12 ,2008
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「おはよう 享一君」
名前を何故…と顔を上げ、ベッドの横に立つ長身の男の顔を見上げた。
「あんた、誰?」 咄嗟の一言だった。
話が終わったのか、携帯のフリップの角で唇を弄びながらニヤついている長髪男を見ていると、何やらムカムカと頭にきて、気付いたら相手が答える前に、平手打ちを見舞っていた。
見舞ったと同時に身体がバランスを崩してベッドから転がり落ちた。その拍子に股の間からトロリと白っぽい液体が腿を伝い落てゆく。背筋を悪寒が走った。
「享一っ、大丈夫か!?」
人の名前を呼び捨てにし、慌てて抱き起こしにかかってきた相手にもう一発、見舞ってやった。
決して、相手が悪いわけじゃない。八つ当たりだ。
そんな事は自分でもわかっていたが、この怒りをどこかにぶつけないと遣り切れなかった。
男の頬は2発のビンタで赤く腫れているが、構うものか。どうせ2度と会うことはない。
憐れな男にバスルームを貸せと迫り、ソファの上に丁寧に掛けられた自分の服と下着を掴むと一目散にバスルームに駆け込んだ。
久しぶりにする後処理に情けなくなり、こういう事態を招いた自分に再度、怒りが込上げる。
きれいに積み上げてあったタオルを勝手に使い、衣類をすばやく身に着けた。
バスルームを出て急ぎ足で靴下を探し、無造作に足を突っ込む。
その様子を、余裕綽綽でソファに踏ん反り、コントレックス片手にニヤニヤと眺めている男が酷く癇に障った。結局、最後まで男と口を利かず、別荘だと思われるその家を挨拶も無しで飛び出した。
葉山での無様な自分に思い至ると、激しい自己嫌悪に自然と顔が紅潮し険しくなるのを自分でも感じる。昨日の夜まで落ち込みが激しく、何もする気が起こらずに会社も休み、ふて寝し続けていた。
「時見 なんかあったか?顔、怖いぜ。なんか赤いし目ェ吊り上ってる。まだ、本調子でないんじゃねえの?」
19階でエレベーターを降りて廊下に立つと、突きあたりの大きなガラス窓の向うに、隣接する高層ビルの連窓(れんそう)が目に入った。羞恥のあまり、いっそこのまま叫び声を上げ、あのガラスを突破って自分を罵りながら飛び降りてやりたい衝動に駆られてしまう。
高所恐怖症負の自分には、絶対に無理な話だが。
「なんだ、あの団体さんは?」
葉山で消えた適当な言い訳を並べる享一の横で、片岡が小さな声で注意を促す。
片岡の視線の先を見ると、専務の平川が数人の男を従え、廊下の向こうから歩いて来る。営業や建築の部長クラスがズラリと周りを固める中心に、一際目を惹く長躯の男がいた。
その隣に享一の上司でもある設計本部長の大石もいる。余程、気を遣う相手なのか、
大石はいつもの威勢は何処にという風情で、頻りに男に向けて頭を下げ、享一たちには気が付かないようだ。他のお偉方も一様に似た対応で、自分等より一回り下手をすれば二回りは若い一人の男に付き従うような光景は少し異様でもあった。
「何者だ? 取引先の偉いさんとかかな」 と片岡。
「お前と同じ新入社員の俺に分かるわけないだろ」
不意に、長躯の男がこちらを向く。男前だが、遠目でもわかる瞳の奥に宿る仄暗い冷たい光に、得体の知れない胸騒ぎを覚えた。
あの眼を見たことがある、知っている気がする。なのに、それをどこで見たのか思い出せない。
頭の中で記憶の断片がゴソリと蠢き、ザラザラする断面で享一を逆撫でしてくるような不快感を感じた。
「おはよう 享一君」
名前を何故…と顔を上げ、ベッドの横に立つ長身の男の顔を見上げた。
「あんた、誰?」 咄嗟の一言だった。
話が終わったのか、携帯のフリップの角で唇を弄びながらニヤついている長髪男を見ていると、何やらムカムカと頭にきて、気付いたら相手が答える前に、平手打ちを見舞っていた。
見舞ったと同時に身体がバランスを崩してベッドから転がり落ちた。その拍子に股の間からトロリと白っぽい液体が腿を伝い落てゆく。背筋を悪寒が走った。
「享一っ、大丈夫か!?」
人の名前を呼び捨てにし、慌てて抱き起こしにかかってきた相手にもう一発、見舞ってやった。
決して、相手が悪いわけじゃない。八つ当たりだ。
そんな事は自分でもわかっていたが、この怒りをどこかにぶつけないと遣り切れなかった。
男の頬は2発のビンタで赤く腫れているが、構うものか。どうせ2度と会うことはない。
憐れな男にバスルームを貸せと迫り、ソファの上に丁寧に掛けられた自分の服と下着を掴むと一目散にバスルームに駆け込んだ。
久しぶりにする後処理に情けなくなり、こういう事態を招いた自分に再度、怒りが込上げる。
きれいに積み上げてあったタオルを勝手に使い、衣類をすばやく身に着けた。
バスルームを出て急ぎ足で靴下を探し、無造作に足を突っ込む。
その様子を、余裕綽綽でソファに踏ん反り、コントレックス片手にニヤニヤと眺めている男が酷く癇に障った。結局、最後まで男と口を利かず、別荘だと思われるその家を挨拶も無しで飛び出した。
葉山での無様な自分に思い至ると、激しい自己嫌悪に自然と顔が紅潮し険しくなるのを自分でも感じる。昨日の夜まで落ち込みが激しく、何もする気が起こらずに会社も休み、ふて寝し続けていた。
「時見 なんかあったか?顔、怖いぜ。なんか赤いし目ェ吊り上ってる。まだ、本調子でないんじゃねえの?」
19階でエレベーターを降りて廊下に立つと、突きあたりの大きなガラス窓の向うに、隣接する高層ビルの連窓(れんそう)が目に入った。羞恥のあまり、いっそこのまま叫び声を上げ、あのガラスを突破って自分を罵りながら飛び降りてやりたい衝動に駆られてしまう。
高所恐怖症負の自分には、絶対に無理な話だが。
「なんだ、あの団体さんは?」
葉山で消えた適当な言い訳を並べる享一の横で、片岡が小さな声で注意を促す。
片岡の視線の先を見ると、専務の平川が数人の男を従え、廊下の向こうから歩いて来る。営業や建築の部長クラスがズラリと周りを固める中心に、一際目を惹く長躯の男がいた。
その隣に享一の上司でもある設計本部長の大石もいる。余程、気を遣う相手なのか、
大石はいつもの威勢は何処にという風情で、頻りに男に向けて頭を下げ、享一たちには気が付かないようだ。他のお偉方も一様に似た対応で、自分等より一回り下手をすれば二回りは若い一人の男に付き従うような光景は少し異様でもあった。
「何者だ? 取引先の偉いさんとかかな」 と片岡。
「お前と同じ新入社員の俺に分かるわけないだろ」
不意に、長躯の男がこちらを向く。男前だが、遠目でもわかる瞳の奥に宿る仄暗い冷たい光に、得体の知れない胸騒ぎを覚えた。
あの眼を見たことがある、知っている気がする。なのに、それをどこで見たのか思い出せない。
頭の中で記憶の断片がゴソリと蠢き、ザラザラする断面で享一を逆撫でしてくるような不快感を感じた。