02 ,2009
「花隈さん、ご注文のシャトー オー・ブリオンと、ナパの白はリクエストのテイストのものを此方でチョイスしておいたけど、これでよかったかな?」
レトロな古いビルを改造した趣のあるワインショップの大きなカウンターの上に、今しがた奥のセラーから運ばれたボトルが2本、ラベルを上にして並べられる。この店は、葉山にある自分が雇われ店長を勤めるバー、シーラカンスと同じオーナーの経営だ。今日はそのオーナーとの話し合いに私的な用事を絡めて、わざわざ東京に出向いてきた。
----君をプライベートのバーテンダー兼ギャルソンとして迎えたい。
全く別なことを談判しに行った自分に、オーナーが提示してきたものは、何度も断ってきた申し出だった。俺がシーラカンスから離れられる筈はないのに。
オーナーとの遣り取りを思い出すと、ここ東京まで出向いたのに無駄足だったかと、重い疲れを感じた。いや、そんなことはない。
沈みがちな瞳をカウンターの上に落とし、僅かに目を細め眩しげに並べられたボトルを見た。
柔らかな店内の光の中で、深みのあるクリムゾンは更に芳醇さを増し、さわやかなグリーンのボトルは、きりりっと淡い下心を戒めてくれるようだ。
「ラッピングしましょうか?」深みのある店長の声に我に返った。
「いえ、このままで頂いていきます」
「なあんだ、明日のバレンタインに恋人と一緒に・・・じゃないの?」
「はは、残念ながら相手は幼馴染の男性で、
そんな気を使う間柄の人ではないんですよ。色気がなくてすみません」
ラッピングなんてしたら、却っておかしいのだと思う。だから、敢えて剥き出しのまま、ラッピングしたい心は畳んでポケットにしまい、ワインだけを手渡す。
『MAM竣工記念講演会
アルミと光 ストラクチュアの可能性
lecture/河村 圭太(建築家)』
案内を確かめて真新しい美術館のホールに足を踏み入れた。
ほぼ満員の半円のすり鉢状の底辺に設えられた壇上にスラリとした長躯を認めて、暗いホールの末席の空シートに身体を預ける。ここからだと壇上の人物が良く見え演台に置かれたPCでパワーポイントを操る指さえ良く見えた。
建築の専門的な話はほとんど解らなかったが、久しぶりに目にするその長躯と柔かく張りのある心地よい声に捕らえられてその人物から目が離せずにいる。
彼に最後に会ったのは、去年の夏だ。その時も久方振りで、シーラカンスに圭太はチラッと顔を見せただけですぐに帰ってしまった。
その前に会ったのは、今から丁度1年前だ。
その日の夕方、店には自分の兄の薫と圭太、それに圭太の恋人である時見 享一がいた。店には、他に客もおらずカウンターに座る3人の会話はいやでも耳に入ってくる。時見は兄の薫に圭太以外の人を想う恋心を暴かれて、狼狽え店から飛び出した。その後、2人の殴り合いの喧嘩が始まり、デカイ2人がこんな所で喧嘩をしたら店も無事では済まなくなると店から追い出した。
俺は、あの時なんと思ったろうか?
その夜、再び圭太が店に顔を出した
----シズカ、今晩泊めて
俺は圭太と時見 享一の関係に深い亀裂が入ったことを感じ取った。
俺は、なんと思ったのか・・・・。ウレシカッタ。
俺は最低だ。
目は段上に釘付けのまま、思考は過去に滑り込んでいく。無意識のうちに指で自分の柔かい顎鬚を弄っている。ふと壇上の人物に、似合わないから鬚は落とせと言われた事を思い出し苦笑が漏れた。
その時、壇上の圭太と目が会った。おや、といった表情をする圭太にアイコンタクトで会釈をする。
この気持ちは、いつまで経っても浮上できない。
シーラカンス---
暗い海底を彷徨い、決して日の光の届く明るい海面には浮上できないグロテスクな深海魚。
------それは、俺だ。
次話→
一年前の出来事を知りたい方は↓↓↓
本編-----bar coelacanth
SS ------願い 圭太+静
レトロな古いビルを改造した趣のあるワインショップの大きなカウンターの上に、今しがた奥のセラーから運ばれたボトルが2本、ラベルを上にして並べられる。この店は、葉山にある自分が雇われ店長を勤めるバー、シーラカンスと同じオーナーの経営だ。今日はそのオーナーとの話し合いに私的な用事を絡めて、わざわざ東京に出向いてきた。
----君をプライベートのバーテンダー兼ギャルソンとして迎えたい。
全く別なことを談判しに行った自分に、オーナーが提示してきたものは、何度も断ってきた申し出だった。俺がシーラカンスから離れられる筈はないのに。
オーナーとの遣り取りを思い出すと、ここ東京まで出向いたのに無駄足だったかと、重い疲れを感じた。いや、そんなことはない。
沈みがちな瞳をカウンターの上に落とし、僅かに目を細め眩しげに並べられたボトルを見た。
柔らかな店内の光の中で、深みのあるクリムゾンは更に芳醇さを増し、さわやかなグリーンのボトルは、きりりっと淡い下心を戒めてくれるようだ。
「ラッピングしましょうか?」深みのある店長の声に我に返った。
「いえ、このままで頂いていきます」
「なあんだ、明日のバレンタインに恋人と一緒に・・・じゃないの?」
「はは、残念ながら相手は幼馴染の男性で、
そんな気を使う間柄の人ではないんですよ。色気がなくてすみません」
ラッピングなんてしたら、却っておかしいのだと思う。だから、敢えて剥き出しのまま、ラッピングしたい心は畳んでポケットにしまい、ワインだけを手渡す。
『MAM竣工記念講演会
アルミと光 ストラクチュアの可能性
lecture/河村 圭太(建築家)』
案内を確かめて真新しい美術館のホールに足を踏み入れた。
ほぼ満員の半円のすり鉢状の底辺に設えられた壇上にスラリとした長躯を認めて、暗いホールの末席の空シートに身体を預ける。ここからだと壇上の人物が良く見え演台に置かれたPCでパワーポイントを操る指さえ良く見えた。
建築の専門的な話はほとんど解らなかったが、久しぶりに目にするその長躯と柔かく張りのある心地よい声に捕らえられてその人物から目が離せずにいる。
彼に最後に会ったのは、去年の夏だ。その時も久方振りで、シーラカンスに圭太はチラッと顔を見せただけですぐに帰ってしまった。
その前に会ったのは、今から丁度1年前だ。
その日の夕方、店には自分の兄の薫と圭太、それに圭太の恋人である時見 享一がいた。店には、他に客もおらずカウンターに座る3人の会話はいやでも耳に入ってくる。時見は兄の薫に圭太以外の人を想う恋心を暴かれて、狼狽え店から飛び出した。その後、2人の殴り合いの喧嘩が始まり、デカイ2人がこんな所で喧嘩をしたら店も無事では済まなくなると店から追い出した。
俺は、あの時なんと思ったろうか?
その夜、再び圭太が店に顔を出した
----シズカ、今晩泊めて
俺は圭太と時見 享一の関係に深い亀裂が入ったことを感じ取った。
俺は、なんと思ったのか・・・・。ウレシカッタ。
俺は最低だ。
目は段上に釘付けのまま、思考は過去に滑り込んでいく。無意識のうちに指で自分の柔かい顎鬚を弄っている。ふと壇上の人物に、似合わないから鬚は落とせと言われた事を思い出し苦笑が漏れた。
その時、壇上の圭太と目が会った。おや、といった表情をする圭太にアイコンタクトで会釈をする。
この気持ちは、いつまで経っても浮上できない。
シーラカンス---
暗い海底を彷徨い、決して日の光の届く明るい海面には浮上できないグロテスクな深海魚。
------それは、俺だ。
次話→
一年前の出来事を知りたい方は↓↓↓
本編-----bar coelacanth
SS ------願い 圭太+静