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紙魚

Author:紙魚
近畿に生息中。
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*お知らせ*
長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
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桜の木の下 ―特別企画作―
 この度、『ひまつぶし』さま宅の特別企画、に参加させて頂きました。
深海魚はお休みさせてください。続きをお待ちくださっていた方申し訳ございません(ペコペコペコ・・・

 サイアートさまの美しすぎるイラストに添ったお話を書くという企画でございます。
既に、同テーマ作をあちらこちらで目にされ、素敵な作品をたくさん読まれた方もいらっしゃると思いますが、拙文ゆえ、どうぞ温かくヌル~~~イ目で読んでやってくださいませ。

テーマ:旅立ち
タブーワード:出会い


特別企画サイアートさんイラスト


― 桜の木の下 ―


「なにしてるの?」
「溺れてる」

 柔かい草の上に寝転がり しなやかな手足を投げ出した躯の傍らに立ち振り仰げば、桜の花びらが苔生す古木の枝から途切れることなく舞い降りてくる。
まるで雪のような花びらは、薄紅の海に溺れる男の上に深々と降り積もった。

「毎年この時期になると大地に満ちるエネルギーで頭の中が狂い出すんだ」
「春だね」
「最期の春だ」
「違う、次の春が200年後なだけだ」

 花弁を纏った瑞々しい肢体の内側は、増殖を繰り返した何千億ものウイルスに蝕まれている。長い間人類を悩ませ続けた、癌やHIVの不治の病も2世紀前には克服し、直らない病は無いと言われたこの時代に、このウイルスは発生した。そして、神のごとく不死を手に入れた気分に酔い益々傲慢になっていった人類の鼻っ柱をへし折った。
 薬害によって感染した身体は、不思議な程に艶を放ち生命力に溢れている。まるで死とは対極にあるかのような薔薇色の頬を持つこの男は、間もなくこの桜の樹の下にある施設で未来の治療に向け200年の眠りに就く。

 寝転がっていた身体が起き上がった。
 はらはらと身体から花びらが落ちてゆく。
 胸元に銀の十字架が鈍い光を放って揺れ定位置に落ち着いた。

「神なんて信じてるのか?」
 罪無き君に、こんな酷い十字架を負わせる神を?
 僕の顔は怒りで歪んでいるかもしれない。
 罰を受けるなら、カトリックの戒律を破り、同性の君を愛してしまった僕でなければいけなかったのに。

「さあ、どうだろう?でも、このウィルスの出現もオレの発症も、なにか人智の知れない大きな力によるものかもしれないと最近は思えてさ。だから、コールドスリープの話を受ける気になったんだ。オレは200年後に、この熟れきった世界がどうなっているのかを自分の目で見てみたい」

 そう言いながら、薄茶色の瞳は音も無く舞い散る花びらを見ている。
 目前に迫るコールドスリープや未来の治療への不安をそっちのけで、「神が」「世界が」と大きなことをのたまった男は、実のところ、いま目の前を雅に散りゆく桜にしか興味がないみたいだった。

 無心に花びらを追うその横顔が愛おしく、胸に秘めた想いが堰を切りそうになる。
 思わず、伸ばした手が髪に触れた瞬間、一心に花びらを追っていた瞳が向けられた。
 大きな瞳が問いかけるように見上げてくる。

 ああ、狂おしく迸る想いが胸を突き破りそうだ。

「花びらが・・・」
 
 髪に残った花びらを手に、想いを誤魔化す僕の言葉にはお構い無く、君はゆっくり立ち上がった。
 身体から無数の花びらが舞い落ち、風に乗る。
 正面から見据える澄んだ瞳にすべて見透かされている気がして、罪の意識に視線を逸らした。

「お前は、どうして今回の系外惑星探査に志願したんだ?」

 僕は、明日出立する宇宙探査艇ソラリスに、僕の恋心以外の全てを捨てて乗る。
 無事に帰って来られる保障などはどこにもない。
 ただ、君のいる未来へ旅立つためだけに船に乗る。

「ソラリスが戻ってくるのは、200年後なんだろう?どうして?みんな嫌がるのに。長期の航海は家族や友人その他の、お前に纏わる全てのものを無くしてしまう。お前は、それでもいいのか?」

 いいよ、200年後には君がいる。君さえいれば、それでいい。
 2本の細い腕(かいな)が伸びてきて僕の身体を抱きこんだ。コツンと肩に君の額が乗る。

「また会える、よな?」

 200年という年月を偶然ではないと確信した強い眼差しが、僕を見ている。
 心に満ちる歓喜を覚えると共に、自分の腕にすっぽりと納まってしまうほどに痩せてしまった自分と同じ元船乗りの身体に涙がこぼれた。

 その涙を柔かい唇が掬い、自分のそれに重なった。 

 この桜は200年後も花を咲かせるだろうか?
 そしたら、きっとこの樹の下でまた会える。


 
       アレルヤ、僕達に光を。



 探査艇が大気圏を飛び出した時、剥き出しの太陽の閃光が走り、艇内に歓声が上がった。
クルーたちは各々のカプセルに横になる。僕のカプセルののモニターには、あの桜の老木が映し出されている。
 催眠ガスによる睡魔が訪れはじめ、掌の花びらを握り締めた。
 もう、モニターのどこにも桜を見上げる君の姿はない。
 昨夜、二人の体温でぬくもった褥の中で君は「さよなら」を言わない別れを僕に告げた。

 僕は、宇宙(そら)から君を想う。
 目を閉じれば瞼の裏に地上の春が満ち、花吹雪の君がいる。

 桜 桜 桜 ・・・・


 桜の木の下深く
 君は眠る。


 - 終 -


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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学