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紙魚

Author:紙魚
近畿に生息中。
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長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
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Category: レジ男

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レジ男 1
 レジ男 1

 何が珍しいワケではない。
 だが俺はその場につっ立ったまま目を瞬かせた。

 レジに立つパートの男。
 大卒が就職にあぶれ、リストラの嵐が吹き荒れる無常の昨今、若い男がレジに立つのは今時の風景だ。
 俺の目を釘付けにするのは男の手元。レジ台のカゴの中だった。
 バーコードを赤い光でスキャンされた歯ブラシやシェービング缶、小分けパックの惣菜。なにもかもがひとり分の日用品と食品が整然とカゴを埋めてゆく。種類、高さ、幅。規律があるかのようなカゴの中は、それはそれは計算されたかのような美しさなのだ。

 上の空で無差別に放り込み、カゴ2つに膨らんだ商品たちが、次とひとつのカゴに収まり秩序を取り戻してゆく。コンパクトにまとまったカゴは恋人との関係を精算し、今夜から独り暮らしに戻る自分の、清潔で整理整頓された生活そのものに見えた。
 2時間ほど前の会社の階段室での言い争いを思い出せば、気分がどんより滅入ってすぐに怒りに代わる。
 あんなヤツ・・・別れて、清々する。

 別れた恋人の良平はだらしのない男だった。
 乞われる形でスタートした同棲生活は、初っ端から衝撃の連続だった。 初めての同棲に甘い夢を抱きつつ、良平のマンションに踏み込んだ俺はその場で凍りついた。 どうやって中に入ればいいのか、わからなかったのだ。
 雑誌や服、生活ゴミが堆積した廊下には踏み場がなく、ブルドーザーが必要なのではないかと思ったほどだ。
 いや、ブルドーザーは隣にいた。
 
 良平は嫌がる俺をひょいと抱き上げると、足で床に散らばるゴミをぞんざいに蹴散らし、「嫁入りみたいだろう」 などとぬかしながら魔の巣窟のその奥へと俺を運んでいった。
 心霊スポットに無理矢理連れて行かれるようなおぞましさに、もちろん俺は半狂乱で抗議した。
 だが、部屋の散らかりなんぞは、まだいいほうだった。流しで山積みになったコンビニのトレイの間から匂ってくる饐えた腐敗臭といったら・・・ 今思い出すだけでも、鼻を掻き毟りたくなる。

 皺くちゃのシーツに放り込まれ、野獣のように襲ってきた良平を、俺は渾身のアッパーで弾き飛ばしてやった。それから夜を徹して部屋を片付け、洗い物をし、トイレを磨き、洗濯機を回し、掃除機をかけた。  
 ようやく全てが終わった時にはすっかり夜が明け、恋人は拗ねて不貞寝をしていた。 シーツのないベッドで高鼾を掻く同期の男を見ながら、それまで俺の部屋でばかり会いたがった理由を理解した。
 不安という名の溜息がチリひとつ落ちていない床に転がった。
 潔癖王子と陰口されるほど清潔好きな俺の人生初の同棲生活は、こうして愛の巣の扉が開いたその瞬間に儚く砕け、無残な現実を知ることとなる。

 それでも、良平とは別れなかった。
 私生活はともかく、会社での良平は俺の好みど真ん中の男だった。
 同期の中でも飛びぬけて頭が切れ、大人っぽくて、締まった体躯にばりっとスーツを着こなす。何より、良平の顔はこれまで付き合ったどの男より好きな顔だ。 高い頬骨、太い眉。眼光鋭い一重の三白眼で見つめられると、もう堪らなかった。

 良平がやらないのなら得意な自分がやればいい。家事の一切を、俺は引き受けた。 
 自分には好きな男と暮らすという、多少の苦労を差し引いても余りある悦びがある。
 そう自分に言い聞かせた。

 だが、ものごとには限界がある。もちろん愛にもだ。
 昨夜、良平は女物のコロンと安物のボディソープの匂いをセットで身につけてご帰還あそばされた。怒り狂った俺は、作った晩飯を良平の目の前でゴミ箱にぶち込み、空になった皿を投げつけた。
 皿は良平を逸れたが、壁で砕けて破片が良平の頬を掠め浅い傷をつけた。
 一夜明け、関係を解消し自分のマンションに戻ることを告げた俺に、良平は傷害罪だの何だの難癖をつけて別れを撤回しろと迫った。最悪だ。

 良平の浮気は病気みたいなもので、これまでも幾度となく苦い目に遭ってきた。発覚する度、言い争いになり、痴話喧嘩の末に宥められてうやむやのまま元の形に戻る。この繰り返しだった。
 いい加減な生活態度同様、今回もなあなあで済まそうとした良平にとうとう俺はキレた。
 好きだからこそ許してきたし、好きだからこそ限界だった。
「8,356円になります」
「はい・・・?」
 我にかえって顔を上げると、自分をじっと見ているレジの青年と目が合った。
「ああ、悪い。いくらだって?」
「8,356円です」
 レジスターの金額を指差しながら繰り返すと、気のせいか青年がくすっと笑った気がした。
 青年がレジ袋に入れた卵のパックを、そっとカゴの上に置く。 誂えたかのような窪みにすっぽりとパックが収まった。
 完璧だ。 秩序とはまさにこのことをいうのだ。
 整然と纏まったカゴの中身と、浮気男との別れを決意した自分に、拍手喝采だ。

 
 「ありがとうございました。またお越し下さいませ」
 丁寧にお辞儀をしてくれるレジ男君に晴れやかな笑顔を残して、レジを後にした。

 
 良平にそそのかされて、自分のマンションを売るような真似をしなくて正解だった。 
 秩序と法則、そして衛生で守られた新しい生活よ、ウェルカムだ。

 
 意気揚々とスーパーを出た俺に、晩秋の冷たい風が吹きつける。
 がっくりと自分の肩が落ちるのを自覚した。
 良平が好きだった。
 掃除も洗濯も嫌じゃなかった。料理だって良平が食べてくれると思ったから腕を振るった。
 良平が自分に甘えて、まかされっきりになっている生活を、幸福だと思っていた。

 もし良平が謝ってちゃんと言い訳してくれたら、俺はきっと許していたと思う。
 売り言葉に買い言葉みたいな別れ方なんて。
 後悔と未練がしこりになって残っている自分が惨めで情けなくなる。
 しかも、良平とは同じ職場だ。社内で鉢合わせしでもしたらどんな顔をしたらいいのかわからない。
 当分の間、総務部のあるフロアーと食堂は鬼門だ。

 ふと、視線を感じて振り返るとレジ男と目が合った。
 店の前をいつまでも去らない買い物男を不審に思っているのかもしれない。

 どうにもアクションに困っていると、レジ男はふっと柔らかい笑顔を浮かべ、「またどうぞ」 と口の形だけで言い、ぺこりと頭を下げてくれた。




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Category: レジ男

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レジ男 2
レジ男 2


 今日もレジ男のレジに並んだ。
 レジ男は山咲という名札を胸につけていたが、俺の中ではすっかりレジ男で定着していた。
 レジに並ぶ列は心なし他より長く、何かしら華やいで空気がうっすらピンクに染まる。原因は主婦や学生、OLといった若い女性客だ。
 男客は、当然のように空いている他のレジを選ぶ。女だらけの列で男物のコートを着て頭ひとつはみ出させている 自分はちょっと異分子っぽい。

 「カッコいいよねぇ」
 前に並ぶ主婦2人がなにやら小声で話している。
 「こんなとこでレジ打つよか、モデルとかやっちゃえばいいのに」
 耳がレジの言葉に反応する。レジ男の事らしい。
 「でも山咲君ってさ、このスーパーの息子なんだってよ。あと継ぐんじゃない?」
 「…ってことは、まさか将来はスーパーのオヤジ? 六本木とか歩いたら、スカウトが掛かりそうなのに勿体無いじゃん」
 生憎ここは、六本木でも渋谷でもさらに原宿でもない。スカウトなんてものにはほど遠い、ご縁に掠りもしない下町のスーパーだ。
 安定の営業スマイルで接客するレジ男の手元を見る。
 今日も軽快にスキャン、商品を手際よく隣のカゴに移す。まるでパズルが仕上がってゆくような、見事なカゴさばきだ。
 この前レジ男が、お年寄りの買い物を手伝い、商品をシルバーカーに積んでいるのを見かけた。経営者としての資質はわからないが、几帳面な性格と行き届いたホスピタリティは、接客業に持ってこいではないか。
 スーパーの店員以外のレジ男なんか想像できない。
 主婦A・Bはレジ男の話をしながら肘で突き合い、チラチラとこちらを見上げてくる。なんざんしょう? と視線を向けると2人揃って顔を紅くしながら下を向いてしまった。

 「いらっしゃいませ」
 改めてレジ男の顔を正面から観察する。なるほど、世間で言うイケメンの類に胸を張って入れるルックスだ。
 うん? なんだろう。何かが妙に引っかかる。この、いやに既視感のある感じは。
 さりげに俯くレジ男の顔を眺め続ける。
 「今日はいつもより遅いお越しですね」
 レジ男はスキャンしながら愛想よく、お馴染みさん向けの声をかけてきた。
 似ているタレントでもいるのかもしれない。タイプの顔なら一度見れば、3年は忘れない自信はある。だが、残念ながらレジ男の顔は、俺のストライクゾーンから大きく、真反対方向に外れていた。

 レジ男の顔は一般的にいうハンサム顔で、そこそこ背も高い。いかにも万人にモテそうな爽やかで可愛げのある顔だ。だがアンチ面食いな俺の好みは、自分とは反対のガタイのいい男臭いタイプだ。一般的に暑苦しいとか、厳ついとか言われる顔が、ザ・ドストライクなのだ。
 たぶんこれまで付き合った恋人達にも言われた通り、無いもの強請りなんだと思う。

 「そうかな?」 適当に応えながら、視線は商品を捌く手許に落ちる。
 ベーグルやマーガリンが収まる度、頭の中でカチ、カチと小気味良い音がする。最後にレジ袋に入った卵のパックが載せられた。壊れやすい卵はいつも袋に入れてから最後に渡してくれる。
 完璧だ。
 「そうですよ。いつもより1時間くらい遅いかな。仕事、お忙しいんですか?」
 明朝直行の取引先への資料を忘れ、会社に取りに戻った。「いや今日はさ」 とかい摘んで話すと、「そうだったんですか、大変でしたね」 と、労いの言葉に柔らかい笑みを添えた。笑顔の似合う青年だ。
 営業用の笑顔だとわかっていてもレジ男に笑いかけられると、和やかな気分になる。
 レジ男の笑顔があれば、このスーパーも安泰だ。

 会社からの帰り道、ほぼ毎日レジ男のスーパーに寄る。もっと大型のスーパーが駅前にあったが、なんとなく足はレジ男のいるこのスーパーに向いた。

 タイミングが合うのか合わないのか、出張や外勤が続いて良平と職場で顔を合わせる事もなく半月が過ぎた。
 「お客さんこの頃、料理をされるようになったんですね」
 1/4切れの白菜の横に椎茸のパックとうす揚げ、鶏ミンチのパックが並んで収まる。良平と別れた直後は自分ひとりのために料理なんかする気になれず、インスタントものや出来合いの惣菜で適当に済ませていた。

 「インスタントばかりじゃ、さすがに栄養も偏るしね。ひとり分だから、簡単なものしか作らないけど」
 レジ男は女が幅を効かせる職場で同性の客に気安さを感じるのか、手隙な時はまめに声をかけて来た。
 「君さ、前から思っていたんだけど、カゴに詰めるのすごく上手いよね。後の袋詰作業のことも考えてるっていうか。ここの息子さんって聞いたけど、ずっと店を手伝ってたの?」
 「確かにここの息子ですけど、身分はパートです。以前は、全然関係のない仕事をしてました。ちょっと色々あって、辞めちゃったんですけどね」
 褒めたつもりなのに、レジ男の表情が硬くなった。
 「ふうん、そうなんだ」
 どんな色々があったのか、聞いてみたい気もしたが、一介の客が店員のプライベートを根掘り葉掘り聞くのもどうかと、短い相槌に留めておく。

 「ありがとうございます。今日は品物が多いですから、卵を忘れないで下さいね」
 「朝は目玉焼きがないと目が覚めないから、忘れたら大変だ」
 「好きなんですか? 目玉焼き」
 硬かったレジ男の目が急にキラキラと輝きはじめた。どうやら、レジ男も目玉焼きファンらしい。
 「うん、目玉は絶対2コ。子供みたいだろ」
 冗談めかして笑うと、レジ男も一緒に笑った。
 レジ男の笑顔はいいと思う。
 
 息の凍る家路を歩きながら、レジ男が前の仕事を辞めた理由を想像する。一気に消沈した若者の表情が気になった。
 几帳面で慎重派っぽいレジ男が、仕事で会社を辞めるほどのミスをしたとは考えにくい。
 よく気が付くし、頭も悪くなさそうだ。人当たりも良いレジ男は、人間関係も卒がないだろう。
 あとは恋愛問題、とか?
 社内恋愛。痴情の縺れ・・・苦いものが込み上げて、苦笑が漏れる。俺じゃあるまいし。

 あれっ?
 マンションのエントランスで鍵を出そうとして、卵の袋を忘れたことに気付いた。あれこれ考え事をしながら歩いているうちに帰ってきてしまっていた。
 仕方ない、明日は卵抜きか。
 せっかくレジ男が忠告してくれたのに。と、レジ男の気遣いがこそばゆい気がして頬が緩む。
 マンションに入ろうと歩き出した俺の肘を誰かが掴んだ。

 「田口、やっと捕まえた」
 笑ったまま固まった唇が強引に奪われ、掴まれたままの腕からスーパーの袋が地面に落ちた。
 衝撃で裂けた袋から中身が飛び出す。白菜、豆腐、鶏ミンチ・・・

 「楽しそうだな、瑛介。なにかいい事でもあったか?」

 「良平・・・」

 


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レジ男 3
 レジ男 3


 「お前さ、一体いつまで拗ねてるつもりだ」
 ここ2週間で一気に冷え込んだ。良平はコートに俺がプレゼントしたマフラーを巻き、寒そうに鼻の頭を赤くしている。ずっとここで俺が戻るのを待ってくれていたらしかった。
 こんなことは初めてだ。今まで、喧嘩しても折れるのも相手を待つのもいつも自分の方だった。
 2週間の冷却期間は、それなりに功を奏したようだ。

 久し振り会う男の大好きな顔に、つい絆されてしまいそうになる気持ちをぐっと抑えた。ここで許せば、またもとの裏切られ傷つき続ける生活に戻るだけだ。
 普段はいい加減なくせに野性的な勘だけは鋭い良平は、呆然と立ち尽くす俺の心の決意を嗅ぎ取ったよう笑顔を消す。花崗岩の床に散らばる袋の中身を素早くチェックした目が、何かを見透かすように俺の顔に戻された。
 「今晩は鍋か?」
 「え、ああ。今日は冷えるから・・」
 「ひとりで?」
 そうだ。と答えかけ、言うのを躊躇う。

 「じゃあ、俺のマンションでやろうぜ。丁度、瑛介のつみれ鍋が食べたいって思ってたんだ」
 良平の鈍さを装った態度に、これまでに無いくらい気持ちが苛立った。
 良平はいつもそうだった。
 気がつかないふりをして、鈍いふりをしてこちらを油断させてちゃっかり取込もうとする。本当はそこそこ計算高くて、狡いところもふんだんにある男だったが、惚れた弱みでずっと見えていない振りをしてきた。
 
 伸びてきた手を反射的に払った。肩透かしを食らった良平が苦笑いをする。
 「いい加減、機嫌直せよ。アレはちょっと魔が差したっつうかさ、何も本気じゃなかったんだし。俺が本当に好きなのは英介だけだって。本当はお前だって、わかってんだろう?」
 なあ? と、良平の節だった指が肩先に喰い込む。
 カゴとカゴの間を行き来する、整った手指を思い出した。
 品物を傷つけないように、気を遣いながら丁寧に運ぶ。ああいう手なら自分をこんな風に乱暴に扱ったりはしないに違いない。突然、なんの脈絡もなくそんなことを思った。

 「痛いな。放せよ良平。浮気に、本当も嘘もあるもんか。浮気は浮気だろうが」
 「そんなこと言っていいのかよ。今迄だって別れたくないって、いつも先に泣きついてきたのはお前の方だったんじゃないのか」
 好きだという気持ちが強かった分だけ、悔しくて腹が立った。
 自分好みの厳つい男の顔を見つめても、それまで感じた胸の高まりが起こらない。本当は、何度も浮気を繰り返す良平に、気持ちはとっくに疲れて醒めていたのかもしれない。

 「放してあげてくれませんか? 田口さんのあなたへの気持ちはもう醒めているんですよ」

 2人の間を割って入った声に、良平と同時に振り向き驚いた。
 レジ男?
 寒空の下、スーパーのロゴの入った赤いエプロンに薄手のジャンパー。見ているこっちが寒くなりそうな薄着姿で軽く息を切らし、レジ男が立っていた。左手に卵の入ったレジ袋を持っている。
 俺が忘れたのを見つけて、追いかけてきてくれたに違いなかった。

 鼻白んだ良平の腕が離れるのを見て、レジ男は微笑みながら袋を差し出した。
 「はいこれ、忘れ物です」
 「わざわざこれだけのために、追いかけてきてくれたの?」
 「田口さん、目玉焼きがないと目が覚めないんでしょう? 気付くのが遅くてすみませんでした」
 遣り取りを黙って聞いていた良平がひょいと眉を上げる。
 「お前・・・どっかで、」
 「スーパーヤマヤのパート従業員です」 
 良平の言葉に被さるようにして、レジ男が言い放つ。赤いエプロンの胸を張って、堂々とパートだと言い切るレジ男は、いつもの優男風とは違って格好よく見えた。

 「これは俺たちの話で、お前には関係ないだろうが」
 「田口さんに振られたのがわからないんですか? あなたはどうやら、強引さと男らしさを勘違いされているようだ」
 レジ男、拙い・・・。
 辛辣なセリフに良平の顔が真っ赤になり、ただでさえ厳つい鬼瓦のような顔が険しく吊り上る。子供ならこの顔を見ただけで泣き出してしまうだろう。ヤクザでも、良平のこの顔をみたら怖気づく恐ろしい顔だ。
 重ねて言うが、俺は面食いじゃない。今までの男も良平同様、世間では怖いとか暑苦しいとかと、敬遠されるタイプの顔だ。
 レジ男はボルテージの上がった良平の顔を、澄ました表情で平然と見据えている。
 俺は心の中で密かに拍手を贈った。
 今風な外見とは違って、根性はなかなか据わっているらしい。
 「スーパーの店員風情が余計なお世話だ。大体、パートってなんだ。若い男が威張って言えるような仕事か? お前みたいな能無しは黙ってレジでも打ってりゃいいんだ」
 これには、俺が頭にきた。職業で人を差別する発言を平気でする良平が許せなかった。
 こんな男に惚れこんでいた自にも腹が立つ。
 「良平、レジ男を悪く言うなっ!」

 「レ・・・・レジオ?」 良平とレジ男が語尾を上げながら同時に復唱した。 
 「ああ? 誰だって?」
 「レジ男だ」 俺はレジ男をびしっと指差した。
 「あ、僕・・・ですか?」 レジ男自身も自分を指差さし目を白黒させている。当然だろう、レジ男にも山咲という立派な苗字がある。
 だが、今はそんなことどうでも良かった。

 「良平、レジ男を馬鹿にするな。レジ男はお前なんかと違って、秩序と常識をきちんと持った人間なんだ。お前みたいな無節操なヤツより数百万、いや数億倍偉いんだ。一緒にすんじゃねえ。失礼だろうがっ」
 「はあぁ? お前、頭に蝿でもたかってんじゃないのか」
 薄ら笑いを浮かべた良平が、小馬鹿にするように頭の横で指をくるくる回す。
 「うるせえ! お前のその惚けた態度も気に食わねぇつってんだよ! お前とは金輪際だ。もうその顔も見たくねえ。キッパリ別れてやるっ」 
 良平とレジ男の目が同時に大きくなる。
 
 あ・・・。
 勢いで言葉を放った瞬間、頭の中が真っ白になった。



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02

Category: レジ男

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レジ男 4
レジ男 4


 5階の外廊下を吹き抜ける風が頭を冷やす。
 冷たい空気を吸い込むと、動揺した胸もようやく落ち着いてきた。

 レジ男は裂けたレジ袋から飛び出した鍋の材料を両手で抱え、無言で俺の後ろをついてくる。いらないと言ったのに、レジ男は荷物を俺の部屋まで運びますといって聞かなかった。
 啖呵を切った俺に、良平が背中を向けた瞬間全身の力が抜けた。
 良平のことだ、別れの言葉を切り出されて怒りまくって責めてくると思った。
 まさか、黙って引き下がるとは思ってなかった。レジ男がいなかったら、事態が飲み込めず、良平の去ったエントランスで何時間も立ち尽くしていたかも知れない。
 
 「せっかく届けてくれたのに、嫌な思いさせて悪かったね」
 「僕は気にしてないですよ。スーパーで仕事をしていると、それこそ色んなお客さんが来るんです。僕が店長の息子だからか、ありえない難癖つけてくる人もたまにいますからね」
 俺の言った‘嫌な思い’の中には、男同士の云々・・・の部分も大いに含まれているのだが、レジ男は頓着する様子もない。
 まあ、さすがに面と向かっては突っ込みにくい話題ではある。
 何度目かの溜息が漏れた。
 
 「それより良かったんですか? あんな別れ方をしちゃって。あ・・・僕が引き金を引いたようなものですよね。本当に、すみませんでした」
 穴があったら、入りたい。入って、もう二度とあのスーパーには近づかないと誓いたい。
 「いいんだ。君は、全く気にしないでいいから」
 「でも・・・長い付き合いだったんじゃないんですか?」
 核心にズバリ、というかズブリと突っ込みを入れてきた。
 普段は気遣い上手なくせに、なかなか容赦がない。

 「あいつとはこのまま付き合っていても、お互いがダメになるから。ていうか、俺が良平をダメにしてしまうんだ」
 「どうしてですか?彼はもう立派な大人ですよ。他人にどうこうされる歳じゃないでしょう」
 「はは、君は見た目以上に大人だね。男同士の痴話げんかを見ても、呆れもしないし驚きもしない。ああ、”見た目以上”ってのは余計だったな」
 首を傾げて背後を伺うと、レジ男の真っ直ぐな目とぶつかりすぐに引き返した。男前の眼力だろうか、見つめられる項がチリチリと痛い。
 「田口さんが彼を駄目にするなんて、どうしてそんな風に考えるんですか?」
 意外ととしつこく食い下がってくる。

 「君、結構痛いとこ突いてくるね」
 「すみません」
 「まあ・・・・いいよ。俺が良平を甘やかし過ぎたんだ。身の回りの世話を焼いて、浮気を許して、尽くしまくった。好き過ぎて、いつの間にか主従関係みたいになっていたのに、気がつかないふりをした。良平をあんな鼻持ちならない傲慢な性格にしたのは俺だよ」
 レジ男は、何かを考え込むようにしてそれから何も言わなくなった。
  
 玄関でスーパーの商品を返してもらいキッチンに運んだ。コートを脱ぎながら玄関に向かって声をかける。
 「ご苦労様。寒かっただろう? 俺のでよかったらなにか羽織るもの貸すから、上がってコーヒーでも飲んで行かないか」
 「いえ、まだ仕事が残っていますので、僕はこれで失礼します」
 声だけが返ってきてドアの閉まる音がする。
 それがレジ男を見た最後だった。

 次の日、礼を兼ねて訪れたスーパーにレジ男はいなかった。
 年配のパートの女性に尋ねると、昨日付けで辞めたのだと残念そうな顔をして教えてくれた。レジ男は女性客だけじゃなく、パートのおばちゃんたちにも人気だったらしい。
 会って訊きたいこともあったのだが、当の本人がいないのであれば、もうどうしようもなかった。



 季節はそろそろ春めき、コートも用無しになりつつある。
 駅の階段を上がりながら、今夜は何を食べて帰ろうかと考える。別れ話の一件以降、生活が変わった。新規の企業を受け持つことになり、週の半分は取引先の会社に出向している。残業が増えるにつれ外食も増え、スーパーからも足が遠のいた。
 コンビニで買った卵をぶら下げ閉店間際のスーパーを覗いてみるが、レジ男らしき人物を見かけることはない。完全に実家であるスーパーの仕事から離れてしまったらしかった。

 街で時々レジ男に似た男を見かけると、つい目が行ってしまう。
 だが、今風の男前でどこにでもありそうだと思っていた顔は、実際はどの顔とも違っていた。
 もしかしたら、本当に六本木辺りでスカウトでもされてしまったのかもしれない。

 「田口さん」
 背後から名前を呼ばれ、振り返った。
 午後8時。そこそこ混み合うホームに見知った顔はない。。
 顔を戻しかけたところをもう一度呼ばれ、斜め後ろに立つスーツ姿の男を見た。
 「レジ男・・・君?」 レジ男は苦い顔で笑った。

 駅の構内にあるバーガーショップに向かい合わせで腰を下ろす。
 スーツ姿のレジ男には、スーパーのレジに立っていた頃の面影はない。かといって、タレント業をしているようにも見えなかった。
 こんな駅中のファーストフードにつれてきてしまうのが申し訳なくなるような、一流企業の優秀なエリートビジネスマンという風情だ。いや、この店に入ろうと言い出したのは、レジ男の方だったか。

 醜態を晒した経緯もあってか、こう改まって向かい合わせに座ると妙に落ち着かない気分になる。
 「さっきは悪かったね。山咲君だっけ? いや、すっかり見違えたよ。スーパーは、もう辞めちゃったんだって? てっきり、継ぐのかと思ってた」
 「あの店は、もともと手伝いだけの約束でしたから。今は、ここで働いています」
 言いながら、一枚の名刺を差し出してきた。
 「日本ミラクル? これって、うちのライバル会社じゃないか」
 「ええそうです。田口さん、僕の事は本当に覚えてくれていないんですね」
 「・・・え?」
 淋しげなような責めているような目つきでじっと見られ、慌てて記憶の底辺を掘り起こす。
 山咲、ヤマサキ・・・・・・くそ、タイプの顔ならひと目3年なのに。
 ようやく、脳みその隅っこに貼り付いている山咲の名前を見つけた。

 「あの‥‥もしかして、うちの会社を入社半年で辞めた、あの山咲君?」
 「正確には4ヵ月半ですけどね」
 ポテトを齧り、スチロールのカップを手にした山咲は、さもがっかりしたという風情で溜息した。



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04

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レジ男 5
レジ男 5


 企業向けのシステムを構築し、サーバーからコンサルティングまで一括して管理をする。
 日本ミラクルはライバルというにはおこががましい、業界の最大手だ。

 山咲 泰志は在学中より独自のシステムを開発し、ミラクルをはじめ複数の企業から注目されていた。熾烈な青田買いを勝ち抜き、我がRNシステムが山咲を獲得できたのはまさに奇跡だった……はずだった。
 入社した山咲は、当然RNシステムのホープと囃され期待を集めたが、事務方と揉め、呆気なく会社を辞めた。鳴り物入りで入社し、研修期間が終わるや辞表を出した大型新入社員の暴挙に、社内が騒然となったのはそう古い話ではない。

 会えたら訊いたみたいと思っていた疑問が、ひとつ解消される。
 「それで、俺の苗字を知っていたわけだ。もしかして君が会社で揉めた事務方ってさ、良平?」
 ゲイの痴話喧嘩という醜態を晒した後ろめたさか、最後の良平の名前のところで声のトーンがが幾分小さくなる。最初から良平を知っていたのなら、動く鬼瓦を見て腰を抜かさなかった理由も納得がいく。

 山咲は思い出したくもないのか、口の端だけを僅かに上げて笑った。
 まだまだ学生でも通せそうだと思っていた青年は、髪を短くそろえて流し、カジュアルな服がスーツに変わっただけで随分と印象が変り大人びて見えた。誠実そうな目の色だけがレジ男を思い出させた。

 「大学3年の夏、就活のOB訪問で相手をしてくれたのが田口さんでした。僕は、田口さんのものの見方や考え方に感化されて、一緒に仕事をしたいと思ったから入社したのに、宇積(うづみ)さんはわざとチームを外したんです」
 「まさか」    
 大学のOBだった俺は、会社から山咲貴之を獲得せよという命を受け、会社近所のカフェで山咲と会った。

 はっきり覚えているのは、かなり印象的な面談だったからだ。
 山咲は俺と会った時点で、自分が受ける会社全てを徹底的に分析・比較し、頭に叩き込んでいた。大学3年といえば、自分が描く将来の夢と現実に折り合いをつけ、企業相手に手探りを始める頃だ。
 独創性があり、礼儀正しく、かつ社会的なバランス感覚もいい。仕事に対するビジョンも明確で、稀に見る優秀な青年だったという印象も残っている。
 それなのに何のまじないか、山咲の顔だけがすぽんと記憶の中から抜けていた。


 「わざとだなんて。君が辞めたらウチも大損害なのは、会社中の人間が認識していた事実だし」
 「わざとです。動物的とでもいうか、あの人は勘がいい。宇積さんは田口さんに対する僕の特別な感情に気付いて邪魔したんです」
 何かいま、妙に引っかかることを言われた気がする。
 「ミラクルからは会社を辞めてすぐ、オファーを貰いました。ですが、即ミラクルに移るというのも露骨ですし、ワンクッションおこうと専門とは関係のない実家のスーパーを手伝っていたんです」 

 こんな重要人物を前に、何で気がつかなかった?俺。
 イケメン面を頭の中から排除する自分の嗜好が恨めしい。
 今から再スカウトなんて、ないよな?ないかな?ない?やっぱり駄目?
 ・・・だよな。
 逃げた魚は大きい。他人のものになると、ますます大きく見えてくる。
 
 「そうだったのか。君が入社したなら、ミラクルはますます手強くなるな」
 山咲がミラクルのシステム開発部に入ったのなら、ミラクルが新しいソリューションネットワークを構築するのは時間の問題だ。うちからミラクルに乗り換える顧客だって出てくるかもしれない。
 落胆する顔を隠すようにして、スチロールのカップを口に運ぶ。
 良平の馬鹿野郎、まったく余計なことしやがって。

 ハンバーガーを食べ終えた山咲の手が、丁寧に包み紙をたたんで小さな籐籠の中に入れる。
 レジ男のレジ捌きを懐かしく思い出した。
 複雑なネットワークを組み立てる山咲の頭の中は、きっとあのレジカゴの中みたいに全てが正しく、かつ美しく格納されているのだろう。こんな秀逸な人材は、そうそう転がってはいない。
 俺はカップの内側でこっそり嘆息した。
 
 「田口さん、僕はあなたを近いうちに、公私共々ヘッドハントするつもりです。今度は手は抜きません。僕はもう一度あなたと同じ土俵に立って、今度こそあなたを獲得したい」
 言葉を理解するワンテンポをおいて、口の中のコーヒーを噴出しそうになった。
 「だ・・・大丈夫ですか?」
 頷きながら手のひらで制すると、立ち上がったレジ男は不服そうな表情で腰を戻した。 
 「ち、ちょっと山咲君。あのね・・・」 
 「レジであなたが目の前に立った時、僕は嬉しさのあまり心臓が飛び出すかと思いました。なのに、あなたは僕のことを忘れてるし、いつの間にか『レジ男』とかあだ名をつけているし。僕は、再起不能に陥りそうだった」
 「いや、それは本当に悪かった」
 口許を紙ナプキンで拭いながら笑って誤魔化す俺を、山咲が熱のこもった視線で見据える。参ったな。

 「なら・・・もう判っていると思うけど、俺は面食いじゃない。俺の好みは、その・・・君みたいな洗練されたハンサムじゃなくて、良平みたいにちょっと暑苦しいくらいの男臭いタイプなんだ」
 微動だにしない視線に晒され、言葉が勢いを失う。
 「ああいう物騒な顔が好きなんだ。だから・・・」
 何の因果でこんな若造相手に、はにかみながら自分の男の趣味を披露しなければならんのだ。言いながら情けない気持ちになってきて、最後は口篭った。

 「気が利かなくてすみません。こういう場所でする話ではなかったですね。出ませんか? 実家の近くのマンションに引っ越したんで、帰る方向は同じなんです」

 ラッシュのピークを過ぎ、客もまばらになったプラットホームに並んで電車を待つ。
 大人なセリフで俺を連れ出した山咲は何か考え込んでいるようで、バーガーショップを出てからずっと黙ったままだ。
 夜も更けてくると吹さらしのホームの空気は冷え、冬の分厚いコートが恋しくなる。俺は鞄のない方の手をポケットに突っ込み、山咲に聞こえないように今日何度目かの溜息を吐いた。

 「あなたは僕を庇って、宇積さんより百万倍偉いと言ってくれた。あの時は本当に嬉しかった」
 ぽつりと、隣に立つ山咲が前を向いたまましゃべりだした。
 「レジで僕を褒めてくれた。これも嬉しかったです。田口さんに褒められるのが夢でしたから。でも僕は、本業の分野で田口さんから褒められたいし、いろんな意味で僕にはあなたを諦めるなんて出来ない」

 アイボリーの春物のコートを着た山咲が、思いつめた目で俺の横顔を見つめるのを感じる。
 優秀な後輩に仕事で褒められたいなどと言われては、嬉しく思わないでもない。だが、耳触りのいい返事を返してやることができず会話は途切れたままだった。
 電車の中でもお互い黙って過ごし、下車駅で他の客と共に降りた。
 
 「君の気持ちに応えられなくてすまない。でも、レジに立っている時の君の笑顔はすごくいいと思った。これは本当だ。ミラクルでも元気でがんばってくれな」
 重苦しくなりはじめた沈黙を断ち切るように別れの挨拶を押し付け、山咲に背を向ける。
 改札を抜けた俺を少し慌てた声が引き止めてきた。
 「待ってください。どうせ田口さんと同じマンションなんです。帰りながら話をしましょう」
 「え?まさか君、あのマンション借りたの?」
 「下の部屋がちょうど売りに出ていたので、買いました」
 「買った?」
 呆気に取られ、さぞ間の抜けた顔をしているだろう俺をロックオンした山咲が口の端で笑う。
 「手を抜かないと言ったでしょう。僕は几帳面な性格なんです」
 客と店員という枠と共に、先輩後輩の枠も一緒に取っ払われてはいないだろうか?
 「・・・知ってるよ」
 「さあ帰りましょう、田口さん]
 マンションに向かって歩き出した山咲の声音は嬉しげで、心なしかハンターめいた物騒な響きが混ざっていた。





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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学