11 ,2008
←1部 最終話 葉山 2 (2)→
俺は朝からすこぶる機嫌がよかった。
音を絞ったボサノバが、床から高い天井まで白系で統一した明るい静かな部屋に流れる。
曲が、『Agua De Beber』 に変わった。 美味しい水…
まさに、そんなイメージだ。冷たく透明で飲むと甘い。清らかな水の流れを連想し、ベッドの中の新しい恋人にイメージを重ねる。
白いシーツに身を伏せ、疲れの残る横顔を埋もれた枕から覗かせる彼は、長い睫毛を閉じたまま起きる気配はない。
きかん気の強い感じの眉に、シャープだがどこか少年の名残をのこした輪郭、
肩から背中にかけて流れる美しいラインがシーツに隠れる下肢へと続く。
昨夜の激しい情事に翻弄され、流れに艶を放ち続け妖しくうねった肢体や表情も、今はまるでそんな事は無かったかのように熱を忘れ、冷たく清らかな甘さをたたえて静かに横たわる姿は神聖ですらある。
まさに、美味なる清水だ。
清らかで、素知らぬ顔をしながらせせらぎ、生きとし生けるものの生命を育む。
幸せの媚薬。
多分、俺の他に稀有なこの水を飲んだ男は、唯一人だろう。この男に、普通(ノーマル)では知り得ない快楽を最初に教え、男に脚を開く事への抵抗を取り省いた男。
軽く嫉妬を覚えるね。
但し、まだ未完成だ。この身体が熟れきる前に手放したらしい。
それとも、ジェラルミンのケースにでもしまうように大切にされていたのだろうか。なぜか、そちらの可能性の方がが強いような気がする。
まあいい、それも随分前に終わったようだ。
仕上げの余地を残して置いてくれたことに感謝だ。
俺は満足している。
無粋な電子音が静かな部屋に響いた。
小さく舌打ちして清らかな眠りを邪魔するまいと、携帯を片手にテラスへと出た。潮風が心地よく頬をなぶる。
「雅巳か おはよう」
・・・・・
「ああ、葉山のセカンドハウスだ」
・・・・・
「俺の機嫌?まあね」
・・・・・
「ふふ、分かるか?どうやら俺は巷で言う「運命をの人」ってやつを見付けたみたいだ」
・・・・・
「まさか。俺は、お前が愛人を縛り付けるみたいに、恋しい人を拘束したりはしないよ」
雅巳に囚われる、類稀なる男。美貌に奇跡ともいえる翡翠の双眸を穿ち、いつも不機嫌そうにしているその横顔を思い浮かべた。携帯の向うで雅巳が苦笑しているのがわかる。
隙あらば雅巳から掠め取ってやろうと考えていたが、その必要はもうない。
恋人を愛でようと、ガラスの向こうのベッドに目をやった。くっきり浮いたシンメトリーの肩甲骨も美しい、綺麗な背中が身動いでいる。
「王子様のお目覚めだ。切るぞ。少し気になる事もあるから、また連絡する」
・・・・・
「雅巳、周(アマネ)も今や妻帯者なんだから、あんまり苛めてやんなよ」
いきなりブツッと切られた。
まるでガキの反応だ。まあいいさ。
俺は悪いと思いつつ、今朝、名刺入れから勝手に抜き出した1枚を目の前に翳した。
時見 享一
「キョウイチ…イカす名前だ」
享一は、上半身を起こし二日酔いの頭痛がするのか、頭を抱え眉間に嶮しく皺を寄せている。
「おはよう キョウイチ君」
ゆっくり顔を上げる。
綺麗な顔・・・乱れたウェンゲの前髪の奥で 困惑気味な黒い瞳を覗かせている。鼻梁は通っているが、お高く止まるといったイメージではなくて、少し前向きな感じが愛らしい。
何より、俺の視線を引きつけて止まない唇。
こうやって明るい場所で見ると、思っていたより若そうだ。
22~24歳、スーツが着慣れていなかったことを考えると、この春就職したばかりといったところか。
何もかも 俺好みの新しい恋人。
再び眉間に皺を寄せ、享一が辛そうに額を押さえる。花びらを連想させる唇から零れる言葉を、俺は期待を込めて待った。
「っ・・・・アンタ、誰だ?」
俺は朝からすこぶる機嫌がよかった。
音を絞ったボサノバが、床から高い天井まで白系で統一した明るい静かな部屋に流れる。
曲が、『Agua De Beber』 に変わった。
まさに、そんなイメージだ。冷たく透明で飲むと甘い。清らかな水の流れを連想し、ベッドの中の新しい恋人にイメージを重ねる。
白いシーツに身を伏せ、疲れの残る横顔を埋もれた枕から覗かせる彼は、長い睫毛を閉じたまま起きる気配はない。
きかん気の強い感じの眉に、シャープだがどこか少年の名残をのこした輪郭、
肩から背中にかけて流れる美しいラインがシーツに隠れる下肢へと続く。
昨夜の激しい情事に翻弄され、流れに艶を放ち続け妖しくうねった肢体や表情も、今はまるでそんな事は無かったかのように熱を忘れ、冷たく清らかな甘さをたたえて静かに横たわる姿は神聖ですらある。
まさに、美味なる清水だ。
清らかで、素知らぬ顔をしながらせせらぎ、生きとし生けるものの生命を育む。
幸せの媚薬。
多分、俺の他に稀有なこの水を飲んだ男は、唯一人だろう。この男に、普通(ノーマル)では知り得ない快楽を最初に教え、男に脚を開く事への抵抗を取り省いた男。
軽く嫉妬を覚えるね。
但し、まだ未完成だ。この身体が熟れきる前に手放したらしい。
それとも、ジェラルミンのケースにでもしまうように大切にされていたのだろうか。なぜか、そちらの可能性の方がが強いような気がする。
まあいい、それも随分前に終わったようだ。
仕上げの余地を残して置いてくれたことに感謝だ。
俺は満足している。
無粋な電子音が静かな部屋に響いた。
小さく舌打ちして清らかな眠りを邪魔するまいと、携帯を片手にテラスへと出た。潮風が心地よく頬をなぶる。
「雅巳か おはよう」
・・・・・
「ああ、葉山のセカンドハウスだ」
・・・・・
「俺の機嫌?まあね」
・・・・・
「ふふ、分かるか?どうやら俺は巷で言う「運命をの人」ってやつを見付けたみたいだ」
・・・・・
「まさか。俺は、お前が愛人を縛り付けるみたいに、恋しい人を拘束したりはしないよ」
雅巳に囚われる、類稀なる男。美貌に奇跡ともいえる翡翠の双眸を穿ち、いつも不機嫌そうにしているその横顔を思い浮かべた。携帯の向うで雅巳が苦笑しているのがわかる。
隙あらば雅巳から掠め取ってやろうと考えていたが、その必要はもうない。
恋人を愛でようと、ガラスの向こうのベッドに目をやった。くっきり浮いたシンメトリーの肩甲骨も美しい、綺麗な背中が身動いでいる。
「王子様のお目覚めだ。切るぞ。少し気になる事もあるから、また連絡する」
・・・・・
「雅巳、周(アマネ)も今や妻帯者なんだから、あんまり苛めてやんなよ」
いきなりブツッと切られた。
まるでガキの反応だ。まあいいさ。
俺は悪いと思いつつ、今朝、名刺入れから勝手に抜き出した1枚を目の前に翳した。
時見 享一
「キョウイチ…イカす名前だ」
享一は、上半身を起こし二日酔いの頭痛がするのか、頭を抱え眉間に嶮しく皺を寄せている。
「おはよう キョウイチ君」
ゆっくり顔を上げる。
綺麗な顔・・・乱れたウェンゲの前髪の奥で 困惑気味な黒い瞳を覗かせている。鼻梁は通っているが、お高く止まるといったイメージではなくて、少し前向きな感じが愛らしい。
何より、俺の視線を引きつけて止まない唇。
こうやって明るい場所で見ると、思っていたより若そうだ。
22~24歳、スーツが着慣れていなかったことを考えると、この春就職したばかりといったところか。
何もかも 俺好みの新しい恋人。
再び眉間に皺を寄せ、享一が辛そうに額を押さえる。花びらを連想させる唇から零れる言葉を、俺は期待を込めて待った。
「っ・・・・アンタ、誰だ?」