10 ,2008
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「取り引き?」
今や、周の顔は完全に覚醒し訝しげに厳しさを帯び、憮然と聞き返した。
背凭れから頭を擡げて、ミラー越しに鳴海を真直ぐ見返してくる。
どんな表情をしても、美しいと鳴海は思う。決して、女性的でも中性的でもない、身長も 自分と同じぐらいで180を少々超えている。多少、線の細い部分はあるが、キリっと外に向け上がった眉、キリッと引き締まった形のよい輪郭は雛人形の男雛を連想させる。切れ長の目に納まる翡翠の瞳が、この美しい東洋顔に神秘的な魅力を添えている。
永邨 周(ながむら あまね)
我社、N・Aトラストの美しい切り札。
「なんのつもりだ?」
「取り引きですよ。周様」
「私は、一族のコマとして扱われ、自分を殺しながら本宅の言いなりに
生贄役を引き受ける貴方を、多少は不憫に感じています」
周は、露骨に嫌悪の表情を鳴海に向けた。
「お前が言うな」
周は、その生贄を、毎回 祭壇である相手宅にデリバリーしているのはお前だろうがと、詰ってやりたくなる。
「今回のような長逗留は、貴方にもかなり堪えているはずです。
一回の”お努め”の時間を、"短く"したくはありませんか?」
「・・・出来るのか?」
周は大きく目を見開いて、シートから身を起こし運転席に顔を近づけた。
カラーコンタクトを嵌めていない切れ長の目から、瑞々しい緑が溢れ出てくる。
その視線を感嘆の思いで受け止めた。
「先方の方々は、貴方にかなり入れ込んでいるご様子です。
こちらから、時間に条件をつけるのは可能かと思います。
貴方本人からの交渉は不可能でしょうが、永邨からということであれば、
先方もある程度の有余はして頂けるかと・・」
「・・・・・」
「私を、手懐けておくのも悪くないでしょう?」
実現されれば、周の身体も精神的な部分もかなり楽になる。特に今回のような、執拗に長い拘束は、周から体力も精気も根こそぎ搾り取る。
周はミラー越しに端正な顔に掛かる銀縁眼鏡の奥の計算高い瞳を睨み付け、鳴海の考えを探った。
「取引きって言ったな。要求は何だ? 金か?」
「僭越ながら、金には困っていません。貴方の伯父上であられる騰真様から
充分すぎる程頂戴していますし、こんなド田舎では、
金なんぞ使いようもありませんしね」
鳴海は鼻で笑いながらで答えた。
眼鏡の奥の鋭い眼差しがミラー越しに流れる。ガラスや鏡を通過しても、殺がれる事の無い昏い欲情の炎に気付き要求の在りかを知る。
長い沈黙の後、周が挑むように呟いた。
「・・・いいぜ、こっちに来いよ」
「いえ、貴方が助手席に移ってきてください」
「取引きじゃないのか?」
「私達は、イーブンではありません。貴方の方が、分が悪い」ミラーの中の鳴海の目が嗤う。
「・・・・・」
躊躇った後、周はいつもなら鳴海に開けてもらう後部座席のドアを自分で開け、5月の薫風と共に助手席に移ってきた。
「取り引き?」
今や、周の顔は完全に覚醒し訝しげに厳しさを帯び、憮然と聞き返した。
背凭れから頭を擡げて、ミラー越しに鳴海を真直ぐ見返してくる。
どんな表情をしても、美しいと鳴海は思う。決して、女性的でも中性的でもない、身長も 自分と同じぐらいで180を少々超えている。多少、線の細い部分はあるが、キリっと外に向け上がった眉、キリッと引き締まった形のよい輪郭は雛人形の男雛を連想させる。切れ長の目に納まる翡翠の瞳が、この美しい東洋顔に神秘的な魅力を添えている。
永邨 周(ながむら あまね)
我社、N・Aトラストの美しい切り札。
「なんのつもりだ?」
「取り引きですよ。周様」
「私は、一族のコマとして扱われ、自分を殺しながら本宅の言いなりに
生贄役を引き受ける貴方を、多少は不憫に感じています」
周は、露骨に嫌悪の表情を鳴海に向けた。
「お前が言うな」
周は、その生贄を、毎回 祭壇である相手宅にデリバリーしているのはお前だろうがと、詰ってやりたくなる。
「今回のような長逗留は、貴方にもかなり堪えているはずです。
一回の”お努め”の時間を、"短く"したくはありませんか?」
「・・・出来るのか?」
周は大きく目を見開いて、シートから身を起こし運転席に顔を近づけた。
カラーコンタクトを嵌めていない切れ長の目から、瑞々しい緑が溢れ出てくる。
その視線を感嘆の思いで受け止めた。
「先方の方々は、貴方にかなり入れ込んでいるご様子です。
こちらから、時間に条件をつけるのは可能かと思います。
貴方本人からの交渉は不可能でしょうが、永邨からということであれば、
先方もある程度の有余はして頂けるかと・・」
「・・・・・」
「私を、手懐けておくのも悪くないでしょう?」
実現されれば、周の身体も精神的な部分もかなり楽になる。特に今回のような、執拗に長い拘束は、周から体力も精気も根こそぎ搾り取る。
周はミラー越しに端正な顔に掛かる銀縁眼鏡の奥の計算高い瞳を睨み付け、鳴海の考えを探った。
「取引きって言ったな。要求は何だ? 金か?」
「僭越ながら、金には困っていません。貴方の伯父上であられる騰真様から
充分すぎる程頂戴していますし、こんなド田舎では、
金なんぞ使いようもありませんしね」
鳴海は鼻で笑いながらで答えた。
眼鏡の奥の鋭い眼差しがミラー越しに流れる。ガラスや鏡を通過しても、殺がれる事の無い昏い欲情の炎に気付き要求の在りかを知る。
長い沈黙の後、周が挑むように呟いた。
「・・・いいぜ、こっちに来いよ」
「いえ、貴方が助手席に移ってきてください」
「取引きじゃないのか?」
「私達は、イーブンではありません。貴方の方が、分が悪い」ミラーの中の鳴海の目が嗤う。
「・・・・・」
躊躇った後、周はいつもなら鳴海に開けてもらう後部座席のドアを自分で開け、5月の薫風と共に助手席に移ってきた。