09 ,2009
本日は、本編をお休みしまして、先日AOさまより頂いた
□20000HITキリバンリクエスト□にお応えしたいと思います。
ストーリーは、『翠滴』のスピンオフ、周×享一のお話です。
では、どうぞ♪
< 真夏の残像 1 >
「夏祭り?」
広げられた”たとう紙”の上に並べた鈍色と紺の浴衣を前に享一の目が問いかける。
「茅乃と美操からの結婚一周年の祝いだそうだ。灰色が俺ので、
こっちの藍紺が享一の浴衣だ」
周の鈍色の浴衣は、少し光沢のある灰色に縦糸で注し色で翠の縞が入っており、翠の瞳と相俟って、周にすごく似合うに違いない。
雄雛のようにきりりと切れ上がった眉の下で深い翡翠色の瞳が目許も涼しく笑っている。
「実は、屋敷の前につるされた提灯が気になってたんだ」
享一の手がたとう紙の上の紺の浴衣に伸びた。
「GWに周から旅行をプレゼントしてもらったばかりなのに、茅乃さん達まで・・・
2人とも忙しいのにいつ見に行ってくれたんだろう?・・・・これ、似合うかな?」
「勿論・・・」周が浮かべた微笑に邪な色が混ざり、翡翠の碧が一層深くなった。
茅乃たちが帰国した折、享一の浴衣の見立てに行くという2人に自分も同行した。
一色の糸ではなく濃淡のある数種の藍糸を使った深みのある藍紺は享一のしっとりとした艶を引き出しより魅力的に見せるはずだ。
嬉しそうに浴衣を手に取る享一に翠の瞳が下心を滾らせ、これもまた嬉しそうに細まる。
着せる喜びがあれば、当然そのさかしまの喜びがある。
むしろ、そちらの方に周の期待は軍配を上げ、享一の腰に巻いた角帯を持つ手が仕上げの結びのところでピタリと止まった。
着れば脱ぐ、いや脱がせるために着せる・・・。
今夜の”着る”から”脱ぐ”までの間に横たわる雑多な段階をすべて排除できないものかと、周は帯の結び目を睨んだまま思案をめぐらせる。
理性と欲望がこめかみ辺りでせめぎ合いピクピクと小さく震えている。
「周、手が止まってるぞ」
俄かに危険を察知した声が、普段の甘やかさからはかけ離れた想像もつかないような低音で頭上から落ちてきた。
「・・・・夏祭りは、今日と明日の2日間ですが・・・・」
帯を掴んだ両手がクロスしたまま期待を込めて”待て”をしている。
享一がいつも、”その眼に魅入られた・・・・”と表現する魅惑の翠の瞳は、勢いよく袷を開いた時の享一の羞恥に狼狽る表情と、「浴衣には当然これだ」と、嫌がる享一に無理矢理着けさせた褌姿をもう一度見たいという欲望に充血しウズウズしている。
「だから?」 氷の如く冷たくそっけない声も、欲望で沸騰した脳に達する前に蒸発する。
「行きたい?」
本当は『イキたい?』と聞きたい。今度は小さな溜息が落ちてきた。
「明後日は仕事だし、明日の夜なんて俺たちはここにいないじゃないか?」
周・・・、と肩に柔らかく享一の手が置かれた。
「俺は、はじめて周と俺が出会い周が大切に思うこの庄谷を俺も大切に思っている。
だから、村の祭りにも行ってみたいし、・・・なにより、周がその鈍色の浴衣を
着たところも見てみたい」
ダメ押しとばかりに周にむけて向きを変え、顔を覗き込むように少し屈んだ享一の、はにかんだ表情の唇が綻ぶ。
素早く残りの帯も結び始めた周を肩越しに見下ろし、享一は薄くほくそえんだ。
帯を結び終えて立ち上がり、改めて正面から享一を見た周の瞳が大きくなる。
「どう?似合うかな?」
「・・・・・・・・」
「なんか言ってくれよ。そう正面からまじまじと見つめられると、恥ずかしいだろう?」
照れ隠しか、頬を紅潮させながら享一がしかめ面を作る。
なんという艶やかさか、濃い紺が細身だが決して低くはなく若竹のようなしなやかな躰を包みそこはかとない色香を漂わせる。
寝巻き用の浴衣で浴衣姿には免疫があると思っていた考えが鱗となって剥がれ落ちていった。
照れまくりながら上目遣いで見上げる表情は・・・「可愛い」と言っては怒るだろうと、万感の想いを込めて「よく似合っている」とだけ言っておく。
そんな短い褒め言葉にも享一は頬を染めたまま満面の笑みで返し、愛おしさを掻きたてる。
享一を待たすまいと、素早く自分も浴衣に着替えると、二人分の下駄を持って一足先に玄関に向った享一に追いついた。玄関先に立って自分を待っていた享一の顔が、やわらかな卵色の白熱灯の下でパッと華やいだ。
「周、その浴衣やっぱりすごく似合ってる」
嬉しい言葉に微笑で応えた。
「行こう」
門を出ると、とっぷりと落とされた夜の帳の中で、柔らかな提灯の灯りが時折風で揺れていた。遥か遠くの道にも同じ提灯が吊られていて、神社への参拝道をささやかな光で照らしている。
鎮守の森のある山の中腹辺りがぼうと明るくなって、お囃子のような楽の音が風に乗って微かに流れてきた。
ふと、前にも同じようなことがあったことを思い出す。
秋の気配のする晩夏の夜、周は1人塞ぎ込む享一を同じように外に連れ出した。
あの時、享一は心ではとっくに周を選んでいながら、頭では理想の人生の形というものに囚われ、ふたつの思いの間で揺れながら苦しんでいた。
隣で佇む享一の顔を見ると、放心したように灯りのない暗い田畑に見入っている。
享一の手を取りあの時のように手を繋ぐ。
泣きそうな顔が微笑みを返してきた。
あれから4年の月日が経った。
享一の身を慮って、一度は諦めた。
だが、その享一はすべての懸念や杞憂を持ち前の誠実さと潔さで覆し、隣にいる。
更なる万感の想いを込めてしなやかな身体を抱き寄せると、何も言わずその腕を背に回してきた。
「行こう」
「ああ」
頷いたその手を引いて薄闇の中に踏み出した。
真夏の残像 2 →
□20000HITキリバンリクエスト□にお応えしたいと思います。
ストーリーは、『翠滴』のスピンオフ、周×享一のお話です。
では、どうぞ♪
< 真夏の残像 1 >
「夏祭り?」
広げられた”たとう紙”の上に並べた鈍色と紺の浴衣を前に享一の目が問いかける。
「茅乃と美操からの結婚一周年の祝いだそうだ。灰色が俺ので、
こっちの藍紺が享一の浴衣だ」
周の鈍色の浴衣は、少し光沢のある灰色に縦糸で注し色で翠の縞が入っており、翠の瞳と相俟って、周にすごく似合うに違いない。
雄雛のようにきりりと切れ上がった眉の下で深い翡翠色の瞳が目許も涼しく笑っている。
「実は、屋敷の前につるされた提灯が気になってたんだ」
享一の手がたとう紙の上の紺の浴衣に伸びた。
「GWに周から旅行をプレゼントしてもらったばかりなのに、茅乃さん達まで・・・
2人とも忙しいのにいつ見に行ってくれたんだろう?・・・・これ、似合うかな?」
「勿論・・・」周が浮かべた微笑に邪な色が混ざり、翡翠の碧が一層深くなった。
茅乃たちが帰国した折、享一の浴衣の見立てに行くという2人に自分も同行した。
一色の糸ではなく濃淡のある数種の藍糸を使った深みのある藍紺は享一のしっとりとした艶を引き出しより魅力的に見せるはずだ。
嬉しそうに浴衣を手に取る享一に翠の瞳が下心を滾らせ、これもまた嬉しそうに細まる。
着せる喜びがあれば、当然そのさかしまの喜びがある。
むしろ、そちらの方に周の期待は軍配を上げ、享一の腰に巻いた角帯を持つ手が仕上げの結びのところでピタリと止まった。
着れば脱ぐ、いや脱がせるために着せる・・・。
今夜の”着る”から”脱ぐ”までの間に横たわる雑多な段階をすべて排除できないものかと、周は帯の結び目を睨んだまま思案をめぐらせる。
理性と欲望がこめかみ辺りでせめぎ合いピクピクと小さく震えている。
「周、手が止まってるぞ」
俄かに危険を察知した声が、普段の甘やかさからはかけ離れた想像もつかないような低音で頭上から落ちてきた。
「・・・・夏祭りは、今日と明日の2日間ですが・・・・」
帯を掴んだ両手がクロスしたまま期待を込めて”待て”をしている。
享一がいつも、”その眼に魅入られた・・・・”と表現する魅惑の翠の瞳は、勢いよく袷を開いた時の享一の羞恥に狼狽る表情と、「浴衣には当然これだ」と、嫌がる享一に無理矢理着けさせた褌姿をもう一度見たいという欲望に充血しウズウズしている。
「だから?」 氷の如く冷たくそっけない声も、欲望で沸騰した脳に達する前に蒸発する。
「行きたい?」
本当は『イキたい?』と聞きたい。今度は小さな溜息が落ちてきた。
「明後日は仕事だし、明日の夜なんて俺たちはここにいないじゃないか?」
周・・・、と肩に柔らかく享一の手が置かれた。
「俺は、はじめて周と俺が出会い周が大切に思うこの庄谷を俺も大切に思っている。
だから、村の祭りにも行ってみたいし、・・・なにより、周がその鈍色の浴衣を
着たところも見てみたい」
ダメ押しとばかりに周にむけて向きを変え、顔を覗き込むように少し屈んだ享一の、はにかんだ表情の唇が綻ぶ。
素早く残りの帯も結び始めた周を肩越しに見下ろし、享一は薄くほくそえんだ。
帯を結び終えて立ち上がり、改めて正面から享一を見た周の瞳が大きくなる。
「どう?似合うかな?」
「・・・・・・・・」
「なんか言ってくれよ。そう正面からまじまじと見つめられると、恥ずかしいだろう?」
照れ隠しか、頬を紅潮させながら享一がしかめ面を作る。
なんという艶やかさか、濃い紺が細身だが決して低くはなく若竹のようなしなやかな躰を包みそこはかとない色香を漂わせる。
寝巻き用の浴衣で浴衣姿には免疫があると思っていた考えが鱗となって剥がれ落ちていった。
照れまくりながら上目遣いで見上げる表情は・・・「可愛い」と言っては怒るだろうと、万感の想いを込めて「よく似合っている」とだけ言っておく。
そんな短い褒め言葉にも享一は頬を染めたまま満面の笑みで返し、愛おしさを掻きたてる。
享一を待たすまいと、素早く自分も浴衣に着替えると、二人分の下駄を持って一足先に玄関に向った享一に追いついた。玄関先に立って自分を待っていた享一の顔が、やわらかな卵色の白熱灯の下でパッと華やいだ。
「周、その浴衣やっぱりすごく似合ってる」
嬉しい言葉に微笑で応えた。
「行こう」
門を出ると、とっぷりと落とされた夜の帳の中で、柔らかな提灯の灯りが時折風で揺れていた。遥か遠くの道にも同じ提灯が吊られていて、神社への参拝道をささやかな光で照らしている。
鎮守の森のある山の中腹辺りがぼうと明るくなって、お囃子のような楽の音が風に乗って微かに流れてきた。
ふと、前にも同じようなことがあったことを思い出す。
秋の気配のする晩夏の夜、周は1人塞ぎ込む享一を同じように外に連れ出した。
あの時、享一は心ではとっくに周を選んでいながら、頭では理想の人生の形というものに囚われ、ふたつの思いの間で揺れながら苦しんでいた。
隣で佇む享一の顔を見ると、放心したように灯りのない暗い田畑に見入っている。
享一の手を取りあの時のように手を繋ぐ。
泣きそうな顔が微笑みを返してきた。
あれから4年の月日が経った。
享一の身を慮って、一度は諦めた。
だが、その享一はすべての懸念や杞憂を持ち前の誠実さと潔さで覆し、隣にいる。
更なる万感の想いを込めてしなやかな身体を抱き寄せると、何も言わずその腕を背に回してきた。
「行こう」
「ああ」
頷いたその手を引いて薄闇の中に踏み出した。
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