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紙魚

Author:紙魚
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Category: 翠滴 3 (全131話)

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翠滴 3 タンジェリン ライズ 1  (4)

 指を口に含み歯を立てると、花弁の唇から小さな叫び声が上がった
 同性同士のセックスに対する禁忌感や背徳の意識を、乾いた泥のごとくその内側にこびり付かせ、倫理観や世間体といったものが捨てきれずにいる享一の情欲を徐々に煽り、剥き出しにしてゆく。
社会的な通念も背徳感も、一旦この腕の中に収まると忽ち消え去ってしまうような他愛もないものであるにもかかわらず、享一の頭に頑固なくらい根強く残っている。
一度開け放てば、どれだけ与えられようと満たされないとばかりに、まるで灼熱に焦がされた砂漠が水を吸い込むかのように周の与える熱を貪欲に求め、呑み込むのにだ。

 これだけ周を求めていながら、周と暮らす事を躊躇わせるものは何なのか?

 舌の先に、祝言の時、周が享一の指に嵌めた指輪があたる。あれから、一年半この指輪が普段、世間体を重視する享一の指に納まっている事はなく、いま、周の腕の中で狂おしげに仰け反り、快感に殺した声を上げ、艶かしく喉仏を上下させる首にかけられている。
自分の贈った緋色の絹紐に通されたプラチナのリングは、なめらかな享一の肌に映え、それはそれで気に入っていたが、所有をその意味に含む指輪は、やはり本来、納まるべき場所に嵌めさせたい。

 潤んだ享一の瞳の前に指輪の嵌った左手を掴んで翳し、わざと見せ付けるように指の間に舌を這わせ音を立て吸い付いた。指に舌を絡め、享一の躯に残る最後の服飾品を歯に挟んで指から抜くと、朱に染まった目元が更に色を増した。そして自分も享一の口許に左手の薬指を翳した。
「同じようにして下さい」
いかなる時も自分を惹きつけて止まぬ唇が、ゆっくりと開き、赤い舌が対のリングの嵌った指を招き入れた。熱い舌が絡み、歯が指輪を捉えたのを確認すると、指をゆっくり引き抜く。享一の唇の間でプラチナのぬめりを放つ指輪を、そのまま唇を合わせ享一の口腔内に押し込んだ。

 驚いた享一の躰が僅かにビクッと反応をしたが、指輪ごと周の舌を受け入れ、指輪は二つの舌の間で弄ばれながら互いの口腔を移動する。最後に、唾液塗れになった指輪を周の唇が挟み、畳の上に置いた享一の指輪の上に落とすと、澄んだ金属音が響いた。
「よく出来ました」
耳朶を食み労いの褒め言葉を囁くと、軽く眉を顰め、濡れた瞳が軽く睨んできた。
薄暗い明かりの中でも頬や項が染まっているのが見て取れる。

「気分を悪くしましたか?」
「どうにも俺は、いつも周の思惑通りに乗せられているような気がして仕方がない・・・・・」
 責める口調が一転して、表情を緩めた享一が、自戒を含めた目ではにかんだように笑う。
「これが、厭じゃないから、自分でも困るんだ」

 その言葉に周は闇も飛び散るぐらい艶やかに微笑むと、もう一度唇を重ねた。
指を絡め、享一の熱を煽り触れ合う皮膚から互いを混ぜ合わせていく。
 享一の口からは、揺らすたび熱を撒き散らす喘ぎのみがあがり、腕(かいな)は、より深く繋がろうと満身の力を込め絡み付いてくる。
 2人してエクスタシーの波に溺れ融合し一体になって堕ちてゆく。

 深く結びついている。そう確信しているのに、享一の中には自分も踏み込む事が出来ない場所がある。そこから生まれた懸念と恐れが享一の中に根深く突き刺さっている。
 畳の上でプラチナの滑らかな光を反射する指輪に手を伸ばす。
 2個のパーツに分かれたそれは、端の欠き込みを合わせるとひとつになる。
 この指輪を享一の指に初めて嵌めた時、享一の全てを手に入れたつもりでいた。

 たった一人を虜にしたい。
 思いのままを口にすれば、享一は嬉しげに微笑むが、決して首を立てには振らない。
 もっと、もっと世間体も必要のない憂慮もなくしてしまうほどに溺れさせなければ。
 ある時点までは、享一にとってセックスという行為は家族というコミュニティを形成する要因であるとの意味合いが強かった。そこへ焦げ付くような恋情と、想いと肌を重ねる快感と悦びを教え、奪い、また、ふんだんに惜しげなく時間と心を与えてきた。

 部屋の中に淡く夜明け前の薔薇色が刷かれる。広い客間の縁側の障子が橙味の強い紅に染まった。その中で影絵のように桜の枝が揺れている。もう間もなくあの桜の葉もこの朝焼けの光のように紅く色付くだろう。
 そして、落葉し春になると蕾を膨らませ絢爛に春を彩る薄紅を咲かせる。
 先の春も享一が庄谷の桜が見たいと言い出し、2人で訪れた。
 来年も、その次も2人であの桜の下に立ち時間を重ねてゆく。

 指輪を再び享一の指に嵌め、静に寝息を立てる享一の髪を手で梳いた。

 享一は、自分がなんと言って目覚めたのか覚えていないらしい。
 寝ている時に、享一がうなされるのはこれが初めてでではない。
 享一と同衾を重ねるようになり、それは度々起こっていた。
 ただ、完全に目覚めた享一は、その事を全く憶えておらず、問いただすのは無意味な気がし、いつか原因を掴もうと本人には知らせず様子を伺ってきた
 今朝もその正体を知ろうと、享一が微かに立てていた寝息を乱し始め、苦しげに小さな声でうなされるのを、神経を尖らせながら聞いていた。一つでも単語になる言葉は聞き漏らすまいと、息を潜めた耳に、その言葉は叫ぶような響きを帯びて、飛び込んできた。

 --------お父さん。

 どうすれば、愛する者を失うかもしれないという杞憂から解き放ってやれるのか?
 腕の中の寝顔は疲労の中にも安堵の色を滲ませて、静かな寝息を立ている。
 目尻に残る涙の跡に接吻をすると花弁の唇が僅かに笑んだようにみえた。
 愛おしさに満たされて、その体を互いの凹凸を合せるように抱き寄せる。
 享一のトラウマの深さを、今更ながらに思い知った気がした。



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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学