10 ,2008
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「あのう・・・祝言って・・」
「勿論、結婚式です。この家・・というより永邨には、屋敷と同じくらい古い為来たりが
ありまして、男は一様に23歳で婚姻することになっています」
「周(あまね)さん、さっき25って」
「ええ、そろそろ周りも煩くなってきましてね、
早く身を固めろとせっつかれています」
周は参ったとばかりに目を伏せ、小さく息をついた。
「ご結婚、なさらないんですか?その・・周さんなら相手に困るってことは
無いと思いますけど」
これだけの色男だ。女性なんて選り取り見取りだろう。
それとも もっと独身の身を謳歌したいのだろうか?
もしかして、ド田舎過ぎて嫁いで来てくれる女の人がいない、とか?
周の容姿とこの生活ぶりから、それは無いように思える。
俺が女だったら2つ返事、いや即答で嫁いで来ちゃうかもだ。女なら、だけど。
つまり、本人にその気が無いだけなんだろう。
この間までの自分と正反対だと思った。
享一は、早い結婚して子供のいる幸せな家庭を築きたかった。
由利から妊娠を聞かされた時、1も2も無くプロポーズしたのは、一時の感情から
などではなく、もともと願望があったからだ。
父親がいた頃の”家族”という幸せなイメージがそう思わせているのだろう。
父親不在の母子家庭になっても、やはり家族は享一にとって大切で特別なままだ。
ささやかであろうと、幸せな家庭を作りそれを守る。それが、享一の夢だ。
「誰とでも、という訳にいきません。好きでもない相手と後継者を作るためだけに
結婚するなど僕には出来ませんし、相手も可愛そうでしょう」
好きでもない相手と結婚・・・胸がツキンと痛んだ。別れた女の泣き顔が蘇る。
結局、由利の選んだ道は正しかった。瀬尾への気持ちを殺して俺と付き合っても辛いだけだ。心は変わる。それだけだ。
「それに、僕は自分の血を継いだ子供なんて欲しくは無いし、
敢えて言うなら子供は大嫌いです」
周らしからぬ強い口調に 享一は俯きかけた顔を上げて、周の顔を見た。
この人の子供なら、男でも女でも間違いなく美しいはずだ。
続けて、君の子供なら、話は別ですが・・・と囁かれ、また訳がわからなくなった。
周という人間は、内にパラドックスの小箱を携えているに違いない。
携帯を取り上げられたり、同性の結婚を持ちかけられたり、今の間逆の発言とこの短い時間で、どれだけ周に翻弄されていることか。
短時間で呆れたり驚くことが多すぎた。
一日の移動の疲れも相俟って、重たく疲労が押し寄せる。
「君の子供なら、さぞかし可愛いでしょうね」
含むような言い方に、なにかが引っ掛った。
君の子供?まさか、瀬尾の子供を身ごもった由利との失恋を知っているのだろうか?
いや、まさかそれは有り得ないだろう と心の中で打ち消した。ただの偶然だ。
――― 随分経ってからこの時 何故、この事をもっと問い詰めなかったのかと、
俺は自分を責めることになる。
気付くと、長い腕を伸ばしてきた周の整った指が享一の顎の下に当てられていた。
顔を上げられ、真正面にある周と目が合った瞬間、顔が熱くなって動けなくなった。
「あの・・・」
「享一君。君の子供の顔なら是非、見てみたいですね」
耳まで熱い。
ティーンズ2人組の目が気になって横目で見ると、2人とも固まってる。そりゃあそうだ。
こっちだってガンガンに固まってる。慌てて周の手を押しやり、下を向いて吐き捨てた。
「俺は、自分のこの顔が嫌いです!」
思わず、声に力が篭る。由利が綺麗と言った、この顔。
言ってしまって、再び 憤りが胸の辺りに渦巻き、同時に自分の執念深さが怖くなる。
そして、悲しくなった。
「享一君?」
今、思い起こしたところで何も変わらない。
終わったのだ。”ココロハ、カワル”忘れるな。
「周さん、顔は化粧で誤魔化せても、俺は男です。薄いけど髭もキチンと生えるし
声も女性っぽいわけじゃない。 背も176㎝あります。 いくら偽りと言ったって、
こんな女がいたら気持ち悪いでしょう」
言いながら、自分でも想像して最悪だと思う。
「今時、背の高い女性なんて珍しくありませんよ。声が気になるなら話さなければいい
顔も角隠しで半分は隠れますし、君は座っているだけでいいんです。
たった数時間の辛抱です、終わったら綺麗さっぱり忘れていただいて構いません」
きっぱりと言い切られて、とっさに返答出来ず、沈黙が訪れた。
周だけでなく美操や茅乃、鳴海の視線までもが有無を言わさぬ強さで自分に集まっていた。
緊迫した空気に息が詰まる。皆の恐ろしいくらい整った顔が、目線の強さに拍車をかける。
4対の強烈なビーム光線ならぬ目力に押されて 享一は負けた。
「わかりました。それほどまで仰るなら、お引き受けします」
一気に緊張の空気が緩み場が和む。
「ああ、よかった。享一君に断られたら、近所のおばちゃん連中を集めてオーディションを
おっぱじめるところでした。ありがとう、享一君」
仕方なく緩く笑って返しておいた。
面白いイベントでも見つけたかのように、ティーンズ2人も色めき立つ。
「お兄様、私たちお式の日まで学校の夏休み延長してもいい?」
「それは駄目です」
「ケチねぇ、お兄様」
やっぱりねと、少女達の華やかな笑い声が響く。
一方、享一は軽い頭痛を覚えて こめかみを押さえた。
「あのう・・・祝言って・・」
「勿論、結婚式です。この家・・というより永邨には、屋敷と同じくらい古い為来たりが
ありまして、男は一様に23歳で婚姻することになっています」
「周(あまね)さん、さっき25って」
「ええ、そろそろ周りも煩くなってきましてね、
早く身を固めろとせっつかれています」
周は参ったとばかりに目を伏せ、小さく息をついた。
「ご結婚、なさらないんですか?その・・周さんなら相手に困るってことは
無いと思いますけど」
これだけの色男だ。女性なんて選り取り見取りだろう。
それとも もっと独身の身を謳歌したいのだろうか?
もしかして、ド田舎過ぎて嫁いで来てくれる女の人がいない、とか?
周の容姿とこの生活ぶりから、それは無いように思える。
俺が女だったら2つ返事、いや即答で嫁いで来ちゃうかもだ。女なら、だけど。
つまり、本人にその気が無いだけなんだろう。
この間までの自分と正反対だと思った。
享一は、早い結婚して子供のいる幸せな家庭を築きたかった。
由利から妊娠を聞かされた時、1も2も無くプロポーズしたのは、一時の感情から
などではなく、もともと願望があったからだ。
父親がいた頃の”家族”という幸せなイメージがそう思わせているのだろう。
父親不在の母子家庭になっても、やはり家族は享一にとって大切で特別なままだ。
ささやかであろうと、幸せな家庭を作りそれを守る。それが、享一の夢だ。
「誰とでも、という訳にいきません。好きでもない相手と後継者を作るためだけに
結婚するなど僕には出来ませんし、相手も可愛そうでしょう」
好きでもない相手と結婚・・・胸がツキンと痛んだ。別れた女の泣き顔が蘇る。
結局、由利の選んだ道は正しかった。瀬尾への気持ちを殺して俺と付き合っても辛いだけだ。心は変わる。それだけだ。
「それに、僕は自分の血を継いだ子供なんて欲しくは無いし、
敢えて言うなら子供は大嫌いです」
周らしからぬ強い口調に 享一は俯きかけた顔を上げて、周の顔を見た。
この人の子供なら、男でも女でも間違いなく美しいはずだ。
続けて、君の子供なら、話は別ですが・・・と囁かれ、また訳がわからなくなった。
周という人間は、内にパラドックスの小箱を携えているに違いない。
携帯を取り上げられたり、同性の結婚を持ちかけられたり、今の間逆の発言とこの短い時間で、どれだけ周に翻弄されていることか。
短時間で呆れたり驚くことが多すぎた。
一日の移動の疲れも相俟って、重たく疲労が押し寄せる。
「君の子供なら、さぞかし可愛いでしょうね」
含むような言い方に、なにかが引っ掛った。
君の子供?まさか、瀬尾の子供を身ごもった由利との失恋を知っているのだろうか?
いや、まさかそれは有り得ないだろう と心の中で打ち消した。ただの偶然だ。
――― 随分経ってからこの時 何故、この事をもっと問い詰めなかったのかと、
俺は自分を責めることになる。
気付くと、長い腕を伸ばしてきた周の整った指が享一の顎の下に当てられていた。
顔を上げられ、真正面にある周と目が合った瞬間、顔が熱くなって動けなくなった。
「あの・・・」
「享一君。君の子供の顔なら是非、見てみたいですね」
耳まで熱い。
ティーンズ2人組の目が気になって横目で見ると、2人とも固まってる。そりゃあそうだ。
こっちだってガンガンに固まってる。慌てて周の手を押しやり、下を向いて吐き捨てた。
「俺は、自分のこの顔が嫌いです!」
思わず、声に力が篭る。由利が綺麗と言った、この顔。
言ってしまって、再び 憤りが胸の辺りに渦巻き、同時に自分の執念深さが怖くなる。
そして、悲しくなった。
「享一君?」
今、思い起こしたところで何も変わらない。
終わったのだ。”ココロハ、カワル”忘れるな。
「周さん、顔は化粧で誤魔化せても、俺は男です。薄いけど髭もキチンと生えるし
声も女性っぽいわけじゃない。 背も176㎝あります。 いくら偽りと言ったって、
こんな女がいたら気持ち悪いでしょう」
言いながら、自分でも想像して最悪だと思う。
「今時、背の高い女性なんて珍しくありませんよ。声が気になるなら話さなければいい
顔も角隠しで半分は隠れますし、君は座っているだけでいいんです。
たった数時間の辛抱です、終わったら綺麗さっぱり忘れていただいて構いません」
きっぱりと言い切られて、とっさに返答出来ず、沈黙が訪れた。
周だけでなく美操や茅乃、鳴海の視線までもが有無を言わさぬ強さで自分に集まっていた。
緊迫した空気に息が詰まる。皆の恐ろしいくらい整った顔が、目線の強さに拍車をかける。
4対の強烈なビーム光線ならぬ目力に押されて 享一は負けた。
「わかりました。それほどまで仰るなら、お引き受けします」
一気に緊張の空気が緩み場が和む。
「ああ、よかった。享一君に断られたら、近所のおばちゃん連中を集めてオーディションを
おっぱじめるところでした。ありがとう、享一君」
仕方なく緩く笑って返しておいた。
面白いイベントでも見つけたかのように、ティーンズ2人も色めき立つ。
「お兄様、私たちお式の日まで学校の夏休み延長してもいい?」
「それは駄目です」
「ケチねぇ、お兄様」
やっぱりねと、少女達の華やかな笑い声が響く。
一方、享一は軽い頭痛を覚えて こめかみを押さえた。