01 ,2009
翠滴 2 AZUL 4 (32)
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「瞳の色以外は周に酷似ている2人の見合い写真を見た雅巳は、
なかなか手に入らない男が、永邨の人間だということに気が付いたんだ」
「そしてね、周は僕達の前から忽然と姿を消した」
「姿を消した?」
「消された、って言った方がいいかも知れない。
周と最初に会った時一緒にいた子から、周が事故に遭って親から休学届けが
学校に出されたって聞いて、慌ててあっちこっちの病院に問い合わせたんだ。
圭太の親父さんはでかい病院の院長だから、フルに利用させて貰ってね。
でも、見つからなかったし、事故の事実も無かった」
「一ヶ月程して再び現れた周は、既に雅巳の愛人にされていて、N・Aトラストから
鳴海 基弥という監視役まで付けられていた。完全なる囚われ人だよ」
「僕はね、周は何も言わないけど、雅巳と叔父さんに監禁されていたんじゃないかと思う。戻ってからは、周は箍が外れたみたいに、来るもの拒まず状態で遊び始めた。
頭のいい子だったから、やる事に抜かりは無くて難関といわれた大学も現役で合格して卒業も決めたけど、あの容姿でしょ? モテまくる上に自分でも引っ掛けちゃったりするもんだから、交友関係はハチャメチャだったよ。とにかくあの頃は呆れるくらい、生活が乱れきってた。それがね、ある時期を境にピタっと止んだんだ」
そこで、花隈の口調のトーンが柔らかいものに変わった。
「久々にサロンを訪れた周の言葉に、僕は開いた口が塞がらなかったね。
『死ぬほど惚れた奴がいるから、結婚したい』 だってさ」
そう結ぶと花隈は、「それが、君だよ」 と腫れて細くなった目で優しく微笑んだ。
「理解してもらえた? 雅巳とは、周が望んで愛人をやっているのではなく、強要された関係だよ。
周は惚れ込んだ君と結婚する事で、雅巳やその他の顧客を牽制しようとしたんだ」
聞き捨てのならない花隈の言葉に、勝手に口が聞き返していた。
「それは神前のような人間が、他にもいたという事ですか?」
花隈は我に返り、苦虫を噛み潰したような顔をした。花隈の表情の変化に享一は息を殺す。
長い沈黙の後、花隈は重い口を開いた。
「叔父の騰真さんは、雅巳で味を占めたんだと思う。
君たちの祝言の客の殆どは、周の、いやN・Aトラストの顧客だった」
祝言の時の、突き刺さるような視線の意味がわかった。
享一は、頭をハンマーで殴られたような衝撃と、臓腑を抉り取られるような吐き気に同時に見舞われた。人を人と思わない仕打ち、身内が身内を貶める行為は人権蹂躙などと言われるものより遥かに残酷で惨い。周は妹達のためにひたすら耐えたのだ。
神前や叔父の騰真、周を蹂躙した者達に対する煮え滾るような憎悪で身体が慄えた。
あの祝言は、周が自分の運命をかけた大博打だったのだ。
周を手伝った双子の妹たちも、そして鳴海も全て知った上で、祈る気持ちで祝言を企てたに違いない。あの時の、皆の気持ちを慮ると、何も知らずに逃走したり、ただ座っていた自分の事がたまらなく悔しく腹立しく思えた。
「概ね、周たちの目論見は成功したよ。雅巳以外の顧客は、祝儀代わりに周から手を引いていったらしいから」
祝言の席で、周の手を取って号泣した痘痕顔の男がいた。彼は、本当にに周のことが好きだったのだろう。周の幸せを願いながら泣きじゃくる姿に、あの時はただただ、唖然とするばかりだった。
「神前以外・・・ですか?」
「その辺は、茅乃達も口が堅くてねぇ。ああ、周は、基弥の丸め込みには成功したみたいだけど、
サクラちゃんの言うように付き合ってなんかはいないよ。
僕の知っている事はこれで全部。なぜ、周が惚れきったサクラちゃんを手放したかは
わからないけど、何らかの理由があっての事だと思う。
後は、サクラちゃんが自分で判断してね」
驚きが幾重にも重なって頭の中でハレーションを起こしそうだ。
そのような逆境にあっても、鳴海を抱き込み、享一を誘惑して虜にし、大掛かりな仕掛けで祝言を画策して、自分に絡みつく運命と支配者である叔父の騰真や神前たちを出し抜こうとした男。
太々しいまでに自信に満ち溢れ、享一に熱を孕んだ不埒な視線を寄越し 『惚れた』 とのたまった男。
享一の胸に場違いな高揚が満ちて、全ての事態が爆音を立て疾走し始める感覚に、眩暈を覚え身を焦がした。
事情があったとしても、いつまでも、誰かの愛人でいるようなそんな男ではない。今も神前の愛人を続けなくてはならない理由があるはずだ。
花隈の話を聞いても、周への想いは薄まるどころか感嘆と恋慕の想いが、増すばかりだ。
これは熱病だ、周という男が足の爪の先から、髪の毛の先まで入り込んで、頭も躯も高熱に煽られうかされる。
「花隈さんの話を聞いた今も俺の気持ちは変わりません。俺は周が好きです。
いつかこの想いを伝えたい。でも、その前にやらなくてはいけない事があります。
だから、今は周の居場所は聞かないでおきます」
心がぐらつかないように自らに釘を刺した。
周が動けないのなら自分が動くまでだ。
「瞳の色以外は周に酷似ている2人の見合い写真を見た雅巳は、
なかなか手に入らない男が、永邨の人間だということに気が付いたんだ」
「そしてね、周は僕達の前から忽然と姿を消した」
「姿を消した?」
「消された、って言った方がいいかも知れない。
周と最初に会った時一緒にいた子から、周が事故に遭って親から休学届けが
学校に出されたって聞いて、慌ててあっちこっちの病院に問い合わせたんだ。
圭太の親父さんはでかい病院の院長だから、フルに利用させて貰ってね。
でも、見つからなかったし、事故の事実も無かった」
「一ヶ月程して再び現れた周は、既に雅巳の愛人にされていて、N・Aトラストから
鳴海 基弥という監視役まで付けられていた。完全なる囚われ人だよ」
「僕はね、周は何も言わないけど、雅巳と叔父さんに監禁されていたんじゃないかと思う。戻ってからは、周は箍が外れたみたいに、来るもの拒まず状態で遊び始めた。
頭のいい子だったから、やる事に抜かりは無くて難関といわれた大学も現役で合格して卒業も決めたけど、あの容姿でしょ? モテまくる上に自分でも引っ掛けちゃったりするもんだから、交友関係はハチャメチャだったよ。とにかくあの頃は呆れるくらい、生活が乱れきってた。それがね、ある時期を境にピタっと止んだんだ」
そこで、花隈の口調のトーンが柔らかいものに変わった。
「久々にサロンを訪れた周の言葉に、僕は開いた口が塞がらなかったね。
『死ぬほど惚れた奴がいるから、結婚したい』 だってさ」
そう結ぶと花隈は、「それが、君だよ」 と腫れて細くなった目で優しく微笑んだ。
「理解してもらえた? 雅巳とは、周が望んで愛人をやっているのではなく、強要された関係だよ。
周は惚れ込んだ君と結婚する事で、雅巳やその他の顧客を牽制しようとしたんだ」
聞き捨てのならない花隈の言葉に、勝手に口が聞き返していた。
「それは神前のような人間が、他にもいたという事ですか?」
花隈は我に返り、苦虫を噛み潰したような顔をした。花隈の表情の変化に享一は息を殺す。
長い沈黙の後、花隈は重い口を開いた。
「叔父の騰真さんは、雅巳で味を占めたんだと思う。
君たちの祝言の客の殆どは、周の、いやN・Aトラストの顧客だった」
祝言の時の、突き刺さるような視線の意味がわかった。
享一は、頭をハンマーで殴られたような衝撃と、臓腑を抉り取られるような吐き気に同時に見舞われた。人を人と思わない仕打ち、身内が身内を貶める行為は人権蹂躙などと言われるものより遥かに残酷で惨い。周は妹達のためにひたすら耐えたのだ。
神前や叔父の騰真、周を蹂躙した者達に対する煮え滾るような憎悪で身体が慄えた。
あの祝言は、周が自分の運命をかけた大博打だったのだ。
周を手伝った双子の妹たちも、そして鳴海も全て知った上で、祈る気持ちで祝言を企てたに違いない。あの時の、皆の気持ちを慮ると、何も知らずに逃走したり、ただ座っていた自分の事がたまらなく悔しく腹立しく思えた。
「概ね、周たちの目論見は成功したよ。雅巳以外の顧客は、祝儀代わりに周から手を引いていったらしいから」
祝言の席で、周の手を取って号泣した痘痕顔の男がいた。彼は、本当にに周のことが好きだったのだろう。周の幸せを願いながら泣きじゃくる姿に、あの時はただただ、唖然とするばかりだった。
「神前以外・・・ですか?」
「その辺は、茅乃達も口が堅くてねぇ。ああ、周は、基弥の丸め込みには成功したみたいだけど、
サクラちゃんの言うように付き合ってなんかはいないよ。
僕の知っている事はこれで全部。なぜ、周が惚れきったサクラちゃんを手放したかは
わからないけど、何らかの理由があっての事だと思う。
後は、サクラちゃんが自分で判断してね」
驚きが幾重にも重なって頭の中でハレーションを起こしそうだ。
そのような逆境にあっても、鳴海を抱き込み、享一を誘惑して虜にし、大掛かりな仕掛けで祝言を画策して、自分に絡みつく運命と支配者である叔父の騰真や神前たちを出し抜こうとした男。
太々しいまでに自信に満ち溢れ、享一に熱を孕んだ不埒な視線を寄越し 『惚れた』 とのたまった男。
享一の胸に場違いな高揚が満ちて、全ての事態が爆音を立て疾走し始める感覚に、眩暈を覚え身を焦がした。
事情があったとしても、いつまでも、誰かの愛人でいるようなそんな男ではない。今も神前の愛人を続けなくてはならない理由があるはずだ。
花隈の話を聞いても、周への想いは薄まるどころか感嘆と恋慕の想いが、増すばかりだ。
これは熱病だ、周という男が足の爪の先から、髪の毛の先まで入り込んで、頭も躯も高熱に煽られうかされる。
「花隈さんの話を聞いた今も俺の気持ちは変わりません。俺は周が好きです。
いつかこの想いを伝えたい。でも、その前にやらなくてはいけない事があります。
だから、今は周の居場所は聞かないでおきます」
心がぐらつかないように自らに釘を刺した。
周が動けないのなら自分が動くまでだ。