05 ,2009
唐突に腕を引っ張られ、押し倒された衝撃に眉を顰めた。
一言、「油断禁物」
頭の上からそう言い放った男は、享一の両手首を敷布団の上に押さえつけ、一本取った、とばかりに嬉しそうに微笑みながら見下ろしてきた。寝巻きがわりの麻の混ざった紺色の浴衣が周(あまね)のシャープな輪郭や、きりりとあがった柳眉の下に穿たれた翡翠の双眸を持つ男らしい顔を引き立たせている。自分も、周の希望で色違いの浅黄色の浴衣を纏っていたが、着方が悪かったのか寝相に問題があったのか、袷も裾もだらしなく弛んで肌蹴ていた。いま、自分が周の目にどんな風に映っているのかを考えると、急に恥ずかしくなって顔を背けた。
「なんだよ、その油断っていうのは?」
「言葉の通り、享一には“隙”が多すぎる」
「・・・・何が言いたい?」
「別に」
聞き捨てのならない言葉に睨みつけると、惚け嘯いた唇が耳の後ろの窪みに忍び込んできた。
「もう一眠り、しようかと思っていたんだけど?」
「俺が目を覚ますのを、待っていたくせに?」
吐息が耳朶を擽り、ぞわりと快感が背筋を這い上がる。
「気付いていたのか。いつから?もしかして、俺が起こしたかな?」
「いや、目が覚めたのは享一が、まだ眠っている間だ。うなされていた」
項の柔らかい皮膚の表面を、焦れるような官能を埋め込みながら周の唇が移動する。
濡れた音と享一の荒い息使いが、仄暗い20畳の客間に響き、弱いスタンドの光の届かない部屋の隅に蹲る闇の中へ吸い込まれていくような気がした。
「あ・・・・ぅん・・夢を・・・・見たんだ」
「どんな?」
唇が離れ、懇願の目を薄く開けると、間近で自分を見つめる翠の瞳に、瞬時に捕えられた。
こんな些細な瞬間にさえ、容易く魅了され虜にされてしまう自分が嬉しくもあり情けなくもある。
説明しようと、息を吐いた。だが、話すべきものが見つからない。
「それが思い出せない。ただ、今も胸騒ぎって言うか、胸がザワザワする感じが消えなくて」
上手く思い出せないもどかしさが、享一の声を途絶えさせる。ふと、子供の泣き声が耳底に甦った。
それが、自分の中から聞こえたようでもあり、この築200年の古い屋敷の部屋の隅の闇かたら届いたようでもある。スタンドの光の届く範囲がじわりと、狭まった気がして、自分を小心者と嘲笑いながらも周の袖を掴む。
「子供の声がして・・・最初、幼い頃の弟の声かと思ったけれど、
あれは、喬(たかし)の声じゃなかった」
でも、自分ははこの声を知っている気がした。一体誰の声だったか。
享一の思考は昇りかけた官能を忘れ、自分の記憶の襞を探るように、深く埋没していく。
「子供の声?」
「泣き声だった・・・」
低く耳障りの好い周の声に呼び戻され、頭上の秀麗な顔に焦点をあわせた。
周の怪訝な表情に、自分が何か妙なこと言ったのかと見返すが、翠の虹彩に浮んだ複雑な表情はあっさり掻き消え、代わって熱の籠った瞳がニヤニヤと嗤う。
「僕達の子供の声かも知れませんね?」
・・・・真面目に話して、損した。
周の指先が、先の愛撫で乱れた浴衣の襟をさらに広げ縁沿いに肌の表面を辿り、色付いた尖りの縁に合わせて円を描き始めた。抗おうと思った手は、既に周の膝の下に戒められている。
たった一点から生まれた小さな火花のような快感が、躯のあちらこちらに飛び火して、一斉に小さく爆ぜ始める。ゾワゾワと自分を煽り攪拌する指に嵌る周の指輪が揺れるたび、体内の火花に指令を出すようにスタンドの弱い光を鋭い光に変えて反射した。もどかしい熱に唇が戦慄き出す。
「くっ・・・ん!バカな、悪い冗談は止めろよ。大体、周は子供は嫌いだって、前に言ってたじゃないか?」
「何年前の会話を引っ張ってくるのやら。確かあの時、君の子なら別だ、とも言いましたよ?ですから、今から2人で子作りに勤しみましょう」
「詭弁師め」
「どうとでも」
緑に燃える蠱惑の瞳が欲情も顕に笑っている。
いつもこの調子で煽られ、周のペースに持ち込まれて、ほいほいと流されてしまう自分もどうかと思うが、嬉しく流れに呑み込まれるのも、また自分のだから始末が悪い。
いよいよ、唇の戦慄きが全身に広がり、躯中で火花が飛び散り全身が疼き始めた。
「悪趣味だ・・・それに、こんな時にその丁寧語は・・・狡いって、いつも・・・ぁ・・・ぅん」
反論にも力が入らず次第に立ち消え、何もかもが周に向かって開け放たれていくのを感じた。
頭の中を占めていたものは、とっくに流れ出しどうでも良くなって、取って代わった熱を放出することしか考えられなくなる。
「だから、使うのですよ、効果が無ければ意味かない。嬉しい事に、君には、効果絶大だ」
「意地が・・・いや、性格が悪い」
「なんとでもどうぞ。毎回易々と引っかかってくれるのは、誰でしょうか?ほら、ここに証拠が」
楽しそうに喉を鳴らして周が答える。帯を解かれ袷を割られると、周の指摘通りの昂ぶりが露になり、恥ずかしさと情けなさで顔が熱くなった。
「性格が悪い」
八つ当たり気味にもう一度呟くと、下着に歯をかけた周が下からニヤリと笑ってきた。
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一言、「油断禁物」
頭の上からそう言い放った男は、享一の両手首を敷布団の上に押さえつけ、一本取った、とばかりに嬉しそうに微笑みながら見下ろしてきた。寝巻きがわりの麻の混ざった紺色の浴衣が周(あまね)のシャープな輪郭や、きりりとあがった柳眉の下に穿たれた翡翠の双眸を持つ男らしい顔を引き立たせている。自分も、周の希望で色違いの浅黄色の浴衣を纏っていたが、着方が悪かったのか寝相に問題があったのか、袷も裾もだらしなく弛んで肌蹴ていた。いま、自分が周の目にどんな風に映っているのかを考えると、急に恥ずかしくなって顔を背けた。
「なんだよ、その油断っていうのは?」
「言葉の通り、享一には“隙”が多すぎる」
「・・・・何が言いたい?」
「別に」
聞き捨てのならない言葉に睨みつけると、惚け嘯いた唇が耳の後ろの窪みに忍び込んできた。
「もう一眠り、しようかと思っていたんだけど?」
「俺が目を覚ますのを、待っていたくせに?」
吐息が耳朶を擽り、ぞわりと快感が背筋を這い上がる。
「気付いていたのか。いつから?もしかして、俺が起こしたかな?」
「いや、目が覚めたのは享一が、まだ眠っている間だ。うなされていた」
項の柔らかい皮膚の表面を、焦れるような官能を埋め込みながら周の唇が移動する。
濡れた音と享一の荒い息使いが、仄暗い20畳の客間に響き、弱いスタンドの光の届かない部屋の隅に蹲る闇の中へ吸い込まれていくような気がした。
「あ・・・・ぅん・・夢を・・・・見たんだ」
「どんな?」
唇が離れ、懇願の目を薄く開けると、間近で自分を見つめる翠の瞳に、瞬時に捕えられた。
こんな些細な瞬間にさえ、容易く魅了され虜にされてしまう自分が嬉しくもあり情けなくもある。
説明しようと、息を吐いた。だが、話すべきものが見つからない。
「それが思い出せない。ただ、今も胸騒ぎって言うか、胸がザワザワする感じが消えなくて」
上手く思い出せないもどかしさが、享一の声を途絶えさせる。ふと、子供の泣き声が耳底に甦った。
それが、自分の中から聞こえたようでもあり、この築200年の古い屋敷の部屋の隅の闇かたら届いたようでもある。スタンドの光の届く範囲がじわりと、狭まった気がして、自分を小心者と嘲笑いながらも周の袖を掴む。
「子供の声がして・・・最初、幼い頃の弟の声かと思ったけれど、
あれは、喬(たかし)の声じゃなかった」
でも、自分ははこの声を知っている気がした。一体誰の声だったか。
享一の思考は昇りかけた官能を忘れ、自分の記憶の襞を探るように、深く埋没していく。
「子供の声?」
「泣き声だった・・・」
低く耳障りの好い周の声に呼び戻され、頭上の秀麗な顔に焦点をあわせた。
周の怪訝な表情に、自分が何か妙なこと言ったのかと見返すが、翠の虹彩に浮んだ複雑な表情はあっさり掻き消え、代わって熱の籠った瞳がニヤニヤと嗤う。
「僕達の子供の声かも知れませんね?」
・・・・真面目に話して、損した。
周の指先が、先の愛撫で乱れた浴衣の襟をさらに広げ縁沿いに肌の表面を辿り、色付いた尖りの縁に合わせて円を描き始めた。抗おうと思った手は、既に周の膝の下に戒められている。
たった一点から生まれた小さな火花のような快感が、躯のあちらこちらに飛び火して、一斉に小さく爆ぜ始める。ゾワゾワと自分を煽り攪拌する指に嵌る周の指輪が揺れるたび、体内の火花に指令を出すようにスタンドの弱い光を鋭い光に変えて反射した。もどかしい熱に唇が戦慄き出す。
「くっ・・・ん!バカな、悪い冗談は止めろよ。大体、周は子供は嫌いだって、前に言ってたじゃないか?」
「何年前の会話を引っ張ってくるのやら。確かあの時、君の子なら別だ、とも言いましたよ?ですから、今から2人で子作りに勤しみましょう」
「詭弁師め」
「どうとでも」
緑に燃える蠱惑の瞳が欲情も顕に笑っている。
いつもこの調子で煽られ、周のペースに持ち込まれて、ほいほいと流されてしまう自分もどうかと思うが、嬉しく流れに呑み込まれるのも、また自分のだから始末が悪い。
いよいよ、唇の戦慄きが全身に広がり、躯中で火花が飛び散り全身が疼き始めた。
「悪趣味だ・・・それに、こんな時にその丁寧語は・・・狡いって、いつも・・・ぁ・・・ぅん」
反論にも力が入らず次第に立ち消え、何もかもが周に向かって開け放たれていくのを感じた。
頭の中を占めていたものは、とっくに流れ出しどうでも良くなって、取って代わった熱を放出することしか考えられなくなる。
「だから、使うのですよ、効果が無ければ意味かない。嬉しい事に、君には、効果絶大だ」
「意地が・・・いや、性格が悪い」
「なんとでもどうぞ。毎回易々と引っかかってくれるのは、誰でしょうか?ほら、ここに証拠が」
楽しそうに喉を鳴らして周が答える。帯を解かれ袷を割られると、周の指摘通りの昂ぶりが露になり、恥ずかしさと情けなさで顔が熱くなった。
「性格が悪い」
八つ当たり気味にもう一度呟くと、下着に歯をかけた周が下からニヤリと笑ってきた。
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