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紙魚

Author:紙魚
近畿に生息中。
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長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
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Category: レジ男

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レジ男 6
レジ男 6

 「僕にチャンスをくれませんか」
 「チャンス?」
 人影もまばらな帰り道、大人しく隣を歩いていた山咲が唐突に切り出してきた。
 「確かに僕の容姿は田口さんのタイプとは程遠いかもしれない。でも、笑顔がいいと言ってくれた。田口さんは僕の手とか、性格にも好意を持ってくれている。違いませんか?」
 お前はプロファイラーか? と突っ込みを入れたくなる。
 確かにバーガーショップにいる間、俺は山咲の手から目が離せなかった。正直、動きが繊細で丁寧なレジ男の手が、もし自分を抱いたらどんな風に扱うのかと想像したこともあった。
 
 「もう変化は起こっているとは思いませんか。手の次は手首。次は腕、髪とか耳とか・・・順々に好きになって、最後は僕の全部を好きになって下さい」
 いかにも、山咲らしい順序立て整頓された考え方に、俺は思わず笑ってしまった。
 「そんなに簡単にはいかないよ。気持ちなんてコントロールできるものじゃないんだし」

 心は、ままならない。だからこそ良平の浮気に悩みながらも、別れる事が出来なかったわけで。今でも、会社で良平と顔を合わせるとチクリと古傷が痛むし、復縁を仄めかす言葉につい絆されそうになる時がある。
 前方にシャッターの閉まったスーパーヤマヤが見えてくる。
 ほんのちょっと前まで、あそこで赤いエプロンをつけレジを打っていたパートの青年が、いま自分に業界トップの企業へのヘッドハンティングを持ちかけ、おまけに告白までしてくる。
 世の中って、一体どうなってるんだ?
 
 「あれは、君の?」
  引越しのトラックがマンションの入り口を塞いでいる。
 「いえ、僕の引越しはもう済ませてあります」
 ああ、手は抜かないんだっけか。なんでもきっちりこなしそうな山咲が本気になったら、さぞ鬱陶しそうだ。しかも、同じマンションって・・・重い溜息が漏れた。

 「田口さん」
 呼ばれて振り返った唇を塞がれる。
 「すみません」と「好きなんです」を繰り返しながら、少し離れてはまた名残惜しそうに山咲の唇が吸い付いてくる。スーパーの棚卸しの成果だろうか、身を躱そうとすると見た目以上に力のある腕が余計力を強めてくる。
 トラックの後ろから引越しのスタッフの影が見え隠れし、焦って教えようと開いた口に舌が侵入してきた。暗がりにいる自分たちに気がつく者はいない。
 やんわりと舌を絡められ、かくんと膝の力が抜けた。
 思えば、良平と別れてからずっとご無沙汰だった。ヤバイ・・・・気持ちよくなってきたじゃないか。

 「お前ら、そんなとこで何してんだっ」
 聞き覚えのある怒気を含んだ声に、硬直した背中を乱暴に引き離された。
 「良平・・・・?」
 鬼瓦より猛々しい仁王の形相で、良平が立っていた。それを見て山咲がくすっと鼻で笑う
 「まさしく、仁王立ちですね。お久しぶりです、宇積さん。その節は、どうも」
 レジ男・・・じゃなかった、山咲。なんでそうとり澄ました笑顔で秘孔を突く。
 
 「おい、レジオトコ。人のモンに手ぇ出すなんざ、いい根性してんじゃないか」
 「残念ですが、僕はもうレジは打っていませんし、田口さんはあなたのものでもありません」
 良平は猛々しく吊り上がった目で山咲を見据えた。
 「お前の事は、あの後すぐ思い出したぜ。青二才の癖しやがって瑛介に近づこうとした不届きな野郎をなっ。ガキが百万年早えってんだっ」
 「浮気を繰り返して、田口さんを悲しませることしかしなかったあなたに、言われたくありませんね」
 「寝ボケんな。俺はそれ以上に瑛介を可愛がって、悦ばせてたっつうんだよ! そうでなきゃ、4年も付き合えるわきゃねえだろう!」
 「良平っ! ここをどこだと思ってんだ、口を慎めっ!」
 「田口さんは、もうあなたとは別れたんですよね。顔だけでなく性格までしつこいなんて、最悪の極みじゃないですか」
 少なからず良平に恨みのある山咲のセリフにも手加減がない。
 「このクソガキ、もう一回言ってみろっ!」
 仕事帰りのマンションの住人が、チラチラとこちらを伺いながらエントランスに入ってゆく。最悪だ。
 泥沼化したゲイの愛憎劇なんか人ん家の玄関先で繰り広げられても迷惑なだけだ。俺なら絶対いやだ。サカリのついた猫よろしく、ベランダからバケツの水ぶっ掛けて、他所でやれと怒鳴ってやるところだ。
 いや、きっと猫にはやらないだろうけど、ゲイにならやる。節度をわきまえないゲイは嫌いだ。そんなのと、俺を一緒にしてほしくない。
 だが住人が俺なら、ドロ沼の中心も俺。ついでに、怒りで痛むこめかみを押えているのも俺だけど。

 「あのおー。お取り込み中すいません。大きな家具の配置を決めてもらいたいんですけど」
 目眩を起こしそうになったところで、引越し業者のユニホームを着た若い男が怯えながら声をかけてきた。
 「ああ、配置は任せるから、適当に放り込んどいてくれ」  いかにも良平らしい返答だ。
 不機嫌が迸る良平の顔にびびった若い男はカクカクと頷き、逃げるように走り去った。俺もこの場から走って逃げたい。

 「まさか、あの引越しは良平のなのか?」
 「おお、今日からお前の上の住人は俺だ」 
 マジか・・・よ?
 業者のトラックから、見覚えのあるベッドが運び出されている。生々しい記憶と、とんでもない現実に俺は挟まれ、赤面しながら青ざめた。いや、実際に顔色が赤青マーブルになっている訳でも、混ざって紫色になっているわけでもない。そういう心境ってだけで。
 ただでさえややこしい事になっているのに、このうえ良平までやってこられたら。俺のキャパは完全に崩壊する。やめろ、頼むからやめてくれ。

 「本当は、お前の部屋に直接引っ越すかって思ったんだけどな。まあ、近々そっちに越すから、そのつもりにしとけよ」
 「なに考えてんだっ、冗談じゃない!」「図々しい人ですね」
 二つの声が重なった。
 良平の目がギロリと山咲を睨み、ぐわっと口を開ける。まさか、火を噴くんじゃないだろうな。
 「ガキ、お前が人の事言えるクチか? 図々しいのはどっちだ。メールコーナーの瑛介の下にある山咲ってお前だろう」
 ふたりが、隣人にならなかっただけラッキー、と思うべきなんだろうか?
 山咲の整った顔に、冷めた不敵な笑いが浮ぶ。良平も仁王の口元をニヤリと歪めた。
 俺は思わず片手で顔を覆い後ずさる。もうこの先を見たくない。お前ら、怖すぎる。

 「ま、お前に勝ち目はないけどな。こいつの嗜好はどういう訳か、俗に言うイケメンってヤツは弾いちゃうんだよ。同属嫌悪ってやつだよ。なあ、瑛介」
 言いながら良平が逃亡を図る俺の肩に腕を回し、その手で顎の辺りを撫でた。
 「手どけろ、良平。それと勝手なこと言うな」 
 「本当のことだろう? お前、今でも俺の顔が好きなんだろ。俺の顔を見る時、視線が蕩けてんの俺が気付いていないと思ってんのか?」
 ヤメテクレ・・・・。良平が赤面する俺の側頭に、軽く音を立て唇を押し付けた。
 「ほらな」 何が、ほらなだ。

 「独りよがりな事言わないでください。嗜好なんてきっかけさえあれば、いくらでも変わるんですよ。僕が田口さんの中にイケメンも嗜好に入るシステムを構築して見せます」
 「けっ! 自分でイケメンって言うかよ。おい、レジオトコ。人間はな、お前の大好きなコンピューターとは違うんだよ! そう簡単に、人の気持ちや嗜好が変わってたまるかってんだ、このパソコンレジオタク野郎。俺は入社式でお前が瑛介にキモイ視線向けてるの見た時から、テメェが大っ嫌れぇだったんだっ」
 良平の言葉にも一理ある。だがこの男は、俺たちの会社がそのパソコンオタクたちが開発したシステムに食わせてもらっていることを、理解しているのだろうか?
 瞬時にツッコミどころを見つけた山咲の、意気揚々と開きかけた口を俺は掌で制した。

 「2人とも、こんな公道でいい加減にしろ! いい大人が、みっともないだろうが」
 悲しいかな。そこには俺も入っている。
 睨み合う最高に好みの鬼瓦顔と、完璧に整った端麗顔を眺めながらこの先の鬱陶しさを想像し、俺は深海より深い溜息を吐いた。
 
 山咲と乗り込んだエレベータが4階で止まった。悔しそうに足を鳴らした良平は、引越し業者につかまっている。
 「4階だけど、降りないの。君の部屋階なんだろう?」
 早くひとりにしてくれないか? きっと俺の顔にはそう書いてある。もし読めなければ、顔に極太マジックで書きたいくらいだ。
 
 「田口さん」
 「え?」
 先に降りる山咲のためにドアの開ボタンを押して待つ俺に、山咲がふわりと腕を回してきた。
 「田口さん、僕は本気です。お願いですから、僕にチャンスをください」
 それだけ言うと背中を抱きしめる力が一瞬強まり、その後すっと離れて山咲は外に出た。切羽詰まった、そのくせ静かな猛獣の目で俺を見つめる山咲。
 二人の間でエレベータのドアが閉まった。
  
 

 あれから3ヶ月。毎朝、2人にエントランスで待ち伏せされ、3人で電車に乗る。
 まるで小学生の集団登校だ。
 片方が部屋にやって来れば、もう片方も嗅ぎ付けて牽制しにやってくる。鬱陶しいことこの上ない。
 
 「お前ら、俺なんか待ってないでさっさと会社に行けよ」
 「そうですよ、宇積さん。先に行かれたらどうですか」
 「お前こそ職場も違うんだから一人で行け。おぉっと、お前の行き先はそこのスーパーだったな? そんな畏まったスーツなんか着てないで、さっさとエプロンに着替えて来いや。あ、おいっ瑛介!?」

 バカバカしくて、付き合う気にもならない。
 ひとりで歩き出した俺の後ろを、恐いのときれいなのが嫌味のラリーを展開しながらついてくる。
 部屋は上下に挟まれ、日常生活は左右に挟まれる。
 こんな毎日にも慣れつつある自分自身に、危機感を覚える今日この頃だ。

 <おしまい>





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あとがき

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テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学