12 ,2008
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「時見、そろそろ”GLAMOROUS”のオープニングパーティー行こうか?」
梅原に声を掛けられた。
「すみません、大森からのデータ待ちなので、受取ってチェックしたら行きます」
「わかった、あまり遅くなるようだったら、店の方じゃなく、
ホテルエトワールのレセプションに直接来いよ」
「わかりました」
「時見、僕 手伝おうか?」
二ノ宮が声を掛けてきたが、梅原に羽飼締めにされる。
「お前も通訳兼案内要員で駆出されてんだろうが」
「え~、英語なんか忘れたもん」
「黙れ。インターン学生。それしか取柄がないんだから、しっかり奉公しろ」
「そういえば、タレントも来るって聞いたけど」梅原に助け舟を出す。
「マジ?可愛い?アイドル系の娘?」
本当は少しばかりベテランの域に入った女優だが、まあ売れている。梅原と2人して頷く。
「行く!」
「手が掛るぜ」 まったくだ。
二ノ宮は享一と同い年だが、子供っぽいところがあっていつも梅原が手を焼いていた。しかし、仕事はその言動に似合わず凄いスピードで処理していく。これが天才という奴なのかと半ば呆れ、感心した。
アトリエに残り大森建設からメールでデータを受け取りチェックを始めた
結構な枚数の施工図に目を通し、K2の要求がちゃんとのまれているかどうかを確める。単純な作業だが、もともと大森とK2の間の折衝のために自分がここにいる。
漸く全図面のチェックが終わり時計を見ると8時を回っていた。急いでネクタイを替えてスーツの上着を手に持ったままアトリエを飛出した。
”GLAMOROUS”の新店舗の前を通り過ぎてホテルエトワールに直接向かう。
店の前に差しかかった時、自然に足が止った。
皆、新しいブランドのショーが行われるホテルの会場に移動したのか、客は誰もおらず、スタッフが数人照明を落し薄暗くなった中で立ち動いていた。
シャツが1着4万からする店だ。オープンしてしまえば、自分がこの店のドアを潜る事は無いだろう。ディスプレイされたセンスの良い洋服たちは享一にとって生活感が伴わない。自分とはかけ離れたところにいる人々の為の衣装であるようで、いまひとつピンと来ないまま美術館で絵画を観賞するように眺めた。
その奥に、享一のデザインしたサブステップが見える。ライトアップされた螺旋階段は薄いカーテンに覆われ少し離れた所から見ると3層を突抜けたギリシャ風の発光する柱に見えた。建物は10階建てで4階から上が”GLAMOROUS”に見合う洒落たマンションになっている。最上階に”GLAMOROUS”のオーナーの邸宅があるということだった。
享一のデザインした階段は光を受けてカーテン越しに透けて見え、享一が思い描いていたものよりも、エロティクに見える。もし、周がこの階段を見たらなんと思うだろう。何かを感じてくれるだろうか?この階段は自分にとって周との記憶そのものだ。だが、この広い東京で周がこの階段を目にする確率はゼロに等しい気がした。
ホテルに足を向け歩き出した。華やかな場所は得意では無いが、一応関係者であり、華やかなシーンも慣れておいた方が良いということで、河村から顔出しを命じられていた。
河村に顔を見せたらすぐに帰ろう。
多忙になった河村が自分の仕事を所員に割り振り、MAM計画も本格的に動き出したせいで仕事量が一気に増えた。しかも、前の週末は庄谷に出向き一日潰している。疲れが溜まっていた。
何より、周の消息を知る術を失ってしまった事が、疲労に加えて焦燥感も募らせた。明日は土曜日で休みだ。レセプションに顔さえ出せば一週間が終わる。
ホテルの扉を潜ると、クラシックな老舗ホテルの威厳を保つ豪奢で品の良い空間が客を迎える。会場を調べようとイベントリストの提示されたプレートに目を向けた時、視界の端を背の高い影が通り過ぎた。ハッと顔を上げ振り向くと、その影はエレベーターホールへと曲がって行く。
神前 雅巳…
走って後を追いかけた。神前は、自分に残された周に関する手掛かりだ。
一度しか会った事はなく、あっさり周の居場所を教えてくれる印象は無かったが、どんな些細な事でも良いから情報が欲しかった。
神前が曲がった角を曲がりエレベーターホールに飛込んだ。そこには神前の姿は無く、重厚なウォールナットのテーブルに盛大にアレンジされたシックな色合いの花々が飾ってあるだけだった。エレベーターが出た気配も無く、呆然と立ちすくむ。
そういえば、2年前にも周の屋敷で神前の幻を見た。
会場に入ると、着飾った人々と会場中に吊られたシャンデリアが眩いばかりに煌めいていた。河村がこの日のためだけに計画した内装は見事に功を成し、会場全体をモダンでゴージャスな”GLAMOROUS”のブランドイメージに作り上げる。
ブッフェの形式をとり、軽快なジャズの流れる中、思い思いにアルコールとオードブル類を手にした客たちは光と色の溢れる煌びやかな世界を楽しんでいる。
会場の真ん中に設置されたショー用のエプロンステージの端に”GLAMOROUS”のスーツできめた河村の姿を認めた。ぶつからないよう客人の間をすり抜けて近づいていく。
「享一、よく来たな」
微笑みながらそう言うと、河村は享一をシャンパンの置かれたテーブルまで連れて行き、グラスを享一に渡した。
「圭太さん、俺、今日はもう・・・・」
「まだ少し指示が残っているから、この辺にいてくれ」
言いかけた享一の言葉に声を被せ、河村は人の波の中に姿を消した。
仕方なく、壁の花を決め込んで壁際に立つ。手の中の金色のシャンパンを口にすると疲れた躰に一気に回りそうだ。ただ華やかな会場で浮かないよう、体裁を繕うためだけにグラスを持ち続けた。
ふと、賑やかな会場に周との祝言を思い出す。
秋の夜、時間が止まったような薄暗い白熱灯と雪洞の光の中、飽く迄、荘厳に克己的に執り行われた。
周を想うと心が沈む。目の前の煌びやかな世界は、同じ宴でも全く違っていた。
ちらほらと、テレビで見かける顔もあり、その周りには控えめにだが人だかりも出来ている。マスコミはシャットアウトされていて、無闇にフラッシュがたかれることも無い。二宮たちもこの会場のどこかにいるのだろう。
全てが煌びやかにさざめき、馴染めなかった。たくさんのパーティー客を目にしながら、なにかいいようの無い孤独を感じて、享一はその場を離れた。
「時見、そろそろ”GLAMOROUS”のオープニングパーティー行こうか?」
梅原に声を掛けられた。
「すみません、大森からのデータ待ちなので、受取ってチェックしたら行きます」
「わかった、あまり遅くなるようだったら、店の方じゃなく、
ホテルエトワールのレセプションに直接来いよ」
「わかりました」
「時見、僕 手伝おうか?」
二ノ宮が声を掛けてきたが、梅原に羽飼締めにされる。
「お前も通訳兼案内要員で駆出されてんだろうが」
「え~、英語なんか忘れたもん」
「黙れ。インターン学生。それしか取柄がないんだから、しっかり奉公しろ」
「そういえば、タレントも来るって聞いたけど」梅原に助け舟を出す。
「マジ?可愛い?アイドル系の娘?」
本当は少しばかりベテランの域に入った女優だが、まあ売れている。梅原と2人して頷く。
「行く!」
「手が掛るぜ」 まったくだ。
二ノ宮は享一と同い年だが、子供っぽいところがあっていつも梅原が手を焼いていた。しかし、仕事はその言動に似合わず凄いスピードで処理していく。これが天才という奴なのかと半ば呆れ、感心した。
アトリエに残り大森建設からメールでデータを受け取りチェックを始めた
結構な枚数の施工図に目を通し、K2の要求がちゃんとのまれているかどうかを確める。単純な作業だが、もともと大森とK2の間の折衝のために自分がここにいる。
漸く全図面のチェックが終わり時計を見ると8時を回っていた。急いでネクタイを替えてスーツの上着を手に持ったままアトリエを飛出した。
”GLAMOROUS”の新店舗の前を通り過ぎてホテルエトワールに直接向かう。
店の前に差しかかった時、自然に足が止った。
皆、新しいブランドのショーが行われるホテルの会場に移動したのか、客は誰もおらず、スタッフが数人照明を落し薄暗くなった中で立ち動いていた。
シャツが1着4万からする店だ。オープンしてしまえば、自分がこの店のドアを潜る事は無いだろう。ディスプレイされたセンスの良い洋服たちは享一にとって生活感が伴わない。自分とはかけ離れたところにいる人々の為の衣装であるようで、いまひとつピンと来ないまま美術館で絵画を観賞するように眺めた。
その奥に、享一のデザインしたサブステップが見える。ライトアップされた螺旋階段は薄いカーテンに覆われ少し離れた所から見ると3層を突抜けたギリシャ風の発光する柱に見えた。建物は10階建てで4階から上が”GLAMOROUS”に見合う洒落たマンションになっている。最上階に”GLAMOROUS”のオーナーの邸宅があるということだった。
享一のデザインした階段は光を受けてカーテン越しに透けて見え、享一が思い描いていたものよりも、エロティクに見える。もし、周がこの階段を見たらなんと思うだろう。何かを感じてくれるだろうか?この階段は自分にとって周との記憶そのものだ。だが、この広い東京で周がこの階段を目にする確率はゼロに等しい気がした。
ホテルに足を向け歩き出した。華やかな場所は得意では無いが、一応関係者であり、華やかなシーンも慣れておいた方が良いということで、河村から顔出しを命じられていた。
河村に顔を見せたらすぐに帰ろう。
多忙になった河村が自分の仕事を所員に割り振り、MAM計画も本格的に動き出したせいで仕事量が一気に増えた。しかも、前の週末は庄谷に出向き一日潰している。疲れが溜まっていた。
何より、周の消息を知る術を失ってしまった事が、疲労に加えて焦燥感も募らせた。明日は土曜日で休みだ。レセプションに顔さえ出せば一週間が終わる。
ホテルの扉を潜ると、クラシックな老舗ホテルの威厳を保つ豪奢で品の良い空間が客を迎える。会場を調べようとイベントリストの提示されたプレートに目を向けた時、視界の端を背の高い影が通り過ぎた。ハッと顔を上げ振り向くと、その影はエレベーターホールへと曲がって行く。
神前 雅巳…
走って後を追いかけた。神前は、自分に残された周に関する手掛かりだ。
一度しか会った事はなく、あっさり周の居場所を教えてくれる印象は無かったが、どんな些細な事でも良いから情報が欲しかった。
神前が曲がった角を曲がりエレベーターホールに飛込んだ。そこには神前の姿は無く、重厚なウォールナットのテーブルに盛大にアレンジされたシックな色合いの花々が飾ってあるだけだった。エレベーターが出た気配も無く、呆然と立ちすくむ。
そういえば、2年前にも周の屋敷で神前の幻を見た。
会場に入ると、着飾った人々と会場中に吊られたシャンデリアが眩いばかりに煌めいていた。河村がこの日のためだけに計画した内装は見事に功を成し、会場全体をモダンでゴージャスな”GLAMOROUS”のブランドイメージに作り上げる。
ブッフェの形式をとり、軽快なジャズの流れる中、思い思いにアルコールとオードブル類を手にした客たちは光と色の溢れる煌びやかな世界を楽しんでいる。
会場の真ん中に設置されたショー用のエプロンステージの端に”GLAMOROUS”のスーツできめた河村の姿を認めた。ぶつからないよう客人の間をすり抜けて近づいていく。
「享一、よく来たな」
微笑みながらそう言うと、河村は享一をシャンパンの置かれたテーブルまで連れて行き、グラスを享一に渡した。
「圭太さん、俺、今日はもう・・・・」
「まだ少し指示が残っているから、この辺にいてくれ」
言いかけた享一の言葉に声を被せ、河村は人の波の中に姿を消した。
仕方なく、壁の花を決め込んで壁際に立つ。手の中の金色のシャンパンを口にすると疲れた躰に一気に回りそうだ。ただ華やかな会場で浮かないよう、体裁を繕うためだけにグラスを持ち続けた。
ふと、賑やかな会場に周との祝言を思い出す。
秋の夜、時間が止まったような薄暗い白熱灯と雪洞の光の中、飽く迄、荘厳に克己的に執り行われた。
周を想うと心が沈む。目の前の煌びやかな世界は、同じ宴でも全く違っていた。
ちらほらと、テレビで見かける顔もあり、その周りには控えめにだが人だかりも出来ている。マスコミはシャットアウトされていて、無闇にフラッシュがたかれることも無い。二宮たちもこの会場のどこかにいるのだろう。
全てが煌びやかにさざめき、馴染めなかった。たくさんのパーティー客を目にしながら、なにかいいようの無い孤独を感じて、享一はその場を離れた。