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紙魚

Author:紙魚
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Category: 翠滴 -side story-  

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In the blue.On the island. 1

 ホームに降りた途端、湿度の高い空気が纏わりついてきた。
 地下独特の黴っぽいコンクリートの匂いと生ぬるさで、息が詰まりそうになる。一歩階段を上がるごとに、付き合いで飲んだ少量の酒が回ってくる気がした。
 「暑・・・」

 改札を出てところで時計を見た。午後8時半、まだ宵の口だ。
 たぶん周もまだ帰っていない。

 この2年ほどで周が率いる日本トリニティは合併吸収を重ね、大きく膨れ上がっていた。二人で住むペントハウスと同じ建物にあったオフィスは、会社の躍進と共に膨れ上がった人と業務が納まらなくなり、この春、丸の内の高層ビルへと移っていった。
 この経済が逼塞している時代でも、伸びている企業は確実にある。
 いわゆる勝ち組だ。次々と高さを競うように出現する塔のような高層ビルには、こういった勝ち組の企業が煌々と灯りを灯す。
 周の起こした日本トリニティも、その光の中で輝きを増す企業のひとつだ。

 周は享一のデザインした螺旋階段のあるオフィスから離れる事に難色を示し、珍しく鳴海と対立した。だが物理的な問題は如何ともしがたく、ショップのグラマラスを現状のまま置くという事で渋々移転に同意した。
 事業が拡大するのと比例して周は前にも増して多忙を極め、2人で過ごす時間が急激に減る。

 一方、享一もこの3週間程、ゼネコン4社が競合する鉄道会社の本社ビルのコンペに明け暮れていた。
 夏休みは日本で過ごすのが習慣になった和輝が、この夏はサマーキャンプに参加するとかで、早々にNYに戻っていったのもタイミングがよかった。

 このコンペティションには大森建設社員の年末の賞与が掛かっている。家のローンや家族を抱えていない独身者はとにかくとして、守るべき家庭を持つ者には言葉通り死活問題だ。
 規模の割りに要求が細かく期間が短い。不景気の折、建築会社の経営状況はどこも似たようなもので、各社がコンペ専用にチームを組み獲得に意欲を燃やす。勝つのは一社のみ。真剣勝負だ。
 大森建設でも、後半になると半ば会社に籠城する勢いで、夜を徹して仕事をする者が増えた。比較的会社に近い享一は一旦ペントハウスに戻り、着替えと風呂を済ませてから会社に舞い戻った。

 朝方ベッドに辿りつき、廃人同様に倒れ込む。
 待ちわびたように手を伸ばしてくる周の誘いも、睡魔と疲労の分厚い壁の向こう側だ。申し訳ないと思う気持ちと、基礎体力の差を思い知りながら、斜面を流れる泥のように眠りへと突入する。
 出勤ぎりぎりまで寝て、トーストを齧りながら出勤の支度で走り回る享一を横目に、優雅にコーヒーを飲む周の機嫌はすこぶる悪い。日を追う毎に数を増やしてゆく胸や脇腹の鬱血痕が、周の無言の抗議と不満を熱く語る。
 仕方ないじゃないか。
 躍進する会社の代表と、低迷する日本経済の荒波をモロに被る建築会社の平社員の違いだ。

 とにかく受注を勝ち取ってくれ、という社員の期待を一身に背負い、享一を含むコンペチーム全員が一丸となって突き進む。言葉通り、誰もが身を粉にして死ぬほど働いた。
 その怒涛の日々も、やっと今日で終わりをつげた。

 地下鉄の階段を上り切ると汗が噴出した。湿り気をたっぷり含んだ重い風に雨の気配がする。長引く残暑も、ひと雨降ればましになるだろうか。
 手に下げた紙袋が地下鉄からの追い風で揺れた。中には同期の片岡の実家から送られてきた枝付きの枝豆が入っている。
 片岡も平沢らと共に、池袋あたりで飲み歩いている筈だ。

 資料の提出時のクライアントの好感触に気をよくしたチームの面々は、打ち上げと称し夜の街に繰り出した。享一も途中までは参加していたが、 「そろそろ嫁がヤバイんで・・・」  と退席する同僚に便乗して席を立った。
 「時見、まさか帰るつもりじゃないだろうな。お前ェは、待ってる母ちゃんもいねェえんだから、最後までつき合うべ」
 早々と出来上がった平沢が、寝不足とアルコールで濁った目を向けてくる。目立たぬように帰るつもりが一番、性質の悪いのに見つかってしまい内心、溜息を吐いた。
 「まあまあ、時見は昨日も徹夜だったし、平沢さんには俺がいるじゃないっすか」
片岡のフォローがなかったら、午前さまどころか平沢と並んで朝陽を拝む羽目になっていたに違いない。

 帰り際、「おつかれさん」 の言葉と共に片岡からこの紙袋を渡された。片岡は享一がこの手の飲み会が苦手な事をよく知っている。大きな体躯に似合わずよく気の回る男だ。
 きっと最後は、この面倒見のいい片岡が平沢を家まで送る事になるのだろう。

 待ってる母ちゃん・・・ね。周の冷たい視線が脳裏を突き刺す。
別にペントハウスで手薬煉ひいて待っているわけではないが。今度は実際に深い溜息が出た。
周はもともと性欲が旺盛なくせに、疲れていると余計に欲しくなるタイプだ。
自分はどうだろうか。寝不足に体力不足。
正直、疲労感が性欲を振り切った感がある。はっきり言って、いまの自分に溜まりに溜まった周の欲望を受け止められる体力も自信もない。

 どうやって、かわそうか・・・片岡から渡された紙袋に目を落とした。片岡の母方の郷里が農業を営んでおり、祖母の育てた黒豆の枝豆は旨味と味の濃さが格別なのだといっていた。
 モノで釣ろうなんて、飲みの帰りに家族の機嫌取りの土産を買う上司達みたいで、なんとも短絡的でオヤジ臭い。そもそも、破竹の勢いで成長する企業を率いる男の機嫌が、”豆”ごときでどうにかなるとは到底思えない。

 溜息し、思案する享一の目に、賑やかにライトアップされた一角が飛び込んできた。
 『BlueBlueIce』 名前も、風に揺れる濃いブルーの旗も、なんとも爽やかだ。
 まだオープンして間もなさそうなアイスクリーム屋は、ドロップのようなポップなインテリアで、仕事帰りのOLや主婦、若い女の子で賑わっている。

 甘く冷たいアイスが舌の上で溶けるのを想像すると、外気に湿った首筋を爽やかな風が抜けていく。ふと、蠱惑の翠の瞳が涼しげに細まり、薄くて大きな唇にうっすらと微笑が浮かぶところを想像する。
 束の間、疲れが吹っ飛んだ気がした。見たい。周の喜ぶ顔が見たい。

 飲んで詫びの土産を買う上司たちは、家族の機嫌も取りたいが、本当は妻や子供の喜ぶ顔が見たいに違いないのだ。先ほどの自戒も忘れ、享一は口笛を吹きながら足取りも軽やかに信号を渡った。



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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学