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紙魚

Author:紙魚
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Category: ラッシュアワー(全6話)

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ラッシュアワー 5
 オレ達の間には何も無い、あるのは紙切れ一枚のメモと躯の関係だけだ。
 こんな不安定な感情は自分に向いていない。ぜんっぜん、オレらしくない。
 こんな関係、どうせ切られるなら、その前にこちらから終りにしてやる。
「もう、会わないから」
「達彦、待て・・・」
 驚いた様子で何か言いかけ、急いでベッドから降りて近付こうとする三沢から、逃げるようにして部屋を出た。


 ざわついた日常が戻ってきた。

「あれっ、タツヒコじゃん。久しぶりぃ、どうしてたんだよ?1人?」
 バーのカウンター席の隣に見知った顔が座る。
 同じ嗜好を持つ人間の集まる馴染みの店は座っているだけで、気軽に誘いの声がかかる。

「研修で、時間が不規則だった」
「タツヒコって、電鉄会社に就職したんだっけ?研修ってもしかして、駅員とか?」
「まあ・・ね」
「うっわ!見たかったなぁ~~タッちゃんの制服姿」
「そう言うと思って、研修の話は誰にもしてねぇもん。
お前らに言ったら、どうせ大挙して冷やかしに来んだろ?見世物パンダになるのはゴメンだね」
「ひっでぇな~~!いいじゃんよ、減るもんじゃなし」

 ウザイ・・・目の前の嘗てのセフレが、駅でクダを巻いてた酔っ払いと重なった。
 薄暗い店内のグラスの触れる音や、テンションの高い話し声、ざわめき、何をとってもささくれ立った気分に障ってくる。それらのものは少し前までは自分にとって、そこそこに居心地のいい空間だった。
 それが今は、実感の伴わないただの喧騒にしか聞こえない。
 つんと髪を引っ張られる気配に我に返った。
 一房持ち上げられた髪に鼻を近づけクンクンと嗅ぐ真似をされる。

「オーガニック系のシャンプーの匂いがする。どっかでもう、一戦交えてきた?」
 笑いながら、今から自分ともうひと勝負どうかと。オレの髪を弄ぶ手に、蕩けそうなほど何度も髪を撫でた三沢の掌の温度や動きが蘇る。
 三沢は今頃、木々に囲まれたあの静かなホテルの鳥の巣みたいに心地良いベッドで、ひとり静かな寝息を立てて眠っているのだろうか。
 三沢は不思議な男で、自分より年上で完成した大人の芳香を醸す癖に、その寝顔は無垢で無邪気な子供の顔をしていた。別れ際の驚いた顔や、大きなベッドの中でひとり子供の顔をして眠る三沢を想うと切なさが込み上げる。

 思いに耽る唇にバーボンの香りのする唇が重なった。

「ひょっとして、フラれた?」
「え、なんで?」
 自分がフった方であるにも拘らず、ズキリと重い衝撃を受ける。
「涙、出てる」
 ウソ・・。慌てて頬に手を当てると、指先が濡れた。勝手に身体が動いた。

「・・・・帰る」
「ふうん、そう。タツヒコからのコールなら、真っ最中でも大歓迎だから、いつでもデンワして」
 立ち上がったオレを、親指と小指を立てコールする真似をしながら見上げる元セフレの言葉に曖昧に笑って返し、店を飛び出した。

 タクシーに飛び乗り都会の隠れ家とも言うべき小さなホテルを目指す。  
 三沢は、あの象牙色のシンプルなドアを開けてくれるだろうか?
 そしてあの静かな笑みで、自分勝手な別れを切り出したオレを許してくれるだろうか?

 先のことなんてわからない。
 でも今はまだ、自分とは違う次元の空気を纏い、涼やかに笑う三沢を失いたく無い。
 初めて自覚する「恋心」は、得体の知れない焦燥感を伴い、胸を焦してゆく。

 タクシーの清算ももどかしく、フロントに飛び込んだ。
 深夜で間接照明のみに落とされた小さなフロントは磨かれた白色の大理石の床にカウンターが浮かんで見えちょっと浮世離れし幻想的な空間を醸しだす。
 深夜にも拘らず髪型から服装まで一筋の乱れも見せないホテルマンが一人、深夜の来客に驚いた様子で尋ねてきた。

「これは、三沢様のお連れの。何かお忘れ物ですか?」
「いえ・・・あの、三沢さんは?」
「三沢様は先程、チェックアウトを済まされ、お帰りになられましたが」
 大理石の床が瞬時に消えた気がした。現実味のないふわふわとした浮遊感を感じながらフロントカウンターに近づく。

「あの・・・三沢さんは、ここをよく利用されるんですか?」
「以前から、よくご利用いただいております。いつもおひとりでお越しになられるのですが、三沢様がお連れ様を伴われたのは始めてですね」
 嫌味のない静かな目でフロントに立つ男はオレを見た。
 ここを見張れば、また会えるチャンスがあるだろうかと思って尋ねたのだが、何を感じたか個人情報秘匿厳守が美徳のホテルマンの口から知りたい事以上の返答が返ってきた。
 ホテルを出て歩き出し、何気にポケットに手を突っ込んだ指の先の硬いものが触れる。取り出してみると、制服に付けていた駅員の名札だった。帰り際に返却するのを忘れていたらしい。

        『達彦?』

 三沢はいつも自分のことを『君』と呼んだ。
 初めて呼ばれた自分の名前は、『君、名前は?』と始めて名前を聞かれた時のように耳の底に貼り付いて消えようとしない。
 名札に目を落とし、違和感に立ち止まる。
 街灯に照らされたプレートには『真嶋』と苗字が書かれているだけで、三沢が”見た”と思っていた下の名前は載っていない。

 自分のことを話そうとしない三沢に、意地になって自分のことも話すものかと、名前やその他のプライベートなことは一切話していなかった。
 三沢の謎がまた1つ落ちてきて深まったが、今更、謎が1つ深まろうが、5つ深まろうが今となっては同じだ。

 三沢はもういない。

 来た道を振返れば、暗がりの中にホテルエルミタージュのエントランスの仄暗い明かりが生茂った木立を抜けて暗い道路に落ちている。
 目を離すと消えてしまいそうな心許無い光に、鼻の奥がつんと痛くなった。

 『達彦』

 絶対、オレは泣いてなんかいない。



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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学