11 ,2008
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天使の顔が悪魔の顔に早変りした。半眼で見下ろし ぷるるん唇を吊り上げ笑う表情は観音像の微笑に似ていなくも無い。
やはり、仏門を叩く身の人間はどこかが違うのだと、いらぬ感心をする。
つと、仏門を叩く筈の高潔なその手が、決して叩くなど、まして触れるなど滅相も無い場所に潜り込んできた。
「真理!待て、待てっ!!」
「マテ、マテって、僕は犬じゃありません。”先生”」
「先生つったって、塾の講師やっただけだろう!?しかもバイトじゃんかっ」
「”先生”って呼べっていったの、”先生”ですよね」
「いちいち、””つけんなよ!!ヒヤァーーーッ!!真理っ、サカるなって!!もう、時間が・・ウッ」
「もっと感じてよハル。僕がハルのことメチャクチャ好きなの知ってるでしょ?
時間なんてさ、今の積み重ねじゃない?今、燃えなきゃ、いつ燃えればいいの?」
一瞬、え?と顔を見上げた。真理の顔は切な気で憂いを秘めた天使そのものだが、その間もヤツのヤラシイ手はガサゴソとズボンの中でシャツの裾を手繰り分け、オレの大人の男にのみ対応型一物をナデナデしている。ヤバイヤバイヤバイ・・・・イヤバ。違う、ヤバイ。
「話し合おう、なっ、真理。オレも手荒なことしたくないから。な、な」真理の顔が豹変した。
「話し合うって、ナニを?手荒ってダレに? 僕の実力は、”先生”もご存知ですよね」
意地悪に眉を寄せた表情にも口調にも、険しい棘がいっぱいあってハリネズミみたいだ。
実はオレ、真理に一度コテンパにやられている。
それを知ったコイツのママが、寺で催される格闘系の教室総てに真理を通わせたと自慢していた。もちろん、受講料はタダだったに違いない。クソ、女傑め。
ぐいっとネクタイを引っ張られた。目の前に迫った真理の目が欲情で濡れているのがわかる。
艶のある甘えた声が触れるぎりぎりの距離にある唇から発せられた。
「ね、ハル。直に挿れるのは我慢するから。今夜、さっきのアレ試させて?」
オレは力いっぱい真理を突き飛ばした。黒帯で防御の心得はあるし力もそこそこ強い真理だが、細身な身体の体重はたかが知れている。オレと違い紙袋のクッションの無かった真理はシェルフにしたたか背中を打ちつけたようで、顔を顰めた。
「尼寺へ行け、オフィーリア!もとい。さっさと出家しちまえっ、紅梅林 真理!
上山して二度と下界へ戻ってくんなっ!!」
真理が傷ついた顔で、オレを見上げる。知るもんか。オレはソファに置いてあったビジネスバックと上着をひったくった。ズボンのファスナーを上げながらマンションを飛び出す。
・・・・・ああ、ったく締まらねえ。
「あれ、国友君も休日出勤?」
「ええ、河野課長の手伝いで」
「そう。入社早々大変だね。わからないことがあったら、遠慮なく訊いてくれていいよ」
「はい。ありがとうございます」
余韻の残る笑みを残して隣の部署の係長、望月さんはコピーコーナーに消えていった。爽やかな大人の色香漂う28歳。ターゲットど真ん中、惚れ惚れするねえ。「望月係長の乱れる姿が 見てみたいぜ!」、などと不謹慎な事を考えながらも脳裏に浮かぶのはシェルフで背中をぶつけて歪む真理の顔だったりする。
ええい!鬱陶しいっ。
かなり強く打ってたみたいだった。大丈夫だった・・・・かな?イヤイヤイヤイヤイ・・・・。
「自業自得だろうが・・・・」PC画面に向かって吐き捨てる。
夕方、お付き合い出勤にしては遠慮のない量の仕事を押し付けてくれた河野課長が、お詫びにと飲みに誘ってくれた。時計は19時半になっている。
「望月君と、管理の加納さんも行くから君も、ねっ。君も行こう」
疲れてんだけどな・・・・と思いながらも”望月”の名前にピクンと反応する。逡巡するも、やめておく事にした。心に引っかかりを持ちながら飲んでも楽しくは無い、と思う。
「すみません。今日は、先約がありますので、またの機会にご一緒させていただきます」
「そう、残念。新人の君ともっと親睦を深めたかったんだけどなあ
じゃ、また必ず誘ってあげるからね。じゃ、望月くーん、行こうかぁ」
去っていく小太りな後姿にサラリーマンの悲哀が漂う。仮にこの先300年サラリーマンを続けることが出来たとしても、河野課長は課長のままなのかもしれない。
そう思うと、河野課長の背中に漂う哀愁の濃度が増したように見えた。
マンションに帰り着くと、ライブに出掛けたのか真理は留守で、ダイニングテーブルの上に晩飯が用意してあった。朝飯がオレで、晩飯が真理の担当だ。オレの好物ばかりラップをした器が3品+飯と味噌汁が並ぶ。ここのところ、外食がめっきり減っている。認めたくはないが、ウチ飯が美味いからだ。
真理は食い物に異常に拘る。女傑ママが料理が苦手で、子供時分はインスタントばかり食べさせられた怨恨が残るらしい。ママもさすがに拙いと思ったのか、真理を小さいときから料理教室に放り込んだ。そのせいで、味に対する執着が凄まじい。オレがインスタントものなんぞ出そうものなら、皿の上の食い物は今朝のコーヒーと同じ憂き目にあう。
真理は料理が作れる。歌も上手い。勉強も出来る。勉強姿なんぞ滅多に見たこと無いのに学年一位を誇っている。その代わり本を異常に読みまくる。一日に2~4冊を速読で読みこなす。バンドをやり、飯を作り、家事を一手に引き受け、彼岸と盆と正月は実家の手伝いに走り回る。
ただし、どっかズレてる。どこかに空洞がある。
『時間なんてさ、今の積み重ねじゃない?今、燃えなきゃ、いつ燃えればいいの?』
実はこの言葉にちょいグッときた。
真理は何をするにも刹那の情熱を注ぐ。今の積み重ね・・・・真理の情熱は生まれ出てすぐ死に絶えても、次の情熱がまた生まれる。情熱の積み重ね。冷めることを知らない太陽みたいだ。火の玉になってオレに真っ向からぶつかってくる。本当のところ、オレは熱い火の玉になってぶつかってくる真理を、寸でのところで避けるのが精一杯だ。ヤバイヤバイヤバイ・・・・。
真理はいつも走り続けている。恋も、歌も、日常も・・・・全てに向けて、疾走し続ける。
オレは、何もしていない真理を見たことが無い。まるで、生き急ぐ人みたい。
まるでオレ、惚れちゃってるみたい。マズイマズイマズイ・・・
『今日は二人で、まったりラブラブデーにしようと思ってたのに・・』
チクショウ。
オレは、スーツの上着を引っつかみマンションを飛び出した。
天使の顔が悪魔の顔に早変りした。半眼で見下ろし ぷるるん唇を吊り上げ笑う表情は観音像の微笑に似ていなくも無い。
やはり、仏門を叩く身の人間はどこかが違うのだと、いらぬ感心をする。
つと、仏門を叩く筈の高潔なその手が、決して叩くなど、まして触れるなど滅相も無い場所に潜り込んできた。
「真理!待て、待てっ!!」
「マテ、マテって、僕は犬じゃありません。”先生”」
「先生つったって、塾の講師やっただけだろう!?しかもバイトじゃんかっ」
「”先生”って呼べっていったの、”先生”ですよね」
「いちいち、””つけんなよ!!ヒヤァーーーッ!!真理っ、サカるなって!!もう、時間が・・ウッ」
「もっと感じてよハル。僕がハルのことメチャクチャ好きなの知ってるでしょ?
時間なんてさ、今の積み重ねじゃない?今、燃えなきゃ、いつ燃えればいいの?」
一瞬、え?と顔を見上げた。真理の顔は切な気で憂いを秘めた天使そのものだが、その間もヤツのヤラシイ手はガサゴソとズボンの中でシャツの裾を手繰り分け、オレの大人の男にのみ対応型一物をナデナデしている。ヤバイヤバイヤバイ・・・・イヤバ。違う、ヤバイ。
「話し合おう、なっ、真理。オレも手荒なことしたくないから。な、な」真理の顔が豹変した。
「話し合うって、ナニを?手荒ってダレに? 僕の実力は、”先生”もご存知ですよね」
意地悪に眉を寄せた表情にも口調にも、険しい棘がいっぱいあってハリネズミみたいだ。
実はオレ、真理に一度コテンパにやられている。
それを知ったコイツのママが、寺で催される格闘系の教室総てに真理を通わせたと自慢していた。もちろん、受講料はタダだったに違いない。クソ、女傑め。
ぐいっとネクタイを引っ張られた。目の前に迫った真理の目が欲情で濡れているのがわかる。
艶のある甘えた声が触れるぎりぎりの距離にある唇から発せられた。
「ね、ハル。直に挿れるのは我慢するから。今夜、さっきのアレ試させて?」
オレは力いっぱい真理を突き飛ばした。黒帯で防御の心得はあるし力もそこそこ強い真理だが、細身な身体の体重はたかが知れている。オレと違い紙袋のクッションの無かった真理はシェルフにしたたか背中を打ちつけたようで、顔を顰めた。
「尼寺へ行け、オフィーリア!もとい。さっさと出家しちまえっ、紅梅林 真理!
上山して二度と下界へ戻ってくんなっ!!」
真理が傷ついた顔で、オレを見上げる。知るもんか。オレはソファに置いてあったビジネスバックと上着をひったくった。ズボンのファスナーを上げながらマンションを飛び出す。
・・・・・ああ、ったく締まらねえ。
「あれ、国友君も休日出勤?」
「ええ、河野課長の手伝いで」
「そう。入社早々大変だね。わからないことがあったら、遠慮なく訊いてくれていいよ」
「はい。ありがとうございます」
余韻の残る笑みを残して隣の部署の係長、望月さんはコピーコーナーに消えていった。爽やかな大人の色香漂う28歳。ターゲットど真ん中、惚れ惚れするねえ。「望月係長の乱れる姿が 見てみたいぜ!」、などと不謹慎な事を考えながらも脳裏に浮かぶのはシェルフで背中をぶつけて歪む真理の顔だったりする。
ええい!鬱陶しいっ。
かなり強く打ってたみたいだった。大丈夫だった・・・・かな?イヤイヤイヤイヤイ・・・・。
「自業自得だろうが・・・・」PC画面に向かって吐き捨てる。
夕方、お付き合い出勤にしては遠慮のない量の仕事を押し付けてくれた河野課長が、お詫びにと飲みに誘ってくれた。時計は19時半になっている。
「望月君と、管理の加納さんも行くから君も、ねっ。君も行こう」
疲れてんだけどな・・・・と思いながらも”望月”の名前にピクンと反応する。逡巡するも、やめておく事にした。心に引っかかりを持ちながら飲んでも楽しくは無い、と思う。
「すみません。今日は、先約がありますので、またの機会にご一緒させていただきます」
「そう、残念。新人の君ともっと親睦を深めたかったんだけどなあ
じゃ、また必ず誘ってあげるからね。じゃ、望月くーん、行こうかぁ」
去っていく小太りな後姿にサラリーマンの悲哀が漂う。仮にこの先300年サラリーマンを続けることが出来たとしても、河野課長は課長のままなのかもしれない。
そう思うと、河野課長の背中に漂う哀愁の濃度が増したように見えた。
マンションに帰り着くと、ライブに出掛けたのか真理は留守で、ダイニングテーブルの上に晩飯が用意してあった。朝飯がオレで、晩飯が真理の担当だ。オレの好物ばかりラップをした器が3品+飯と味噌汁が並ぶ。ここのところ、外食がめっきり減っている。認めたくはないが、ウチ飯が美味いからだ。
真理は食い物に異常に拘る。女傑ママが料理が苦手で、子供時分はインスタントばかり食べさせられた怨恨が残るらしい。ママもさすがに拙いと思ったのか、真理を小さいときから料理教室に放り込んだ。そのせいで、味に対する執着が凄まじい。オレがインスタントものなんぞ出そうものなら、皿の上の食い物は今朝のコーヒーと同じ憂き目にあう。
真理は料理が作れる。歌も上手い。勉強も出来る。勉強姿なんぞ滅多に見たこと無いのに学年一位を誇っている。その代わり本を異常に読みまくる。一日に2~4冊を速読で読みこなす。バンドをやり、飯を作り、家事を一手に引き受け、彼岸と盆と正月は実家の手伝いに走り回る。
ただし、どっかズレてる。どこかに空洞がある。
『時間なんてさ、今の積み重ねじゃない?今、燃えなきゃ、いつ燃えればいいの?』
実はこの言葉にちょいグッときた。
真理は何をするにも刹那の情熱を注ぐ。今の積み重ね・・・・真理の情熱は生まれ出てすぐ死に絶えても、次の情熱がまた生まれる。情熱の積み重ね。冷めることを知らない太陽みたいだ。火の玉になってオレに真っ向からぶつかってくる。本当のところ、オレは熱い火の玉になってぶつかってくる真理を、寸でのところで避けるのが精一杯だ。ヤバイヤバイヤバイ・・・・。
真理はいつも走り続けている。恋も、歌も、日常も・・・・全てに向けて、疾走し続ける。
オレは、何もしていない真理を見たことが無い。まるで、生き急ぐ人みたい。
まるでオレ、惚れちゃってるみたい。マズイマズイマズイ・・・
『今日は二人で、まったりラブラブデーにしようと思ってたのに・・』
チクショウ。
オレは、スーツの上着を引っつかみマンションを飛び出した。