう一度、口に運んだがやはり味は分からない。
自分で自分に心の中で叱責する。
覚悟を決めてきた筈だ、事態を変えるには先ず相手の懐に入るしかない。
周の負担を少しでも軽くし、時期を見て刺し違える覚悟で来た。
これで、周と永遠に離れることになっても、後悔はしない。
周は自分を嫌いになって捨てたのでは無かった。
自分を愛し大事に思っていてくれたからこそ、別れる道を選んだのだ。
それが分かっただけで、もう充分だ。
今度は、俺が周を守ってみせる。ここで二の足を踏んでいては話にならない。
スプーンを完全に置いてしまうと、享一は重い口を開いた。
「茶番はやめませんか?」
神前の整った顔に、すうっと欲情の篭った笑みが刷かれる。
少し間をおくと、神前が立ち上がって享一を手招きした。
「こっちへおいで」
神前の片手にはさっきのワインのボトルとグラスがある。それを、サイドボードの上に置くと、寝室への扉である大きな両開きのスライドドアを引いた。キングサイズのベッドが顕になり享一は視線を逸らすように床に落した。その耳元に含み笑いと共に信じられない言葉が吹き込まれる。
「君と大森建設で会った夜、周はこの上でストリップをやってくれましたよ」
この殺意をどうやって沈めたらいいのか、分からない。
早く、享一を助けに行かないと!!
間に合うの・・?
あああっ!!
続きが欲しいよぉ~!