01 ,2009
翠滴 2 毒 6 (39)
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あの夜、享一は渡り廊下の仄暗い灯りの下で、周と神前が対峙しているところに出くわした。周の右手は高々と振り上げられ、今まさに相手の頬を打とうしている。享一に気付いた神前が嗤いながら周に耳打ちすると、周は恐いものでも見るように振り返り、堰を切ったかのように走って来て、享一を覆い隠すように抱きこみ、引き離すがごとくその場から連れ去った。享一を振返った時の驚愕に目を見開き、顔面蒼白に変わった周の顔が、昨日の事のように甦る・・・・
声が出なかった。呼吸の仕方を忘れたかのように浅い息を繰返した。唇が戦慄き、やがてベッドに腰掛た全身に広がる。
周は、自分を守るために自分を切り捨て我が身を神前に差し出し続けているというのか。放心した享一の頭がいやいやをするかのように、ゆっくり左右に振れる。
「自分から離れるなら、君は無事ではいられないと・・・神前は脅迫したんです。
神前のネットワークを持ってすれば、君の素性なんてすぐに割れてしまう。
周は、神前の要求を呑まざるを得なかった。
何も尋ねようともせず、さっさと周の許を去った薄情な君を守るためにはね」
他人の、周の心や気持ちを信じきれない、人の心の変化を諦めそれを良しとする
自分の弱さや不甲斐なさが完全に自分を打ちのめした瞬間だった。
なぜあの時、自分は急に態度を変えた周を問い詰めなかったのか?
心のどこかで、周の心をを信じてなかったからだ。その癖、自分の心は
周の心の変化を決して許しはせず、周を酷い男だと責め続けた。
瞬きを忘れた瞳から悔恨の涙が零れた。
スクリーンの間から差し込んできた細く淡い光が享一の頬に当たり雫になって落ちる涙がきらきらと煌きながら落ちていった。素直に傷つく享一の姿に鳴海は2年前を思い出す。あの時も、この男をいじらしく、また憎らしく思った。
この可憐に見える男を、周に愛される男を、踏みにじってやりたい。あの時と同じ衝動が、鳴海の中で再び頭を擡げる。
「なぜ、今まで君が何事も無くいられたかわかりますか?
周が、自分の中で一番大事にしていた”想い”を殺して
ひたすら、君に興味の無い振りを続けたからだ」
プールサイドの青い光の中で、無表情な仮面を被り佇む周。
黒い瞳の奥に、どんな感情が隠れていたのか。
「知らなかった・・・」
「そう、君は何も知らない。周や河村氏や花隈先生に守られて甘やかされて
周は、君の為にどんどん汚れていくというのに、君はぬくぬくと何ひとつ知らず
キズ一つ付かぬどころか、神前の前からさっさと尻尾を巻いて逃げ出した」
「猛毒を飲んだのは君ではなく、周だ。
昨夜の暴漢も、君にというよりは、周に対する揺さぶりですよ。
自分に楯突くと、君を傷つけるぞと脅したんです」
鳴海が知るはずの無い”毒”の話を持ち出した事には考えが至らなかった。
ただ ただ、胸の中が後悔と周への慕情と懺悔の気持ちに濡れいていく。
「美操様たちだけなら、周は何とかして事態を打破できたでしょう。
だが、君がいる。神前は、周を縛り付けるためならなんでもします。
極端にいえば、君が生きて呼吸をしている間、周は息を止めて屈辱に耐え続け無けるしかない」
「君は、はっきり言って目障りです」 そう言うと、
鳴海は長方形の紙片を出してテーブルの上に置いた。問質そうと享一が顔を上げる。
「200万の小切手です。これですぐに姿を隠していただきたい。
周と私は明日からNYに行きます。私達がいない間に君に何かあれば
周の今までの懊悩が水の泡だ。私とて、目覚めの良いものではありませんしね。
そして、もう周には関わらないでください」
「受け取れません・・・」 言葉を継ごうとしたその時、鳴海の携帯が鳴った。
フリップを開き耳を当てた鳴海の顔色が変わる。そして、次の瞬間その貌はゆるりと嗤い、凄みのある冷酷な表情を浮かべた。その表情の変化に享一の胸がぞっと冷える。硬質なレンズの奥の感情の読めない瞳が享一に向けられ、短く 「すぐ行く」 と言って、鳴海は携帯を切った。
「鳴海さん、小切手を納めてください。俺は、受け取るわけにはいかない。
自分の身の処し方くらい自分で決められます」
少しの沈黙を置いて、鳴海の目に策士めいた笑いが浮かぶ。
「そうですか。わかりました。君も子供ではない。
周の今までの苦悶に報いるだけの、大人の対応と行動を心がけて頂きたい」
そう言い残し、鳴海は部屋を出て行った。
享一は、まんじりともせず同じ姿勢でベッドに座ったままでいる。
ロールスクリーンを通して生まれたばかりの薔薇色の朝の光が静かに部屋中を満たしてゆく。
鳴海の落した、真実という名の一滴の毒が、享一の中を静かに巡り奥底に浸透していった。
情熱と犠牲と、涙色の真実が目の前に転がっていた。
あの夜、享一は渡り廊下の仄暗い灯りの下で、周と神前が対峙しているところに出くわした。周の右手は高々と振り上げられ、今まさに相手の頬を打とうしている。享一に気付いた神前が嗤いながら周に耳打ちすると、周は恐いものでも見るように振り返り、堰を切ったかのように走って来て、享一を覆い隠すように抱きこみ、引き離すがごとくその場から連れ去った。享一を振返った時の驚愕に目を見開き、顔面蒼白に変わった周の顔が、昨日の事のように甦る・・・・
声が出なかった。呼吸の仕方を忘れたかのように浅い息を繰返した。唇が戦慄き、やがてベッドに腰掛た全身に広がる。
周は、自分を守るために自分を切り捨て我が身を神前に差し出し続けているというのか。放心した享一の頭がいやいやをするかのように、ゆっくり左右に振れる。
「自分から離れるなら、君は無事ではいられないと・・・神前は脅迫したんです。
神前のネットワークを持ってすれば、君の素性なんてすぐに割れてしまう。
周は、神前の要求を呑まざるを得なかった。
何も尋ねようともせず、さっさと周の許を去った薄情な君を守るためにはね」
他人の、周の心や気持ちを信じきれない、人の心の変化を諦めそれを良しとする
自分の弱さや不甲斐なさが完全に自分を打ちのめした瞬間だった。
なぜあの時、自分は急に態度を変えた周を問い詰めなかったのか?
心のどこかで、周の心をを信じてなかったからだ。その癖、自分の心は
周の心の変化を決して許しはせず、周を酷い男だと責め続けた。
瞬きを忘れた瞳から悔恨の涙が零れた。
スクリーンの間から差し込んできた細く淡い光が享一の頬に当たり雫になって落ちる涙がきらきらと煌きながら落ちていった。素直に傷つく享一の姿に鳴海は2年前を思い出す。あの時も、この男をいじらしく、また憎らしく思った。
この可憐に見える男を、周に愛される男を、踏みにじってやりたい。あの時と同じ衝動が、鳴海の中で再び頭を擡げる。
「なぜ、今まで君が何事も無くいられたかわかりますか?
周が、自分の中で一番大事にしていた”想い”を殺して
ひたすら、君に興味の無い振りを続けたからだ」
プールサイドの青い光の中で、無表情な仮面を被り佇む周。
黒い瞳の奥に、どんな感情が隠れていたのか。
「知らなかった・・・」
「そう、君は何も知らない。周や河村氏や花隈先生に守られて甘やかされて
周は、君の為にどんどん汚れていくというのに、君はぬくぬくと何ひとつ知らず
キズ一つ付かぬどころか、神前の前からさっさと尻尾を巻いて逃げ出した」
「猛毒を飲んだのは君ではなく、周だ。
昨夜の暴漢も、君にというよりは、周に対する揺さぶりですよ。
自分に楯突くと、君を傷つけるぞと脅したんです」
鳴海が知るはずの無い”毒”の話を持ち出した事には考えが至らなかった。
ただ ただ、胸の中が後悔と周への慕情と懺悔の気持ちに濡れいていく。
「美操様たちだけなら、周は何とかして事態を打破できたでしょう。
だが、君がいる。神前は、周を縛り付けるためならなんでもします。
極端にいえば、君が生きて呼吸をしている間、周は息を止めて屈辱に耐え続け無けるしかない」
「君は、はっきり言って目障りです」 そう言うと、
鳴海は長方形の紙片を出してテーブルの上に置いた。問質そうと享一が顔を上げる。
「200万の小切手です。これですぐに姿を隠していただきたい。
周と私は明日からNYに行きます。私達がいない間に君に何かあれば
周の今までの懊悩が水の泡だ。私とて、目覚めの良いものではありませんしね。
そして、もう周には関わらないでください」
「受け取れません・・・」 言葉を継ごうとしたその時、鳴海の携帯が鳴った。
フリップを開き耳を当てた鳴海の顔色が変わる。そして、次の瞬間その貌はゆるりと嗤い、凄みのある冷酷な表情を浮かべた。その表情の変化に享一の胸がぞっと冷える。硬質なレンズの奥の感情の読めない瞳が享一に向けられ、短く 「すぐ行く」 と言って、鳴海は携帯を切った。
「鳴海さん、小切手を納めてください。俺は、受け取るわけにはいかない。
自分の身の処し方くらい自分で決められます」
少しの沈黙を置いて、鳴海の目に策士めいた笑いが浮かぶ。
「そうですか。わかりました。君も子供ではない。
周の今までの苦悶に報いるだけの、大人の対応と行動を心がけて頂きたい」
そう言い残し、鳴海は部屋を出て行った。
享一は、まんじりともせず同じ姿勢でベッドに座ったままでいる。
ロールスクリーンを通して生まれたばかりの薔薇色の朝の光が静かに部屋中を満たしてゆく。
鳴海の落した、真実という名の一滴の毒が、享一の中を静かに巡り奥底に浸透していった。
情熱と犠牲と、涙色の真実が目の前に転がっていた。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
前話から、神前→鳴海に毒の種類?が、かわりましたので
サブタイトルを漢字に変えます。前話は、今変えますとややこしいので、
今はこのままで置いて、後ほど変えます(^-^;)
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
前話から、神前→鳴海に毒の種類?が、かわりましたので
サブタイトルを漢字に変えます。前話は、今変えますとややこしいので、
今はこのままで置いて、後ほど変えます(^-^;)
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考えが読めない人って、背筋を這う恐ろしさがありますよね。
そこいくと、神前はまだ分かりやすい悪だけにマシなのかな~。
でも許せない…神前のは愛じゃない!(泣)
享一はどうするんだろう~~ドキドキします・・・。