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紙魚

Author:紙魚
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長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
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06

Category: ユニバース(全80話)

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ユニバース 目次
ユニバース 目次

<rose fever>・・・・・・・・
           / / / / / / / / / 10 / 11 /
          12 / 13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18 / 19 / 20
<怪物>・・・・・・・・・・・・・・
           / / / / / / / / / 10 / 11 /
          12 / 13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18 / 19 / 20
<Love or world>・・・・・
           / / / / / / / / / 10 / 11 /
          12 / 13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18 / 19 / 20
<the universe>・・・・・・
           / / / / 5 / / / / / 10 / 11 /
          12 / 13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18 / 19 / 20(最終話)


 
                                   

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

07

Category: ユニバース(全80話)

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ユニバース ― rose fever 1 ―
 まずは意識を同調させることが大事だ。

 次にイメージ、二枚のフィルムを合わせるよう輪郭を重ねていく。
 寸部の狂いがあってもいけない。
 これが全ての土台(ファウンデーション)になるからだ。
 
 真っ暗な世界のどこかでチャンネルの合う音を聞いたら、
 自分をターゲットに同期化してゆく。
 呼吸を合わせ、心拍を合わせ、思考と思考、心と心。
 数を数えろ。
 暗闇に針の先程の小さな光が現れたら、躊躇わずに飛び込むのだ。
 光は瞬時に広がり、自分を含むすべてを呑み込んでゆく。
 いくつもの閃光が天を貫き、虚無の世界が息を吹き返す。

 ユニバース

 世界が自分に向けて開いていく快感に眩暈がする。


 ----------------


 <ローズ・フィーバー 1>


 西暦2300年

 地球上の人口は20~23世紀の人口爆発をうけて一時160億人を突破した。そして、最後のたった20年でその5割が減った。
 突発的に世界中に広がり、わずかな歳月で多くの人命を奪った熱病の名をローズ・フィーバー(薔薇熱)という。
 ウイルスによって感染し、発症すると微熱が続く。広げた血管を流れる血液の中で分離し増殖しながらウイルスは緩慢に全身に広がり、発熱によって肌を薔薇色に染める。
 だが、ローズ・フィーバーの名前の由来は別にあった。
 発症した感染者の肌からは独特の匂いが立ち上る。
 芳しい薔薇の匂い。
 発症者には熱以外の自覚症状はなく、痛みもない。皮肉な事に薔薇熱によって血色のよくなった肌は感染者を実際以上に健康体に見せる。
 感染者は自分に巣くう疫魔に気づくことなく普通に生活しながら、隣人にそして愛する者に、挨拶や愛の行為を通じて死のグリーティングカードを贈る。
 ウイルスに蝕まれ、死期が近付くと躰から立ち上る薔薇の匂いがきつくなる。
 こうなると、もう死神の接吻を受けたも同じだ。

 自覚症状のなさが、この熱病が爆発的に世界に広がった原因だった。
 空気感染はないが、感染者の涙や汗などの分泌液に触れることで、いとも簡単に感染する。感染すれば3年以内に発症し、発症すれば半年かけてウイルスによって皮膚と脳を残すすべての細胞を食い尽くされ、バラ色の肌に大量の血を流しながら死に至る。
 多くの人命を奪ったローズ・フィーバーの破壊力は驚異的だ。
 
 過敏になった人間たちは、発症者の匂いがすぐにわかるようにと、全ての薔薇を引き抜き廃棄した。
 かつて世界中で愛された花は、地上から姿を消し、阿片を生む芥子や大麻と並んで忌むべき象徴となる。
 今ではサンプルとして樹脂で固められたものか、画像でしか見ることができない。
 汎発流行(パンデミック)から20年。
 ワクチンの開発は往々にして進まず、ローズ・フィーバーウイルスは未だ根絶されていない



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09

Category: ユニバース(全80話)

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rose fever 2
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 <ローズ・フィーバー 2>


 一日の終わりを彩る黄金の光が、引き締まり均整の取れた躰を正面から射抜く。
 地上400M。人気のない薬品会社の社員専用ラウンジの白い床に自分の影だけがどこまでも伸びている。
 陽が沈む前の、この場所から見る夕陽が世界で一番美しいと思う。

 黒い瞳を足元に視線を落とせば、自分の足より低い位置で立ち並ぶビルの先端がこちらに向かって突き刺さってきそうにみえる。
 高層ビルの谷間を半透明の巨大なジンベイ鮫が泳いでいく。巨大な魚の下をモノレールが、上を目には見えないハイウエイに沿って自家用小型高速艇のエアフライが走り抜ける。
 ハイウエイはビルの合間を上下3層に展開しており、上に行くほど速度の早いレーンになる。ハイウエイに乗った者にだけホログラフによるレーン(飛行路)が見える仕組みだ。

 鮫は悠々と通りを泳ぎ、ビルの壁に消えた。今度はマイクロショートパンツ姿の少女3人が飛び出し、空中でコーク片手に踊りだす。
 高層ビルに阻まれ陽光の当たらないコンクリートとガラスの渓谷に、下方から侵食するように夜が染み出してくる。
 やがて昼間の陽射しをかき集めておいて、一気にぶちまけたかのような眩しい光がストリートを満たし、その光の中を礫のような人々が行きかう。

 人はローズ・フィーバーの感染に怯えながら、それでも誰かと触れ合わずにはいられない。通りに溢れかえる人々は友人と、恋人と、あるいはひとりでぞれぞれの四方山を胸に足取りも軽く通りを歩いていく。

 下界を行きかう人の流れをぼんやり眺めていた瞳が、ゆっくりと上がった。
 昼の勢いを残す黄金の光が飛び込んできて目を細めた。その黒い瞳の真中に、遥か彼方の丘陵地にそびえる黒い建造物のシルエットが映る。

 黄昏色の空気の中、窓ひとつない真っ黒な四角い建物は遠く離れた場所にありながら、重苦しい独特の存在感を放つ。丘陵地一帯が高い塀で囲まれており、許可無く立ち入る事もできない。
 建物は現世から隔離された別世界と言う意味で須弥山(しゅみせん)と呼ばれていた。
 須弥山は古代インドの宗教観の中で生まれた聖山で、神の住む世界をいう。
 巷に蔓延る都市伝説には、佇まいの異様さから須弥山に纏わるものも多い。
 例えば、須弥山には神ならぬ怪物が棲み、夜な夜なこちらの世界を徘徊しては人を襲う・・・とか。

 清んだ虹彩とは反する、艶冶な唇の端がきゅっと上がり小馬鹿にするように笑む。
 架空の山の名前に、怪物。全くロマンチックな発想だ。
 噂は面白おかしく尾ひれ背びれをつけて人々の口先を渡り歩き、都会の退屈な生活のささやかな刺激になる。
 確かに、須弥山には謎が多い。
 それだけに、政府の重鎮が薔薇熱の感染を恐れた愛人にせがまれて建てただとか、資源の利権争いで大儲けをした武器商人の自邸だとか、いい加減な噂も真しやかに語られる。

 謎があれば、その真相が知りたくなるのが人の心理だ。
 須弥山の噂の真相をつきとめる。それは、同僚と興味本位で始めたゲームだった。

 過去の人口爆発により激減した資源の利権を奪い合う国家間、企業間の闘争は壮絶だ。
 武力による争いこそ過去の教訓から起こることはないが、頭脳戦のような駆け引きや軋轢は深く根を張り、常に相手の動向を探りあう。

 同僚のジタンと自分は表向き製薬会社の社員として活動しているが、本業はコンビで企業のデータや国家間の機密情報をターゲットの頭の中から掠め取ることにある。
 
 新世界と同規模の都市国家は他に6つ。都市国家の中で巨大化した企業は小さな地方国家よりも力を持つ。国家間のフリーエリアは、化学物質に汚染されていて人は住む事ができない。
 新しいエネルギーや新薬の開発。
 価値のある情報は高値で売り買いされ、腕利き企業スパイは長期休暇をとることもできやしない。

 ゲームは敗者がワールド・ボールの通しチケットを勝者に奢る。家賃半月分の高額チケットを2人分。自分のお粗末なサーチの結果を考えると泣けてきそうになるが、ジタンの結果を聞くまでは勝負はわからない。
 だが、そのジタンが忽然と姿を消した。

 めずらしくお互いピンの仕事が入り、一時的にコンビを解消したのが一ヶ月前。
 “外勤”を終えて戻ったアスクレピオス製薬にジタンの姿はなかった。
 任務内容は一切口外してはならない。ジタンは詳細こそ語らなかったが、着任前に「このゲーム、俺の勝ちかもな」と笑った。無理矢理作ったかのような笑顔。
 自分たちの間の勝敗といえば二人で始めた須弥山の謎を明かすゲームだけだ。
 ジタンらしくない、任務内容を揶揄する言葉が頭に残った。
 
  落日に暮れなずむ陰気な要塞。
 のっぺりとした黒い壁に囲まれる表情のない須弥山は、人口の減少で終焉間近なこの世界の黒い墓標を思わせる。怪物が棲むに、はうってつけの不気味な建物だ。
 ガラスに映る自分の顔と黒いシルエットが重なり、意味もなくぞっとした。
 ジタンは自分より経験もあるし能力も高い。

 黒いシルエットに、ガラスに映る自分の顔が重なる。
 やや細めのラインで整えられた東洋人特有のきっかりと切れ上がった眦が、思案げに細められる。
 開いた手が、自分の顔ごと黒い墓標を押さえた。まるでそれを合図にしたかのように、夜の海に沈み始めた巨大な都市に明かりが灯り出す。人の数だけ。いや、もっと。
 
 不意に指先に触れるガラスが震え始めた。



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rose fever 3
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 <ローズ・フィーバー 3>


 異変に気づいた次の瞬間、大音響がガラスを震わせ衝撃で背後に弾き飛ばされた。
 咄嗟に猫のような俊敏さで、床に低く身を伏せ臨戦態勢をとる。
 床に沈めた身体を大きな影が覆う。西陽を遮る全長5Mほどの金属の塊。4本の磨き込まれたジェットマフラーがボディに添って流れる。エアフライだ。

 大方、スピードの出しすぎでハイウエイの軌道から外れ、弾き飛ばされたのだろう。
 衝突回避システムが働かなかったら、巻き添えで木っ端微塵になるところだ。
 マシンがゆっくり体勢を持ち直すに従い、眩しい光が戻ってくる。

 Boroth製 エアフライ・WingBike3001。
 この春、発売されたばかりのバイクスタイルの新型モデルだ。
 シールドを閉じれば最高時速700Kmまで出す事ができる。空気抵抗をなくす流線型のボディに機能と優美さを兼ね備えた、世界で一番イカシた乗り物だ。
 ホログラフで街を駆け抜けるWB3001のプロモーション映像を見た時は、子供のように胸が高鳴ってその場で動けなくなった。
 だが現実はシビアで、2人乗りの最新型小型高速艇の値段は、自分の年収のおよそ10倍に匹敵する。ローンを組めば一体何年返済になるのか。分厚い現実の壁に打ちのめされた一瞬だった。
だから妬み嫉み、ついでに僻みまで一気にテンコ盛りになる。

 眩しい逆光の中、完全に状態を立て直したマシンのシートには男がひとり跨っている。
 天然レザーの黒のライダースーツに、メットから零れた金の髪が熱風で煽られ金色に舞う。スーツもメットも、どちらもこの手のブランドの最高峰であるメル社製だ。こっちにも金がかかっていやがる。
 嫉妬の炎に油が注がれた。
「このっ、下手糞ォ――っ!!」
 床に這いつくばったまま大声で怒鳴る。とはいっても、厚いガラスで遮られている上、耳を劈かんばかりの振動音では届くはずもない。

 文句を言うためにというよりは、マシン見たさに思いっきり不機嫌な顔を作って立ち上がる。素直に羨ましそうな顔をしてやるのが、なんか癪に障った。
 勢いよくエアフライに向けて踏み出した足が止まった。
 吊り上がった眉が、訝しげな形に移動する。

 体勢も持ち直し離れていくはずのエアフライが、逆に迫ってくるように見えるのだ。
 衝突回避システムは物体同士が反発させあうことで、衝突を回避する。エアフライの方向、フルスロットルで悲鳴を上げるエンジン音、狭くなる距離。
 事態を見極めようとしていた目が大きく見開いたまま固まった。
 力の方向の逆作用。システムの誤作動だ。
 質量の高い大きな星に隕石が引き寄せられるように、小さなエアフライは今にも巨大建造物に呑み込まれようとしていた。
 
 マシンがわずかに傾き視界の端にでも入ったか、シートに跨るドライバーがガラスを隔てて自分を見ている人間がいることに気がついた。
 諦観だろうか。まるでピクニック先で美しい景色を眺めるような優雅な仕草でこちらを向く。
 金色の髪が舞い、黄昏の光に包まれるその姿には不思議な神々しさがあった。
 メット越しに目が合ったと思った瞬間、ドライバーがこちらに手を伸ばしシートから立ち上がった。
 地上400M、自殺行為だ。
「バカ!!諦めるなっ。危ないから、座れ!!」
 聞こえないと判っていても声を張上げ、腕を大きく振り下ろし「座れ」とゼスチャーで伝える。
 コントロールを失い、バランスを崩したエアフライの短い左翼がガラスに接触し、特殊硬化ガラスに大きなヒビが走る。
 拙い・・・・。男と目を合わせたまま本能的に後ずさる。後ずさりながら無意識に首を横に振った。
 男は何を思ったのか、一層こちらに手を伸ばす。
 黒い手袋を嵌めた指先が、自分を捕まえ道連れにしようとしているように思えて恐くなる。
 また一歩後ずさった

 空気とガラスを震わせる轟音が一層大きくなる。
 黒い目は、もう男の姿を見てはいなかった。身を翻し、全速力で出口を目指して走る。
 その背中で不意にエンジン音が消えた。

 静寂の中、振り返った視線の先でほんの少し横にへしゃげて沈む太陽が、果てしなく広がる摩天楼群をじわりと焦がしながら沈もうとしている。
「まさか・・・嘘だろ」
 ひびの入ったガラスに飛びつき、自分の眼を疑った。
「あの馬鹿!」

 下界に向けて真っ逆さまに墜落していくエアフライがスローモーションのように見える。
 エンジンを停止した事で、衝突回避システムの誤作動の呪縛から解き放たれたマシンは、機体を回転させながら地上めがけて落ちていく。
 機体の流線に合わせて描かれた銀のラインが時折、茜色の空を映す。
 操縦シートにまだ男が跨っているのを認め、黒い目が辛そうに眇まった。エンジンの停止で脱出装置が作動しなかったのかもしれない。
 ガラスの外で、自分に助けを求めて立ち上がった男の姿が鮮烈に蘇り動悸がした。

 地上では、落下するエアフライに気づいた人々が蜘蛛の子を散らす勢いで逃げていく。
 絶体絶命。頭の中で、地面に激突したエアフライが爆発する画が浮ぶ。
 全身の力が抜けて床に膝を突いたその時、ショッピングモールのルーフを突き破る直前のマシンのジェットマフラーが火を噴いた。

 息を吹き返したマシンは、一直線にハイウエイを目指す。
 そして難なくマシンを最速レーンに乗せた男は、何事もなかったかのようにハイウエイをかっ飛ばす。
 何もかもあっという間の出来事だった。

 ナイトブルーに銀のライン。
 流れるように滑らかに飛ぶその後ろを、エアフライ2台が追い始めた。
 交通を取り締まる覆面エアパトのお出ましだ。
 WB3001はエアパトを余裕で引き離し、他のエアフライ間を縫いながらハイウエイを疾走する。

 スピードに晒されるドライバーには風圧による負荷が相当かかるはずだ。
 だが、シールドを上げたままのエアフライは、速度を緩めることなく飛ばし続け、はるか後方を追うエアパトを嘲笑うかのように夕陽の反射で見事な弧を描きながら、高層ビルの合間に消えた。

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14

Category: ユニバース(全80話)

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rose fever 4
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 <ローズ・フィーバー 4>


「ノア!」
 ラウンジの灯りがつき、ガラスの前で膝を突いたまま放心していた状態から我に返った。
 目の端に入ったハレーションで声の主を知る。
「まさかずっとここにいたの?」
「うん・・・まあね」
 立ち上がったノアに声の主が急ぎ足で近付いてきた。
「こりゃあ、派手にやってくれたな。よくまあ無事で・・・怪我は?」
 薄茶の目がガラスの亀裂を追い掛け、最後に首を横に振るノアを見た。
 ピンクのシャツに黒いズボン。
 ブルーのペイズリー柄のベストがサイケデリックなハレーションを起こしている。
 激務からきたストレスの結果が、残念な中年太りと妙な色彩感覚となって現れた自称・元白皙の美青年は、表の仕事の同僚だ。

「ノアは今日まで外勤だったから、ここが内装工事で立ち入り禁止になっているのを知らなかったんだな」
「ふうん、だから誰もいなかったのか」 知っていた。 
 知っていたから、一旦帰りかけた足を誰もいないこの場所に向けたのだ。
 黄昏に染まる世界を独りで見るために。

「今回の外勤は長かったみたいだけど、どうだった?セントラルアジアの連中相手は疲れただろう?」
 ダンテはノアのアスクレピオス製薬における本当の仕事を知らない。
「別に、いつもと一緒だよ」
 そう、いつもと一緒だ。
 他人に成りすまして他国の要人に近付き、あの手この手で信頼させ、頭の中の機密を掻っ攫ってくる。
 ただ今回は単独でダイビングしたせいで、ターゲットの意識下に張られたトラップに気づくのが遅れた。危うく戻って来られなくなるところを、命からがら逃げ帰った。

 ふと今まで思いもしなかった考えが頭に過ぎる。
 ターゲットの意識の中に捕らわれたまま帰れなくなったら、どうなるのだろう?
 永遠にターゲットの記憶の中に閉じ込められるのだろうか?
 もしそれが幸せな記憶の中であるなら、それも悪くないような気もする。

「ノア、涎が垂れてる」
「あ?」
 はっと口を拭う仕草に、薄茶の目が嬉しそうに笑う。
 他愛もないジョークに引っかかったことに気づいて眉をしかめ渋顔を作ると、ダンテは楽しくてたまらないといった風に腹を抱えて笑い出した。
 つい引き込まれて、しかめた口元にも笑みとも苦笑ともつかない笑いが浮かぶ。
「ノアは普段はお澄ましキャラの癖に、ホントは結構天然なとこが大好きなんだよなあ」
「ダンテ、冗談はそのベストだけにしてくれ。さっきから、すっげえ目が痛い」
 笑いながら並んで歩き出す。
 2人がラウンジを出るのと入れ違いに、警官やらビル管理会社の制服を着た男達がなだれ込んだ。

 目の前に横長の建物の真ん中、上部20階分をぶち抜いた巨大なアトリウムが現れる。
 高さ100メートルの空間に渡された幾本かのデッキが向かいの役員棟とオフィス棟を結ぶ。その一本に
 自体が発光し照明の役割をするデッキは、暗くなった巨大な空間に浮かんで見え、不思議な浮遊感を伴った。それはダイビングする時の感覚を思い出させる。

「さっきのあれWBの新型モデルだったね」
「うん。ダンテ、あのさ、」
 幻想的な光の中を、中腹のエレベーターを目指して歩きながらぽつりぽつりと言葉を交わす。
「残念だけど、ダメ」
「あの、俺はまだなんにも言ってないんですけど?」
「ジャスに、WING3001の試乗を頼んでくれって言いたいんだろう?」
「あれ・・・・?」
 あっさり図星をさされ、白々しい笑顔を顔に貼り付けた。
 ジャスティ。通称ジャスはダンテのパートナーで、Boroth社のショールームで働いている。

 ナイトブルーの機体が旋回し、今際のきわで息を吹き返す。
 ドライバーとマシンが一体となってビルの谷間を閃光のごとく疾走し、ギラリと終日の残光を返しながら弧をかいて消えたマシンの姿が、眼孔の奥に鮮烈に焼きついて離れない。
 最高の技術を搭載した憧れのマシンを自分で操ってみたくて堪らなくなっていた。
 もちろんドライバーのテクに拠るところも大きいわけだが、優れたテクニックにマシンの性能がちゃんと応えてくれなければああいった飛行は出来ない。
 豪快で大胆な飛びっぷりに体内中をアドレナリンが駆け巡り、全身が痺れた。

 期待に輝きを増した黒い瞳が褐色の肌を持つダンテを熱心に見詰める。
 見詰められたダンテは本当に弱った顔をした。
 ダンテはこの美しい黒曜石で出来たような年下の友人に、とことん甘くて弱い。

「そんな目で見られると参っちゃうよ。3001の試乗は、売約の予定がある顧客のみにだけと絞られているそうなんだ。特にバイクタイプはドライバーの身体能力がものをいうから、誰にでもっていう訳にはいかないらしい」
 身体能力だけなら充分に自信はあるが、購入者限定となるとノアには手も足も出ない。
 WING3001はBoroth社が上流層の者たちに向けて開発した、いわば高級機だ。手の届かない高嶺の花にする事で金持ちの購買意欲を煽っているのだ。
 そんなマシンに平凡な一般人は乗せられないということなのだろう。
 予想はしていたが、高揚して膨らんだ気持ちが一気に萎む。

 この新世界は、富裕層とそうでないもの、更にその中でも細かく分かれる階層社会だ。
 人種、財産、地位。
 一番ものを言うのは、もちろん富だ。

 そんなことを考えながら、ある男の顔が脳裏に浮かんだ。灰色の冷たい瞳。機械の様な精緻で物事を判断する自分と同じ東洋の血を引く美しくも冷徹な男。
 その男が一声かければ常識は覆り、ゲームは逆転する。
 白は赤に、鮮やかなオレンジはさめざめとした青に色を変える。
 頭の中で男の顔を黒く塗り潰す。
 自分の人生にジョ―カーは必要ない。




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