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紙魚

Author:紙魚
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Category: 翠滴 3 (全131話)

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翠滴 3 前兆 1  (1)

       それで周(あまね)を救えるというのなら、俺は、世界中の男とだって寝てやる!!

 刺激的な内容もさる事ながら、聞き覚えのあるその声に広げていた経済新聞から顔を上げた。
実際は、目で文字の羅列を追うだけで、新聞の内容など全く頭には入っておらず、頭の中を締めていたのはまさに今、ホテルのロビーに響いた声とよく似た声の持ち主の事だった。

 ちょうど夕刻を迎えたホテルのロビーは、待ち合わせをする客や外国人の団体観光客に加え、自分達のように成田行きのエアポートバスを待つ者たちで、控えめながらも賑わいを見せていた。
 だが、ロビーは今、水を打ったように静まりかえり、総ての者が音も立てず、その音源に注目していた。

 凍りついた空気の中、ひとりよろめくように黒いレザー張りのソファーから俺は立ち上がった。
みなの注視の先はエレベータホールの入り口だ。こちらを向いて立つ背の高い男の姿と、男と向かい合わせに立つ細身の男の背中があった。
 背を向けた男は興奮しているのか小刻みに肩を上下させている。その背中が、今まで脳内にいた人物の背中と重なり愕然とした。

 痛いほどの視線を感じ、視線をずらすと背の高い方の男と目が合う。
見る者を釘付けにするほどの美しい相貌をもった男だ。ふと、その男の瞳が少し見開かれたかと思うと、次の瞬間不敵ともいえる表情で眇まりニヤリと笑った。

 あれは、間違いなく『お前を知っている』という意思表示だ。
 あの男は自分を知っている。
 男の手が自分より少し低い場所に位置する目の前の男の後頭部に掛かり、背中を向けた男と接吻けを交わした。ロビーにどよめきが上がる。若いカップルや外国人団体客から冷やかしの拍手を送るものもいたが、大半の者があっけに取られている。自分の傍に立つ年配の日本人老夫婦などは、額に青筋を立て顔を引き攣らせていた。

 男の視線は自分から逸れる事はなく、自分の目は深く繋がっているであろう接吻に夢中な後頭部から離せない。ようやく接吻けから解放された男が、緩慢な動作で後ろを振返った。
 その顔を見た瞬間、自分の身体が雷(いかずち)に打たれたように硬直するのを感じた。振返った男は、自分に気付くことなくその場に崩れ落ちた。その身体を易々と抱き上げた美丈夫は颯爽とロビーを抜け、こちらを振返ることなく地下駐車場に続く階段へと姿を消した。


「パァーパッ!」
 ざわめきが戻って、もの珍しい男同士の接吻に僅かな興奮を残しながらも、ロビー全体が落ち着きを取り戻し始めた頃、自分の足にじゃれつき呼びかける小さな声に、ようやく金縛りが解けた。
「かずちゃん、汚れたおててで触ったら、パパのお洋服も汚れちゃうでしょ?」
 背後からの、尖った呼びかけに振返ると、全身ブランドで身を包んだ硬い表情の女が立っていた。覇気のない顔が、単なるつき合いだとばかりに口角のみを吊り上げ笑う。

「あなた、成田行きのバスが着たわよ。行きましょう」
「由利・・・・」


 渡米後間もなく、妻子と暮らすマンハッタンの高層アパートの自室で、空港で見た男と再会した。その若さと人目を引く風貌で日本の大企業の買収に乗り出し、一種皮肉の意味も含んだ『メディアの寵児』としてTVに報道される件(くだん)の男を再び目にした時、自分の中で大きく流れが変わるのを感じた。

 4年前、俺は多大なる犠牲を払い、不変なる者を手に入れた。
 それは自分が如何に望もうとも手にいらないものの代償として、完全なる所有物として今も手の中にある。時折、見上げては無上の微笑を向けてくれる。だが屈託のない手の中の笑顔は、自分に忘れえぬ男の顔と苦しい未練ををより鮮明に思い出させた。

 ホテルのロビーで衝撃の告白を耳にしてから1年と半年、在籍するの弁護士事務所の国際的法事担当として、コロンビア大学のロースクールで学びNY州の司法試験を受け弁護士免許を取得した。NYで自分のスキルを最短で上げようと猛烈な勢いで勉強し、資格試験を受けまくった。その間も、時代の寵児として日本国中の注目を集め、あっという間にシップス&パートナーズの代表を降り、一切のメディアから姿を消した永邨 周を追った。

 永邨を追えば、その傍に5年前に手に入れることの出来なかった“彼岸の男”がいる。


「パパ?ここがトウキョ?これから何に乗るの?おじいちゃんの家に行くの?」
「和輝(かずき)、成田は千葉県だよ。おじいちゃん達のところへも挨拶に行くけど、それはもうちょっと先だね。さあ、今日から男2人だな。がんばろうな」
 屈んで拳を突き出すと、小さなグーの手がこつんと当たる。
「うん、男同士だ。僕、ママがいなくても平気。がんばろうね、パパ!!」
 子供に笑いかけると、小さな手を取り成田空港の到着ロビーを自分の目的に向けてゆっくり歩き出す。

 『男』にやるために諦めたのではない。
 お前が男でも愛する事が出来るのだと知っていたなら、諦めたりなどしなかった。
 由利に子供が出来たことを知らなければ、お前にあんな酷い仕打ちをする事など絶対なかった。
 だが、流れは変わった。
 どんな手を使っても、お前を永邨 周から取り戻す。
 そのために日本に戻ってきた。

       享一。


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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学