10 ,2008
翠滴 1-3 隠れ郷2
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「そういえば、今回の調査は2人いらっしゃると、香田教授から聞いていましたが…」
もう1人の方は…?と聞かれて、心に秘めた交渉事をどのように切り出すか、
考えあぐねていた享一は、これ幸いと自分の望みを口にした。
もう1人は”急用”で来られなくなった事、1人での作業になるから滞在を延長させて
貰いたい旨を、内容を端折って伝える。由利と瀬尾の2人がいる同じ街に夏休み中、1人でいるのは拷問に近かった。
「それは、丁度よかった」
周が薄い唇に綺麗な弧を描いて、嬉しそうに微笑む。優しげで、たおやかな笑みに
此方もつられて微笑みそうになる。
「実は、こちらもお願いしたい事がありまして。訊いて頂けるなら、夏休み中
滞在して頂いても、結構です」
よろしいですか? と伺うような瞳を向けられて 所在無くドキドキして頷いた。
ここで頼まれるとしたら、勿論 建物絡みで、この家に関する何かだろう。
リクエストを聞き入れて貰えた安堵と、期待に輝く翠の虹彩に魅入られて享一は、その瞳に宿る罠に全く気が付かない。
「まだ、学生なんで、どこまでお役に立てるかわかりませんが
俺に出来ることでしたら、なんでもやりますので遠慮無く言いつけてください」
ニッコリ微笑んで自ら罠に掛かった事にも。
「遠慮無く?ああ、よかった。大丈夫ですよ 君は、ただ座っているだけでいいんです。
引き受けてもらえて、本当に良かった」
「座ってるだけ、ですか?」
「ええ、君には来月の僕の25歳の誕生日に祝言を挙げていただきたいのです」
祝言って、結婚のことだよな。え、と。誰と誰が?話の流れではオレ? え?
頭の中が混乱して訳がわからなくなる。聞き間違えたか?いや確かに、言った。
まさか、目前の美人双子姉妹のどっちか?どう見ても、まだ高校生だろ。
でも、アリかも・・・。まっさかぁ、と思いつつも脂下がりそうな顔を引き締める。
一応、確認を。
「ええっと?俺がですか?誰と?」
「僕と」
「は?」
ニッコリ微笑まれて、気持ちはズッコケた。
この長髪のせいかな。勘違いなら、ハッキリ教えてあげなければ。
「俺は、男ですけど?結婚には、かなり無理があると思います」
どころか、有り得ないだろうが。
「面白い返答ですね、享一君。偽りの挙式なんで、相手は誰でもいいんですよ。
享一君は細身だし髪型と化粧で充分、騙せます」
顔は笑っているが、目は笑っていない。真剣そのものだ。
そこのところが、享一の焦りを呼ぶ。
「騙すって、誰を?訳がわかりませんって言うか、
話が全然見えないんですが?」
「失礼、料理が冷めますね。食べながら話しましょう」
享一は、促されるまま箸を取ると、いつもの習慣で頂きますと胸の前で手を合わせた。それを見た、茅乃と美操たちがまたクスクス笑い、再度 周に諌められる。享一は赤くなりながらも、端が転んでも可笑しいお年頃のお嬢さんたちだから仕方ないと、心の中で溜息をついた。
助け舟を求める訳では無いが、この無謀な計画を考え直すきっかけでも見つから
ないかと障子の前の人物に目をやると、鳴海は相変わらず黙ったままで、クールな
能面の表情を一切崩さず、置物のように静かに座っている。
いや、寧ろさっきより拒絶オーラが強くなっている気がした。
こんなにエキセントリックな会話が目の前で繰り広げられているというのに、表情一つ
変わらない。まったく、どういう神経をしているのか?
当然、ずっとここに居るなら、夏の間中 この一癖も二癖もありそうなメンバーと一緒だ。
改めて認識し 自分で言い出しておきながらも、今度は本当に小さな溜息が漏れた。
「口に合いませんか?」
料理はどれも盛り付けも美しく、田舎料理の域を超えた上品な味付けのものばかりだ。食道楽が趣味だった父のいた頃には、子連れで行くのが躊躇われような料理屋にも父は享一を伴って父子でよく食べ歩いた。享一にとって忌まわしい、その癖 壊れ物のように繊細で大切な思い出だ。
その時に口にした料理屋の味は忘れていない。忘れられずに享一の舌の上に
残っている。その、記憶に残る味に負けないくらい美味い。
「いえ、とても美味しいです。関西風っていうのかな。出汁に昆布が効いてて旨い。
素材在りきという味付けが上品ですね」
「良い舌だね。この料理を作った賄いは大阪出身だそうです。
享一君は、奥さんにするには最適ですね」
周はうっそりと微笑んで、蕩けそうな顔を向けてきた。危うく こちらも引き込まれて
フワンと微笑み返しそうになるが、笑っている場合では無いと背筋を正して尋ねた。
「あのう・・・祝言って?」
ああそうだった という風に表情を消した周は優雅に操っていた箸を下ろした。
そして、つまらない話ですがと前置きをして、話しだした。
「そういえば、今回の調査は2人いらっしゃると、香田教授から聞いていましたが…」
もう1人の方は…?と聞かれて、心に秘めた交渉事をどのように切り出すか、
考えあぐねていた享一は、これ幸いと自分の望みを口にした。
もう1人は”急用”で来られなくなった事、1人での作業になるから滞在を延長させて
貰いたい旨を、内容を端折って伝える。由利と瀬尾の2人がいる同じ街に夏休み中、1人でいるのは拷問に近かった。
「それは、丁度よかった」
周が薄い唇に綺麗な弧を描いて、嬉しそうに微笑む。優しげで、たおやかな笑みに
此方もつられて微笑みそうになる。
「実は、こちらもお願いしたい事がありまして。訊いて頂けるなら、夏休み中
滞在して頂いても、結構です」
よろしいですか? と伺うような瞳を向けられて 所在無くドキドキして頷いた。
ここで頼まれるとしたら、勿論 建物絡みで、この家に関する何かだろう。
リクエストを聞き入れて貰えた安堵と、期待に輝く翠の虹彩に魅入られて享一は、その瞳に宿る罠に全く気が付かない。
「まだ、学生なんで、どこまでお役に立てるかわかりませんが
俺に出来ることでしたら、なんでもやりますので遠慮無く言いつけてください」
ニッコリ微笑んで自ら罠に掛かった事にも。
「遠慮無く?ああ、よかった。大丈夫ですよ 君は、ただ座っているだけでいいんです。
引き受けてもらえて、本当に良かった」
「座ってるだけ、ですか?」
「ええ、君には来月の僕の25歳の誕生日に祝言を挙げていただきたいのです」
祝言って、結婚のことだよな。え、と。誰と誰が?話の流れではオレ? え?
頭の中が混乱して訳がわからなくなる。聞き間違えたか?いや確かに、言った。
まさか、目前の美人双子姉妹のどっちか?どう見ても、まだ高校生だろ。
でも、アリかも・・・。まっさかぁ、と思いつつも脂下がりそうな顔を引き締める。
一応、確認を。
「ええっと?俺がですか?誰と?」
「僕と」
「は?」
ニッコリ微笑まれて、気持ちはズッコケた。
この長髪のせいかな。勘違いなら、ハッキリ教えてあげなければ。
「俺は、男ですけど?結婚には、かなり無理があると思います」
どころか、有り得ないだろうが。
「面白い返答ですね、享一君。偽りの挙式なんで、相手は誰でもいいんですよ。
享一君は細身だし髪型と化粧で充分、騙せます」
顔は笑っているが、目は笑っていない。真剣そのものだ。
そこのところが、享一の焦りを呼ぶ。
「騙すって、誰を?訳がわかりませんって言うか、
話が全然見えないんですが?」
「失礼、料理が冷めますね。食べながら話しましょう」
享一は、促されるまま箸を取ると、いつもの習慣で頂きますと胸の前で手を合わせた。それを見た、茅乃と美操たちがまたクスクス笑い、再度 周に諌められる。享一は赤くなりながらも、端が転んでも可笑しいお年頃のお嬢さんたちだから仕方ないと、心の中で溜息をついた。
助け舟を求める訳では無いが、この無謀な計画を考え直すきっかけでも見つから
ないかと障子の前の人物に目をやると、鳴海は相変わらず黙ったままで、クールな
能面の表情を一切崩さず、置物のように静かに座っている。
いや、寧ろさっきより拒絶オーラが強くなっている気がした。
こんなにエキセントリックな会話が目の前で繰り広げられているというのに、表情一つ
変わらない。まったく、どういう神経をしているのか?
当然、ずっとここに居るなら、夏の間中 この一癖も二癖もありそうなメンバーと一緒だ。
改めて認識し 自分で言い出しておきながらも、今度は本当に小さな溜息が漏れた。
「口に合いませんか?」
料理はどれも盛り付けも美しく、田舎料理の域を超えた上品な味付けのものばかりだ。食道楽が趣味だった父のいた頃には、子連れで行くのが躊躇われような料理屋にも父は享一を伴って父子でよく食べ歩いた。享一にとって忌まわしい、その癖 壊れ物のように繊細で大切な思い出だ。
その時に口にした料理屋の味は忘れていない。忘れられずに享一の舌の上に
残っている。その、記憶に残る味に負けないくらい美味い。
「いえ、とても美味しいです。関西風っていうのかな。出汁に昆布が効いてて旨い。
素材在りきという味付けが上品ですね」
「良い舌だね。この料理を作った賄いは大阪出身だそうです。
享一君は、奥さんにするには最適ですね」
周はうっそりと微笑んで、蕩けそうな顔を向けてきた。危うく こちらも引き込まれて
フワンと微笑み返しそうになるが、笑っている場合では無いと背筋を正して尋ねた。
「あのう・・・祝言って?」
ああそうだった という風に表情を消した周は優雅に操っていた箸を下ろした。
そして、つまらない話ですがと前置きをして、話しだした。
ですよね?
こういうめちゃくちゃな話をもちかけられて、それを聞いてしまったらもう後戻りはできないんだよ~
と、いってももう遅い享一くん……
しかし謎をもちかけるというのは小説の牽引力になりますね。