BL・MLに関心の無い方 18歳以下の方はご遠慮くださいませ。大人の方の自己責任においてのみの閲覧を お願いします。


プロフィール

紙魚

Author:紙魚
近畿に生息中。
拙い文章ですが、お読み頂けましたら嬉しいです。


紙魚は著作権の放棄をしておりません。当サイトの文章及びイラストの無断転写はご遠慮ください。
Copyright (C) 2008 Shimi All rights reserved

*お知らせ*
長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
参加ランキング
FC2カウンター
*
検索フォーム
QRコード
QRコード
27

Category: ラッシュアワー(全6話)

Tags: ---

Comment: 5  Trackback: 0

ラッシュアワー 1
 

― ラッシュ・アワー1 ―
 

君、名前は?

俯いた耳に届いたそのしっとりと澄んだ声を最初は空耳かと思った。
もう一度、
「なんていうの?君の名前」
今度は、はっきりと届いたその声にハッと顔を上げる。

 目の前には顔・顔・顔・顔・・・・どうやったら、これだけ同じ顔が集められるのか。
安全確認のため視線を走らせると、朝のラッシュ時、過剰に乗車させられた客達の不満、忿懣、イライラを滾らせた顔のいくつかと目が合った。どの顔も、「売られたケンカは買うぜっ」、とばかりに殺気立ったオーラを身体から陽炎のようにモアモアと発している。
 慌てて目蓋を伏せ視線を逸らす。
 森で猛獣と出会ったら目を合わせてはいけない・・・都会だって同じだ。

 発車の短いメロディーが鳴ると、更に全身に力を込めて乗客を車内に詰め込む。
 スシ詰めとは、よく言ったものだ。
 入社後の研修の一環として、この駅に配属されてもうすぐ2ヶ月が経つが、最近この朝の異常な密度で客を詰め込み走る電車が、箱寿司の木枠に見えてきて仕方がなかった。銀シャリを枠の中に入れて、中板でギュウっと圧して中身をぎちぎちに詰めていく。表立っては言えないが、まさにそんな気持ちで毎朝、オレたち・・・いやオレだけか?は乗客たちを電車の中に詰め込んでいる。

 もちろん、お客様は神様だ。定期代を会社が払おうが、本人が払おうが、強奪したり拾った切符で乗ろうが、目の前に並ぶ無愛想な顔たちがこの時間俺の神様となる。
オッサンが暑苦しいからといって、ピンヒールの踵が足の甲に足骨が折れそうなくらいメリ込んだからといって、足蹴に詰め込むわけにはいかないのだ。
掌と肩と胸でありがたく、優しく、そしてあらん限りの力を込めて強引に押し込んでゆく。

「ちょっと、駅員さんっ!バッグが引っ掛ってんのよ。ドアが閉まっちゃうじゃない。早く中に入れてってば!」
「あ、はいっ」

 苛立ちで爆発した甲高い女の声に視線を下げると、ヴィトンの赤い光沢のあるエナメルの鞄が、灰色の岩場に咲いたビビットな赤い毒花のように、ニョキっとはみ出していた。それを、メタボな腹と腹の間に押し込んでいると、すうっと顔の輪郭を撫でる冷たい感触がして、驚いて頬を押さえて飛び退った。
 タイミングよく鼻先でドアが閉まる。

 ドアが閉まる前の、その一瞬の間、その15センチほどのほんの隙間にオレは自分を見下ろす涼やかな顔と目が合った。他の乗客が一様にグレーの戦闘服で満員御礼状態に不快感を顕にする中、その顔はひとり薄いベージュのスーツに身を包み避暑地にでもいるかのごとく、爽やかで寛いだアンバーの瞳に微笑を添えて向けてきていた。

 いまの声と手は彼のものだろうか?

 頬を押さえたまま、ホームに立ち竦んでいると、すぐ次の電車が入ってくる。
乗車待ちの列の後ろに慌てて戻り、バイトと目配せをしながら再び客を詰め込んでいく。毎朝夕と繰返される戦争のような時間と昼間の改札業務に忙殺され、その朝のささやかな出来事はあっという間に日常にかき消され、忘却の彼方へと追い遣られていった。

 微笑むアンバーの瞳も、言葉の内容も、その問いかけ自体が持つ意味も失い、ただ涼やかな声音だけが耳底に張り付いた。

      君、名前は?

 やがて耳底に張り付いて蒸発してしまったかと思われた声音は、知らぬ間に皮膚から体内に滑り込み、感情が希薄だと人から指摘されるカラカラと乾いた心に秘めやかな痺れを呼び起こしながら、掻痒感を伴った小さな粒となって躯の芯へと落ちていった。





次話→

Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

01

Category: ラッシュアワー(全6話)

Tags: ---

Comment: 9  Trackback: 0

ラッシュアワー 2
 ダイエットに失敗したダックスフンドのようなその男は、ベンチの背凭れにだらしなく長い胴体を持たせかけ、酒で充血しドロドロに濁った目を重たげに持ち上げた。

「だからねぇ、駅員さん 俺はねぇポンちゃんを、すんごっく愛してたんだよおぉ」
終電も近い深夜、カメラからも死角のホームの端っこのベンチで、その男はくだを巻いていた。これで6回目、1/2ダース分の知りたくもないオヤジの自棄酒の原因を聞かされた。
 なんでも、不倫相手に捨てられたらしい。
 まったくもって、どうだっていい話だ。

 手を貸そうものなら脳天からゲロを浴びそうな親父の泥酔ぶりに、オレはお手上げついでに両足も上げてしまいそうなほど途方に暮れて、オヤジの傍らに立ち続けた。
そもそも、なんでそのポンちゃんはこんなおっさんと付き合ったのか、そちらの疑問が先に立つ。

 7月に入り気温も上昇するにつれて、この手の性質の悪い深夜の酔っ払いが増えて来た。終電間近のホーム立硝は皆から毛嫌いされ、そのお鉢は当然のようにペーペーの新入社員に回ってくる。内心、チチッと舌打しながら、ベンチに座り込んだ男の酒焼けした赤ら顔を屈んで覗き込む。
酒臭い息をダイレクトに吸い込んで、ブッ倒れそうになった。

「お客さぁ~ん、気持ちはわかりますけどね、こんな所で寝ちゃったらさ、風邪引いちゃうしさ、家に帰りましょうよ。ね。」
 なるべく刺激しないよう言葉を選び、営業用スマイル心配バージョンもおまけしてやる。
 オヤジはドロリと濁り蕩けきった視線を向けてきた。
 目が死んでる。
 心の中で、盛大な溜息をついた。

 こっちはお前が飲んでいた時間も働いてるんだぜ、勘弁してくれよ。
 連続48時間勤務2日目の疲労が堆積したイライラで人格崩壊寸前まできてるってのに・・・
 この後の始発までの仮眠が死ぬほど恋しかった。早いとこ、この酔っ払いをオレの縄張りから追放して怒涛の一日を終わらせ、ちょびっと汗臭い仮眠室の布団に潜り込みたい。

 立ち上がらせようと仕方なく差し出した手をガシッと掴まれて、あっと思う間に逆にグイと引っ張られた。ベンチの背凭れに背中ごと両腕を押し付けられ唖然とする。
 衝撃でホームに落ちた帽子を追って立ち上がろうとしても、酔っ払いの馬鹿力に押されて身動きが取れない。ホームを転がる帽子のすぐ側に客の吐いた痰を見つけて真っ青になった。
「お客さん離して下さい!!」
「アレアレ~、お帽子取ったらお兄ちゃん結構可愛い顔してんのね~、そうだ、これからおじさんと一緒にのみにいこっか」
 ……ハ?
「僕は、今日当直なんで、無理ですから!!お願いですから、離してくださいっ」
 冗談じゃない。”ポンちゃん” なんて、惚けた仇名の女の替わりなんぞにされてたまるか。
 怒りが頂点に達して、身体が小刻みに震えた。この制服が無かったら、確実に蹴り倒していたに違いない。酒臭い息を今度は真正面からぶっかけられて心の中で罵倒するも、目は切実に帽子の安否を追っている。
 その帽子が、ふっと空に浮いて移動し、長い指の付いた手に汚れが払われるのを瞬く目で追った。

 続いて水の零れる音と、顔に当たる飛沫で我に返った。
 目が覚めたのはオレだけでなく、目の前のオヤジも頭にエビアンを浴びて目に僅かな正気が戻り、それと同時に勢い良く立ち上がった。
 なんだ、立てんじゃねぇか? 呆気にとられる俺の前で、オヤジは威勢よくがなり始めた。

「テメェ、なにすんだよぉ!! 水なんざぁ人に掛けやがって」
「相当、酔ってらっしゃるみたいなので、醒まして差し上げようかと思ったんですが? あ、エビアンのお代は結構ですので」
 涼やかで心地の良いその声にオレの中の何かが目覚め、鼓膜と一緒に共鳴して震えた。

 見上げると、オヤジより遥か高い位置で清涼感のある整った顔がニコリと笑う。
「なにを! この青二才が生意気言いやがって」
 その男は酔っ払いオヤジの鈍い拳を軽々避けると、スッとオヤジの襟の社章を指差した。

「大手銀行さんが、こんなところで正体も無くすほど酔っ払い、管を巻いて男性駅員を口説いていたなんて。あまり耳障りの良い話ではないですね」
「あぁ? アンタっ、何が言いたいんだ!」
「あなたの上の方がこれを知ったらなんと思うでしょうかね。そういえば・・・御社は先日、随分と思い切ったリストラを発表されたばかりでは?」

 オヤジは、赤い顔を今度は真っ青に変えた。”大手” の威厳を保ちたいのか急に真顔になり、ひとつ咳払いを落として、今までの醜態が信じられないくらいしっかりとした足取りでそそくさと去っていった。

「まるで信号みたいだ、切り替えの早さが素晴らしい。ホレボレするな」
 切れ長の瞳が瞬く横顔がオヤジの後姿を見送りながら呟くと、数日前の朝と同じ爽やかな微笑を向けてきた。オレはまだ、半分ずり落ちかけた無様な格好のままベンチに貼り付いている。疲労困憊で立ち上がる気力も湧いてこない。
 眼球だけで、秀麗なその顔を見上げた。
 男の瞳から、すうっと笑いが消え、媚を含んだ流し目に変わる。

「襲ってほしい?」
「は?」
 聞き間違いだろうか?
 見事な読心術を披露した男は、すっと手を差し出してきた。
 手を引いて立ち上がらせてくれ、男はオレの頭に帽子を被せると耳元に唇を寄せる。

「オヤジ2号登場。君を口説いてるんだけど?」
 男の舌が、耳の中に侵入してきて、耳殻の中の凹凸を舐めあげた。
 自分の眼が驚いて最大限に開いた事を自覚した時には、舌はもう耳から去っていた。
 後には涼しげに澄ました顔がオレを見下ろし微笑んでいる。

「朝には上がれるんでしょ? 10時に駅前のロータリーで待ってるから」

 全ては、カメラの死角での話。
 躯の芯近くに落ちた小さな粒から熱い小さな火花がチリチリと爆ぜ始めた。




←前話           次話→

Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

24

Category: ラッシュアワー(全6話)

Tags: ---

Comment: 8  Trackback: 0

ラッシュアワー 3
 今朝も、オレは電車型の枠の中に客を押し込んでいる。
 ぎゅうぎゅう詰めの客の身体の間からすうっと手が伸びてきて俺のポケットに小さな紙片を落とし込むと、また灰色と紺色の縒れた生地の合間に消えていく。
 まるで異次元ポケットから腕が生えてきたみたいだ。

 発車のメロディと共に電車から離れ顔を上げる。そこにはいつもの涼しい顔があり、ドアが閉まると同時にいつもと同じく俺の視界からかき消えた。ポケットから紙片を取り出しさっと見て掌で丸めポケットに戻す。

 『夜勤明けお疲れ様です。19時 ロータリーで待っています。』

 整った几帳面な文字が並ぶ。
 必要事項の前にワンフレーズが付くところが品の良い人柄を示す。

「調子が狂うな」

 初めてプライベートな時間に会ったその日に俺たちはベッドインした。
 即物的なゲイカップルの逢瀬。
 別に、珍しい事ではない。ましてや、オレ達はカップルですらない。
 俺たちの関係に強いて名前をつけるなら、セフレというヤツだろうか。
時間が合えば、会って躯を重ねる。食事する時もあれば、深夜のバーで待ち合わせそのままホテルへ直行することもある。

 使うホテルは決まっていて、最初に行った海辺のホテルか、街中にありながら木々に囲まれた静かなホテルかのどちらかだった。どちらも質がよく申し分ないが、どちらかと言うとこじんまりしたホテルで、こういうホテルの方が却って値が張ったりする。一度、お手軽で安価なソレ用のホテルは使わないのかと尋ねたことがあるが、利用した事がないという返答にお互いの住む世界のレイヤーの違いを感じた。

 質の良い服、食事、ホテル、何一つとっても自分とは対岸にある男なのだと思った。
 多分、もっと会話を掘り下げれば、価値観も習慣も生まれも環境も根こそぎ自分の想像すら及ばないところにいる人間なんだろう。
 つまり、アレだ。
         エイリアン[alien]。
 未知なる生き物、オレ達の共通言語は性行為って訳だ。
 エイリアンは、なかなか気遣いの出来るヤツらしく、会う時間は普通のサラリーマンとズレている、平凡な人間のオレの勤務時間にあわせて時間を調節してくれる。

「どうして、オレに声を掛けたんです?」

 ホテルの庭に設えられたテーブルにエイリアンと向かい合わせで座っていた。
 オイルキャンドルの明かりの中、目の前の大きな白い皿の真中に、お上品に盛られた”空豆と海老のサラダ”をフォークで刺そうとすると、ドレッシングで空豆が滑って、エイリアンの皿の上にポトンと落ちた。

 エイリアンは少し目を大きくすると、その鮮やかなグリーンの空豆を自分のフォークで刺しついでに小エビと、サラダの上に載っかった黄色い豆の花を突き刺して、俺の前に差し出した。オイル系のドレッシングのからまった、豆の緑と海老の赤、黄色い花びらが俺の食欲を誘う。
 オレは一瞬躊躇ったが、周りに目を配せすると素早くフォークにパクついた。
 旨い。問題は量だけだ、少なすぎる。

「顔に、誘惑OKって書いてあったから」 なめらかな声が答える。 
 唐突に答えられ、一瞬何のことか失念していたが、自分の放った質問を思い出し、思わず手で顔を押さえた。その様子に、涼やかな目が細まって、微笑む。
 そんなもの欲しそうな顔をしてたんだろうか、オレは・・・・
 次のエイリアンのセリフにオレは、鼻白んだ

「君はね、人恋しそうな顔をしていた」
 
 エイリアンは、苗字を三沢といった。
 だがそれも、ホテルで『三沢様』と呼ばれるのを聞いて、『三沢』というのか、と思ったのみで2ヶ月もこの関係が続いているのに、お互い下の名前は知らなかった。
 最初に、抱きたいか抱かれたいかを聞くと三沢は、まずは抱きたいと言い、そのままオレは抱かれ続けている。もし、オレが抱きたいといったら、三沢はこの綺麗に筋肉のついた、柑橘系の花のような匂いのする肌理の細やかな肢体を、オレに抱かせてくれるのだろうか?

       「君、名前は?」

 あの日以来、三沢はオレの名前を訊かない。
 2人で会うときは、いつも車で現れるくせに、毎朝通勤電車に押し込められながら、涼しい笑みを送ってくる。

 今も、その涼しい余韻を残してドアが閉まった。雑多で殺伐とした時間の中で三沢の周りにだけ、他とは違う緩やかな時間が流れているようだ。思わずつられて笑みを返しそうになり、一斉にこちらに目を向ける複数の客と目が合って慌てて咳払いをして誤魔化す。

「調子が狂うな」

 あと一ヶ月で駅務掛の研修が終わる。そのことは、三沢には話していない。
 なぜ、オレは話さないんだろう?
 携帯番号も教えあわず、どこに住んでいるのかも知らない。
 朝、三沢が寄越してくる紙片だけが俺たちを繋ぐ。
 研修が終わってこのホームに立たなくなれば、オレ達の些細な関係なんて簡単に消滅してしまう。

 今朝もオレは、三沢をのせた電車が小さくなって消えるのをぼんやり見送った。



←前話        次話→

ラッシュアワー1 ・ 

Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

26

Category: ラッシュアワー(全6話)

Tags: ---

Comment: 11  Trackback: 0

ラッシュアワー 
「シャワーにいっておいで」
 左右の肩甲骨の間に唇が落とされた
オレをいたわるような柔かい唇が、行為が終わったことを合図してくる。
いつもはこのキスの後すぐに事後処理をするためにシャワーを使いにベッドを離れた。

 今夜はいつまでたっても起き上がらないオレを、熱の残った躯が寄り添うように抱き寄せた。三沢の手が何度もオレの髪を撫でる。

「きれいな髪だね。本当は今のままのほうが好みだけど、もう少し切った方がいいかな」
 少し癖のあるオレの髪が三沢の指に絡みついては、するりと解ける。
 そんなに撫でられたら、三沢の指の間で髪が蕩けてしまいそうだ。

「職場の上司から、顔を合わせるたびに同じ事言われてるよ」
「綺麗だって?」 
「違う、切れって」
 駅長の川島に「髪が綺麗だね」なんていわれた日にゃ、天地がひっくり返ってすし詰め電車も空を飛ぶってなもんだ。全く、気持悪りぃったら。

 顔を顰めるオレの項に三沢が鼻先を突っ込み楽しそうに笑う。三沢の吐息がオレの躯に新たな熱を撒き散らした。その熱に、更にオレは眩惑され狼狽する。

 逢瀬を重ねる度、肌を重ねる度、オレの”躯だけ”を知り尽くした唇と掌は心を含めた俺の全てを震わせる。この苗字しか知らないエイリアン男は抗いようの無い引力でオレを惹き付ける。
 それは、同性同士の関係の継続に懐疑的で、この関係を研修期間の間だけと割り切ろうとする俺の首をゆるゆると絞め上げていった。今まで付き合った相手にこんな感情を抱いたことは無い。誰かに心奪われるなんぞありえない、真っ平ゴメンだ、そう思ってきた。

 明後日から、本社の総務部への配属が決まっている。
 研修は今日で終った。オレがあのホームに立硝で立つことはもう無い。

「この関係さ、いつまで続けるつもり?」
 何でこんな質問をしてしまうのか、どんな答えを欲しているのか、自分でもわからなくなる。三沢が小さく息を吐いた。
「君は、いつまで続けたい?」
 お互いの素性を知らないオレと三沢は、ほんの少し引っ張れば切れてしまう細いリールで繫がっている。『いつまで』と、自分が放った問いをそのまま返されて、俺は返答に窮した。

 オレにとって、この関係は時間や期間の問題ではなくなっている。
 三沢のことをもっと知りたい、下の名前、年齢、携帯番号、三沢にももっと自分に興味を持ってもらいたい。
 自分らしからぬバカげた欲求に、自分で戸惑った。自分の望みとは裏腹な問いが口を吐く。

「オレがもし、今日でお終いにしたいって言ったら?」
 髪を撫でている手がピタリと止まる。
 安っぽい駆け引きを口にする自分が、堪らなくイヤになる。こんなのはオレじゃない。
 オレは、三沢の腕の中から身を起した。
「シャワー、いってくる」

 いつもなら、もう一度ベッドに戻って朝まで眠るところを、帰り支度を始めたオレに三沢が問いかけの視線を寄越す。
 身支度を整えて三沢を振り返った。
「オレ達って、後腐れの無い関係だよな」 ・・・やめろ、オレ。
 ベッドに座った三沢が立てた膝に頬杖をついてオレを見上げている。
「そうかな?」
 三沢の惚けたような態度がオレのイライラに油を注ぐ。
「オレ達の関係なんて、朝、会えなかったらそれでお終いじゃないか。
もしあんたが俺を切りたくなったら、あの電車に乗るのをやめればいいだけだろう?」
 オレは、はっと詰まる。
 自分で言った核心をつく言葉にたじろいだ。そうだ、オレは自分が切られることを恐れていた。

「達彦?」
 俺の名前・・・・・ああ、制服の名札を見たのか。
 一瞬、何かを期待しようとした自分の胸の内に、いっそう惨めになる。

「サヨナラだ、『三沢』さん」




←前話        次話→


ラッシュアワー1 ・  ・ 

Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

28

Category: ラッシュアワー(全6話)

Tags: ---

Comment: 6  Trackback: 0

ラッシュアワー 5
 オレ達の間には何も無い、あるのは紙切れ一枚のメモと躯の関係だけだ。
 こんな不安定な感情は自分に向いていない。ぜんっぜん、オレらしくない。
 こんな関係、どうせ切られるなら、その前にこちらから終りにしてやる。
「もう、会わないから」
「達彦、待て・・・」
 驚いた様子で何か言いかけ、急いでベッドから降りて近付こうとする三沢から、逃げるようにして部屋を出た。


 ざわついた日常が戻ってきた。

「あれっ、タツヒコじゃん。久しぶりぃ、どうしてたんだよ?1人?」
 バーのカウンター席の隣に見知った顔が座る。
 同じ嗜好を持つ人間の集まる馴染みの店は座っているだけで、気軽に誘いの声がかかる。

「研修で、時間が不規則だった」
「タツヒコって、電鉄会社に就職したんだっけ?研修ってもしかして、駅員とか?」
「まあ・・ね」
「うっわ!見たかったなぁ~~タッちゃんの制服姿」
「そう言うと思って、研修の話は誰にもしてねぇもん。
お前らに言ったら、どうせ大挙して冷やかしに来んだろ?見世物パンダになるのはゴメンだね」
「ひっでぇな~~!いいじゃんよ、減るもんじゃなし」

 ウザイ・・・目の前の嘗てのセフレが、駅でクダを巻いてた酔っ払いと重なった。
 薄暗い店内のグラスの触れる音や、テンションの高い話し声、ざわめき、何をとってもささくれ立った気分に障ってくる。それらのものは少し前までは自分にとって、そこそこに居心地のいい空間だった。
 それが今は、実感の伴わないただの喧騒にしか聞こえない。
 つんと髪を引っ張られる気配に我に返った。
 一房持ち上げられた髪に鼻を近づけクンクンと嗅ぐ真似をされる。

「オーガニック系のシャンプーの匂いがする。どっかでもう、一戦交えてきた?」
 笑いながら、今から自分ともうひと勝負どうかと。オレの髪を弄ぶ手に、蕩けそうなほど何度も髪を撫でた三沢の掌の温度や動きが蘇る。
 三沢は今頃、木々に囲まれたあの静かなホテルの鳥の巣みたいに心地良いベッドで、ひとり静かな寝息を立てて眠っているのだろうか。
 三沢は不思議な男で、自分より年上で完成した大人の芳香を醸す癖に、その寝顔は無垢で無邪気な子供の顔をしていた。別れ際の驚いた顔や、大きなベッドの中でひとり子供の顔をして眠る三沢を想うと切なさが込み上げる。

 思いに耽る唇にバーボンの香りのする唇が重なった。

「ひょっとして、フラれた?」
「え、なんで?」
 自分がフった方であるにも拘らず、ズキリと重い衝撃を受ける。
「涙、出てる」
 ウソ・・。慌てて頬に手を当てると、指先が濡れた。勝手に身体が動いた。

「・・・・帰る」
「ふうん、そう。タツヒコからのコールなら、真っ最中でも大歓迎だから、いつでもデンワして」
 立ち上がったオレを、親指と小指を立てコールする真似をしながら見上げる元セフレの言葉に曖昧に笑って返し、店を飛び出した。

 タクシーに飛び乗り都会の隠れ家とも言うべき小さなホテルを目指す。  
 三沢は、あの象牙色のシンプルなドアを開けてくれるだろうか?
 そしてあの静かな笑みで、自分勝手な別れを切り出したオレを許してくれるだろうか?

 先のことなんてわからない。
 でも今はまだ、自分とは違う次元の空気を纏い、涼やかに笑う三沢を失いたく無い。
 初めて自覚する「恋心」は、得体の知れない焦燥感を伴い、胸を焦してゆく。

 タクシーの清算ももどかしく、フロントに飛び込んだ。
 深夜で間接照明のみに落とされた小さなフロントは磨かれた白色の大理石の床にカウンターが浮かんで見えちょっと浮世離れし幻想的な空間を醸しだす。
 深夜にも拘らず髪型から服装まで一筋の乱れも見せないホテルマンが一人、深夜の来客に驚いた様子で尋ねてきた。

「これは、三沢様のお連れの。何かお忘れ物ですか?」
「いえ・・・あの、三沢さんは?」
「三沢様は先程、チェックアウトを済まされ、お帰りになられましたが」
 大理石の床が瞬時に消えた気がした。現実味のないふわふわとした浮遊感を感じながらフロントカウンターに近づく。

「あの・・・三沢さんは、ここをよく利用されるんですか?」
「以前から、よくご利用いただいております。いつもおひとりでお越しになられるのですが、三沢様がお連れ様を伴われたのは始めてですね」
 嫌味のない静かな目でフロントに立つ男はオレを見た。
 ここを見張れば、また会えるチャンスがあるだろうかと思って尋ねたのだが、何を感じたか個人情報秘匿厳守が美徳のホテルマンの口から知りたい事以上の返答が返ってきた。
 ホテルを出て歩き出し、何気にポケットに手を突っ込んだ指の先の硬いものが触れる。取り出してみると、制服に付けていた駅員の名札だった。帰り際に返却するのを忘れていたらしい。

        『達彦?』

 三沢はいつも自分のことを『君』と呼んだ。
 初めて呼ばれた自分の名前は、『君、名前は?』と始めて名前を聞かれた時のように耳の底に貼り付いて消えようとしない。
 名札に目を落とし、違和感に立ち止まる。
 街灯に照らされたプレートには『真嶋』と苗字が書かれているだけで、三沢が”見た”と思っていた下の名前は載っていない。

 自分のことを話そうとしない三沢に、意地になって自分のことも話すものかと、名前やその他のプライベートなことは一切話していなかった。
 三沢の謎がまた1つ落ちてきて深まったが、今更、謎が1つ深まろうが、5つ深まろうが今となっては同じだ。

 三沢はもういない。

 来た道を振返れば、暗がりの中にホテルエルミタージュのエントランスの仄暗い明かりが生茂った木立を抜けて暗い道路に落ちている。
 目を離すと消えてしまいそうな心許無い光に、鼻の奥がつんと痛くなった。

 『達彦』

 絶対、オレは泣いてなんかいない。



←前話        次話→


ラッシュアワー1 ・  ・  ・ 

Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学