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紙魚

Author:紙魚
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Category: ユニバース(全80話)

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rose fever 2
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 <ローズ・フィーバー 2>


 一日の終わりを彩る黄金の光が、引き締まり均整の取れた躰を正面から射抜く。
 地上400M。人気のない薬品会社の社員専用ラウンジの白い床に自分の影だけがどこまでも伸びている。
 陽が沈む前の、この場所から見る夕陽が世界で一番美しいと思う。

 黒い瞳を足元に視線を落とせば、自分の足より低い位置で立ち並ぶビルの先端がこちらに向かって突き刺さってきそうにみえる。
 高層ビルの谷間を半透明の巨大なジンベイ鮫が泳いでいく。巨大な魚の下をモノレールが、上を目には見えないハイウエイに沿って自家用小型高速艇のエアフライが走り抜ける。
 ハイウエイはビルの合間を上下3層に展開しており、上に行くほど速度の早いレーンになる。ハイウエイに乗った者にだけホログラフによるレーン(飛行路)が見える仕組みだ。

 鮫は悠々と通りを泳ぎ、ビルの壁に消えた。今度はマイクロショートパンツ姿の少女3人が飛び出し、空中でコーク片手に踊りだす。
 高層ビルに阻まれ陽光の当たらないコンクリートとガラスの渓谷に、下方から侵食するように夜が染み出してくる。
 やがて昼間の陽射しをかき集めておいて、一気にぶちまけたかのような眩しい光がストリートを満たし、その光の中を礫のような人々が行きかう。

 人はローズ・フィーバーの感染に怯えながら、それでも誰かと触れ合わずにはいられない。通りに溢れかえる人々は友人と、恋人と、あるいはひとりでぞれぞれの四方山を胸に足取りも軽く通りを歩いていく。

 下界を行きかう人の流れをぼんやり眺めていた瞳が、ゆっくりと上がった。
 昼の勢いを残す黄金の光が飛び込んできて目を細めた。その黒い瞳の真中に、遥か彼方の丘陵地にそびえる黒い建造物のシルエットが映る。

 黄昏色の空気の中、窓ひとつない真っ黒な四角い建物は遠く離れた場所にありながら、重苦しい独特の存在感を放つ。丘陵地一帯が高い塀で囲まれており、許可無く立ち入る事もできない。
 建物は現世から隔離された別世界と言う意味で須弥山(しゅみせん)と呼ばれていた。
 須弥山は古代インドの宗教観の中で生まれた聖山で、神の住む世界をいう。
 巷に蔓延る都市伝説には、佇まいの異様さから須弥山に纏わるものも多い。
 例えば、須弥山には神ならぬ怪物が棲み、夜な夜なこちらの世界を徘徊しては人を襲う・・・とか。

 清んだ虹彩とは反する、艶冶な唇の端がきゅっと上がり小馬鹿にするように笑む。
 架空の山の名前に、怪物。全くロマンチックな発想だ。
 噂は面白おかしく尾ひれ背びれをつけて人々の口先を渡り歩き、都会の退屈な生活のささやかな刺激になる。
 確かに、須弥山には謎が多い。
 それだけに、政府の重鎮が薔薇熱の感染を恐れた愛人にせがまれて建てただとか、資源の利権争いで大儲けをした武器商人の自邸だとか、いい加減な噂も真しやかに語られる。

 謎があれば、その真相が知りたくなるのが人の心理だ。
 須弥山の噂の真相をつきとめる。それは、同僚と興味本位で始めたゲームだった。

 過去の人口爆発により激減した資源の利権を奪い合う国家間、企業間の闘争は壮絶だ。
 武力による争いこそ過去の教訓から起こることはないが、頭脳戦のような駆け引きや軋轢は深く根を張り、常に相手の動向を探りあう。

 同僚のジタンと自分は表向き製薬会社の社員として活動しているが、本業はコンビで企業のデータや国家間の機密情報をターゲットの頭の中から掠め取ることにある。
 
 新世界と同規模の都市国家は他に6つ。都市国家の中で巨大化した企業は小さな地方国家よりも力を持つ。国家間のフリーエリアは、化学物質に汚染されていて人は住む事ができない。
 新しいエネルギーや新薬の開発。
 価値のある情報は高値で売り買いされ、腕利き企業スパイは長期休暇をとることもできやしない。

 ゲームは敗者がワールド・ボールの通しチケットを勝者に奢る。家賃半月分の高額チケットを2人分。自分のお粗末なサーチの結果を考えると泣けてきそうになるが、ジタンの結果を聞くまでは勝負はわからない。
 だが、そのジタンが忽然と姿を消した。

 めずらしくお互いピンの仕事が入り、一時的にコンビを解消したのが一ヶ月前。
 “外勤”を終えて戻ったアスクレピオス製薬にジタンの姿はなかった。
 任務内容は一切口外してはならない。ジタンは詳細こそ語らなかったが、着任前に「このゲーム、俺の勝ちかもな」と笑った。無理矢理作ったかのような笑顔。
 自分たちの間の勝敗といえば二人で始めた須弥山の謎を明かすゲームだけだ。
 ジタンらしくない、任務内容を揶揄する言葉が頭に残った。
 
  落日に暮れなずむ陰気な要塞。
 のっぺりとした黒い壁に囲まれる表情のない須弥山は、人口の減少で終焉間近なこの世界の黒い墓標を思わせる。怪物が棲むに、はうってつけの不気味な建物だ。
 ガラスに映る自分の顔と黒いシルエットが重なり、意味もなくぞっとした。
 ジタンは自分より経験もあるし能力も高い。

 黒いシルエットに、ガラスに映る自分の顔が重なる。
 やや細めのラインで整えられた東洋人特有のきっかりと切れ上がった眦が、思案げに細められる。
 開いた手が、自分の顔ごと黒い墓標を押さえた。まるでそれを合図にしたかのように、夜の海に沈み始めた巨大な都市に明かりが灯り出す。人の数だけ。いや、もっと。
 
 不意に指先に触れるガラスが震え始めた。



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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学