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紙魚

Author:紙魚
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長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
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Category: なべて世はこともなし

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「なべて世はこともなし」 火曜日/by紙魚
なべて世はこともなし 火曜日 


「アツ?」 
 ドアを開けた設樂は、驚いた顔をした。そして「おかえり」 と目を細め、訪問の理由を探す淳明を家の中に引き込んでくれた。
 雨上がりの外気で冷えた身体が、室内の乾いた柔らかい空気に触れふるりと慄え淳明は弱く息を吐いた。
「何飲む?」
 パソコンや仕事の書類が広がるダイニングテーブルは避け、ベッドに腰掛ける。
「仕事してたんやろ? ごめん、すぐ帰るから」
 言った途端、設樂はダイニングの上を綺麗に片付けてしまい、ニッと笑う。
「何を仰る。仕事はちょうど終わったとこや」
 淳明の探るような視線を、設樂が願いを篭めた目で受け止める。淳明が先に視線を逸らした。
「雨が上がって冷えてきたし、ビールよか熱いコーヒーにする?」
「ビールがいい。あればウイスキーでもウオッカでも何でも……。飲みたい気分やねん」
 自分の部屋に帰るつもりで電車に乗ったのに、気がつけば海沿いの駅に降り立っていた。海鳴りのする寒い街を設楽の部屋に来るかどうか迷いながら彷徨い歩いて、部屋の前に立った。
「マジ? 平日やのに、ええの?」
 冷蔵庫を開けた設樂が直角でグルッと淳明を振り向く。鼻孔が膨らんで、鼻息が聞こえてきそうだ。
「スペシャルズブロッカでおもてなしするわ。飲ませて、酔わせて今宵も天国に連行なっ!」
 顔が期待で溶けていく設樂に、淳明は冷めた視線を投げつけた。
「お前、生粋のド阿呆やろ」
「なんのこれしき、照れるやん!」
「ア、ホ」

 仕事でミスをして会社に損害を出させた。
 相見積もりの書類の記入漏れが、指名を受けた後に発覚した。長い会議の末、発生した差額を淳明の会社が被ることを決めた。
 閉じた目蓋の内側に、会議で淳明と一緒に針の筵に座らされた上司の硬い表情が浮かぶ。
 弁解するわけではないが、差額自体はそれほど大きなものではない。この先、取引を続ける中で早期に充分穴埋めできる額だ。問題は実際にミスをした自分より、信頼し仕事を任せてくれた上司の櫻井の方により厳重な責任問題を問われていることだった。
 自分のミスのせいで櫻井は左遷させられるかもしれない。 

 頬に触れる温かい指の感触に、はっと我に返った。
「ほっぺまだ冷たいで。これ飲んで先にちょっと温まり」
 目の前に出されたカップを見て、淳明は設楽に目を移す。
「ラム酒入りのエッグノック。酒には違わへんやろ」
 ラムの香る温かいミルクは、口に含むとかなり甘い。甘すぎる、と素直に文句を言う淳明にくっついて設楽が座る。さりげない優しさとワイシャツ越しに伝わってくる体温に、不意に涙腺が緩みそうになった。
 駄目だ。こんなに弱く格好悪い自分は、設樂に見せられない。
「やっぱ、これ飲んだら帰るな」
 同い年の同じ男である設楽に、慰めてもらおうとしていた自分。
 自分の中に潜む甘えに気付いた途端、痛いほどの恥ずかしさがこみ上げてきた。
「なあアツ、なんでなん?」
 ぼそりと低い声で設樂が聞いてきた。設楽を見ると、その目の底で怒っているような不機嫌な色が揺れる。
付き合いだして2年。初めて見る設樂の怖い表情に、今晩ここに来たことを後悔した。
恋愛の賞味期限は4年と聞いたことがある。
 設樂は付き合う5年も前から淳明を想ってくれていた。トータル7年。男同士なら? 
 日毎から抱えていた不安が、不安定な精神を土台に頭を擡げる。
 設樂は淳明との関係に飽きているのかもしれない。それとも、もう既に他の誰かが――? 
 疑った瞬間、黒革のブレスレットが淳明の脳裏をフラッシュバックした。短く頑丈なチェーンのぶら下がったブレスレットの用途を推測することは容易い。
覚えのない誰かのブレスレットが設楽のベッドにあった意味。エッグノックで温まった身体が、部屋に来た時より冷たくなってゆく気がした。
 昨夜、設樂に部屋を襲撃されたことなどさっぱり忘れ、淳明の思考はぐるぐるマイナス方向に嵌っていく。
「それよりアツ、その窮屈なネクタイいつまでしてんの? 早よはずし」
 カップを取り上げた手が喉元に伸びてくる。反射的にその手を払い落とした。
 そして勢い良くに立ち上がり、泣きそうになる顔を背け部屋を飛び出した。はずだった。
「ちょ、設樂」
実際は、エロエロな欲望が全身の毛穴から噴出中の設樂に、ベッドに押し倒されている。
 そんな気分じゃないんだろう。もごもごと抵抗するも、性急にベルトを外しトラウザーズを脱がしにかかる暴走設樂との攻防で手一杯だ。
 ぐっと腰が設樂の膝に持ち上げられ、ニットトランクスごとひざ下まで引き下げられた。
「し、設樂。今日は……っ!」
 ご馳走を前にした子供みたいに口を開け、手を添えたモノを咥えかけていた設樂が上目で見上げ睨んでくる。
 設樂は両手で自分の体を持ち上げ体勢を変えると、淳明に跨ったまませり上がってきた。
「会社で何があったんか、俺に話してくれる気になった?」
「あ……?」

 淳明のマンションの隣に住むシステム部の同僚は、現在、設樂の会社に出向していて設楽とも仲がいい。口が軽めな同僚は、淳明の今日の失敗を設樂に喋ったらしい。
「なあ、アツ」
 設樂は首を伸ばすと、引き結ばれた淳明の唇を柔らかく啄んで離れた。
「なんで、アツの中から俺を締め出そうとするの? アツにとって、俺ってそんな頼りにならん男なん?」
 寂しそうな目で設樂に凝視められ、胸が詰まる。
「そんなことない。オレも男やし見栄もある。設樂に自分の格好悪いとこは見せたないの。わかるやろ?」
「そんなん分からんし、分かりたない。なあアツ、もっと俺に甘えてや。俺のこと頼りに欲しいねん」
 また唇が落ちてきた。何度も繰り返し、顔に、髪に、肌蹴た鎖骨や胸に落ちてくる。
 エッグノックよりも甘く、アルコールよりきつい。爪の先まで設樂に酩酊していく。
 疑惑は頭から揮発し、設楽の浮気を疑った自分を猛省した。
「設樂、オレ会社辞めようと思う」
 ヘッとかゲッとか、間の抜けた奇声を発してガバっと設楽が起き上がった。一呼吸おいて両頬を押さえて叫ぶ。
「ええ、なんでっ? そんなん俺は聞いてない。やめてどうすんの? 誰のとこいくの!?」
 血走った目を剥いて詰め寄る設樂に面食らった。
「決めたのは今日やで。辞めた後のことなんか、まだ考える余裕なんかないって……」
「あ、ああそう。そうなの?」
 頭を掻きあげ、気抜けしたようにつぶやく。
「なんや設樂って、先走り過ぎて取越し苦労する爺さんみたいやな。心配せんでも、お前に迷惑なん掛ける気ないから」
「迷惑やなんて。頼って欲しいて言うたばかりやん。次、そんなん言うたら怒るで」
 むっとした設樂に乳嘴を甘咬みされ、甘い疼きに溶けていた躰が発火したように熱くなる。
「何にしても、辞表はちょっと待って」
 設楽の物言いに引っ掛かるものを感じたが、大きな手に包まれた果実を撫でられ捏ねられ思考は奪われ勝ちになった。


<2>
 
 上司の櫻井は設樂と感じが似ている。同僚が言っていたが、淳明もそう思うことがある。
 快活で、曲がったことが嫌いで、フラットな視線で人や物事を判断する。誰からも頼られ、好かれる。
 だが櫻井は、逆にそういった部分で一部の上の者から疎まれてもいた。
 今回を口実にした櫻井の左遷は確実だと、口には出さないが誰もが胸中で思っている。
 消沈し詫びる淳明に、「そう悄気るな。ちょうど関西も飽きてきたところだし、丁度よかったさ」 と、櫻井は事も無げに笑った。そして真顔になって「それより山下、早まって辞表出そうとか馬鹿は考えるなよ」そう言った櫻井は清々しく格好良かった。
 会議後の櫻井との会話を思い出すと、胸が熱くなる。
上司としても、人間としても尊敬できる人だ。
 櫻井を左遷させて自分だけ本社に残るくらいなら、職を失い路頭に迷うほうがまだいい。

「アツ、アツ!」
 名前を呼ばれ見上げると、上から設楽がジットリ睨んでいる。
「いま俺以外の男のこと考えてない?」
「……いや?」
 三白眼になった設楽と無言で凝視め合った後、短くさり気なく否定する。 
「ウソや。顔に図星て書いてあるし」
 はっ、と自分の顔を押さえた淳明を熱い衝撃が突き抜けた。 
「ぅギャッ!?」
「浮気は許さんへんっ。相手は誰なんっ?」
 逆に浮気を疑われ、ぶるぶると首を振る淳明を、問い詰めながら設楽は何度も角度を変え、猛烈な勢いで突き上げる。爆発すれすれの快感と、薙ぎ倒されるような突き上げに呼吸もままならない。
「浮気なんか、するわけ…ない、やろ! 迷惑かけた上司のことが気にな……あっ、あ」
「そんなヤツのこと気にしたら、絶対に絶対に、あかーーーんっ!!」
「アァッ!!」

 お前は、宮◯大輔かっ?
 頭の中では盛大な突っ込みを入れていたが、現状はうつ伏せになって薬を塗った指を突っ込まれている。小さな擦過傷を軟膏を掬った指がこすった。
「うぐっ、痛いやろっ!」
「ホンマ、ごめん。すんませんでした。マジで堪忍」
 平身低頭する設樂は無視して、ひたすら痛みと情けなさに耐える。
 朝までに辞表……無理。
「なあアツ、やっぱ一緒に住も?」
 完全無視。いまケツに薬を塗られながらする話題じゃねえだろう! と、ムカつく頭の中で再度突っ込む。
「この家かて、アツが最初に海辺に住んでみたいってゆうたからここに決めたんやで? 俺という港がありながら、別の家に帰って行くなんて、俺には理解できへんわ。おまけに一日の大半を別の男といるやなんて、俺もう心配で狂いそうやん」
 薬を塗り終わった設楽が、機嫌を取るように額を淳明の背中にグリグリ擦り付ける。
「あのな、お前おかしいぞ。同僚と仕事すんのは当たり前やろ。だいたい男同士の社内恋愛が頻発する会社ってありえへん。そんなん、異常やろうが」
 ピキッと2人の間で音がして、設樂のごめんねモードが切り替わる。
「そっちこそ、大切な融合の最中に他の男こと考えるやなんて、言語道断やん」
「仕事とプライベートを融合させんな。櫻井さんとオレはなんでもないって、いま説明したよなっ」
「アツがなんとも思わんかっても、そいつはアツのこと狙ってるかも知れへんやろ」
「そんなわけ無いやろ、上司やぞ。櫻井さんの人格を知らんくせに勝手なこと言うな。櫻井さんっていう人はな、仕事が出来て面倒見が良くて、大人で……頼れる理想の上司っていうか、人として尊敬の」
 熱弁を振るう頬に、じっとり湿った視線が刺さる。
「アツ。お前、ニブすぎるわ」
 これにはカチンときた。反論に口を開けた淳明を、設楽は手で制した。
「そのオッサンな、転勤なんかせえへんで」
 え? 口を開けかけたまま固まった淳明に、設楽は渋い顔を作る。 
「会社辞めて独立する言うて、夕方、俺んとこ嬉々として電話してきよったし」
「櫻井さんが設樂に……なんで?」
 設樂は不機嫌MAXの顔で口をへの字に曲げた。
「ほんまは言いたくなかったんですけど、アナタの上司は俺のクソ叔父貴で、クサレ飲み友で、計算高い腹ん中まで知り尽くす旧知の仲ですねん。そんな事実、アツ信じてくれる?」
 なかなか繋がらない思考を接続させようと目を瞬かせる淳明に、設楽が真剣な目で迫る。
「嘘とちゃうで。オッサンな、今の会社にはとっくに見切りつけてて、地元人のコネクションフル活用して、着々と独立の土壌固めててん」
 櫻井と設楽が似ている。
 性格がと思っていたが、言われてみれば眉の切れ上がった精悍な面影が重ならないでもない。
「オッサンがアツに辞表を出すなって言うたんは、自分の会社にアツを引き込みたくて、キープしときたかっただけや」
「櫻井さんがオレを?」
 驚いた表情の中に嬉しさを読みとった設楽が、なお不機嫌そうに大きなため息をつく。
「アツ、オレの話ちゃんと聞いてんの? オッサンがアツのことを可愛いがってんのは、部下としてだけやないで。オッサンも俺と同じ筋金入りのゲイで、悲しいかな好みのタイプも俺とドンピシャやからやねんで」
 ドンピシャと鼻先に人差し指を突き付けられ、淳明の目が真ん中に寄る。
「櫻井さんがゲイ? ……まさかお前、俺たちが付き合ってること」
「そんな、オッサンを面白がらせるようなこと教えへんわ。でも、ヤツはなかなか敏いから薄々気付いてるかもしれん。とにかく、新しい会社に誘われても、絶対行ったらあかん」 
 頬を捕えられ、懇願する子供のような目で凝視められる。
「行かんといて。な、アツ」 
 抱きしめられて、キスされて、強請られて。設樂と二人の生活も、悪くない。本当は、気づいていたけれど、素直になれなかった。

 翌朝、櫻井は辞表を出した。
 早足で挨拶回りを済ませた櫻井は、淳明を外のコーヒーショップに誘った。
「お話はありがたいのですが、もう少しこの会社で頑張ってみたいんです」
「残念だな、昨日はすぐにでも辞表を出しそうな勢いだったのに」
「出すなって言ったの、櫻井さんですよ」
 淳明が言うと、櫻井は云うんじゃなかったなと笑った。明るい外光の下で笑う櫻井の笑顔は、確かに設樂のカラリと屈託のない笑い方と似ている。
「路頭を迷わせてから、恩着せがましく拾ってやれば良かった。まあ、俺が拾う前に、どこぞの若造がさっさと回収しちまうんだろうがな」
 淳明が瞬時に顔を朱くするのを見て、櫻井は「仕事、頑張れよ」と言って席を立った。
 まあ気が変わったらと、新しい名刺を置いてゆくところは、5年間、淳明にアタックし続けた甥と似ていなくもない。

 その夜、一旦マンションに戻り、着替えを持って電車に乗った。
 駅前のデリカで軽めの惣菜とワインを買って、潮の匂いのする街を歩く。設樂がいるこの海辺の街が好きだ。だから今夜は素直になって、設樂に「イエス」と伝えるつもりだった。
 設樂の部屋のドアを開け、ベッドを見るまでは。



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