BL・MLに関心の無い方 18歳以下の方はご遠慮くださいませ。大人の方の自己責任においてのみの閲覧を お願いします。


プロフィール

紙魚

Author:紙魚
近畿に生息中。
拙い文章ですが、お読み頂けましたら嬉しいです。


紙魚は著作権の放棄をしておりません。当サイトの文章及びイラストの無断転写はご遠慮ください。
Copyright (C) 2008 Shimi All rights reserved

*お知らせ*
長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
参加ランキング
FC2カウンター
*
検索フォーム
QRコード
QRコード
18

Category: 翠滴 3 (全131話)

Tags: ---

Comment: 10  Trackback: 0

翠滴 3 前兆 1  (1)

       それで周(あまね)を救えるというのなら、俺は、世界中の男とだって寝てやる!!

 刺激的な内容もさる事ながら、聞き覚えのあるその声に広げていた経済新聞から顔を上げた。
実際は、目で文字の羅列を追うだけで、新聞の内容など全く頭には入っておらず、頭の中を締めていたのはまさに今、ホテルのロビーに響いた声とよく似た声の持ち主の事だった。

 ちょうど夕刻を迎えたホテルのロビーは、待ち合わせをする客や外国人の団体観光客に加え、自分達のように成田行きのエアポートバスを待つ者たちで、控えめながらも賑わいを見せていた。
 だが、ロビーは今、水を打ったように静まりかえり、総ての者が音も立てず、その音源に注目していた。

 凍りついた空気の中、ひとりよろめくように黒いレザー張りのソファーから俺は立ち上がった。
みなの注視の先はエレベータホールの入り口だ。こちらを向いて立つ背の高い男の姿と、男と向かい合わせに立つ細身の男の背中があった。
 背を向けた男は興奮しているのか小刻みに肩を上下させている。その背中が、今まで脳内にいた人物の背中と重なり愕然とした。

 痛いほどの視線を感じ、視線をずらすと背の高い方の男と目が合う。
見る者を釘付けにするほどの美しい相貌をもった男だ。ふと、その男の瞳が少し見開かれたかと思うと、次の瞬間不敵ともいえる表情で眇まりニヤリと笑った。

 あれは、間違いなく『お前を知っている』という意思表示だ。
 あの男は自分を知っている。
 男の手が自分より少し低い場所に位置する目の前の男の後頭部に掛かり、背中を向けた男と接吻けを交わした。ロビーにどよめきが上がる。若いカップルや外国人団体客から冷やかしの拍手を送るものもいたが、大半の者があっけに取られている。自分の傍に立つ年配の日本人老夫婦などは、額に青筋を立て顔を引き攣らせていた。

 男の視線は自分から逸れる事はなく、自分の目は深く繋がっているであろう接吻に夢中な後頭部から離せない。ようやく接吻けから解放された男が、緩慢な動作で後ろを振返った。
 その顔を見た瞬間、自分の身体が雷(いかずち)に打たれたように硬直するのを感じた。振返った男は、自分に気付くことなくその場に崩れ落ちた。その身体を易々と抱き上げた美丈夫は颯爽とロビーを抜け、こちらを振返ることなく地下駐車場に続く階段へと姿を消した。


「パァーパッ!」
 ざわめきが戻って、もの珍しい男同士の接吻に僅かな興奮を残しながらも、ロビー全体が落ち着きを取り戻し始めた頃、自分の足にじゃれつき呼びかける小さな声に、ようやく金縛りが解けた。
「かずちゃん、汚れたおててで触ったら、パパのお洋服も汚れちゃうでしょ?」
 背後からの、尖った呼びかけに振返ると、全身ブランドで身を包んだ硬い表情の女が立っていた。覇気のない顔が、単なるつき合いだとばかりに口角のみを吊り上げ笑う。

「あなた、成田行きのバスが着たわよ。行きましょう」
「由利・・・・」


 渡米後間もなく、妻子と暮らすマンハッタンの高層アパートの自室で、空港で見た男と再会した。その若さと人目を引く風貌で日本の大企業の買収に乗り出し、一種皮肉の意味も含んだ『メディアの寵児』としてTVに報道される件(くだん)の男を再び目にした時、自分の中で大きく流れが変わるのを感じた。

 4年前、俺は多大なる犠牲を払い、不変なる者を手に入れた。
 それは自分が如何に望もうとも手にいらないものの代償として、完全なる所有物として今も手の中にある。時折、見上げては無上の微笑を向けてくれる。だが屈託のない手の中の笑顔は、自分に忘れえぬ男の顔と苦しい未練ををより鮮明に思い出させた。

 ホテルのロビーで衝撃の告白を耳にしてから1年と半年、在籍するの弁護士事務所の国際的法事担当として、コロンビア大学のロースクールで学びNY州の司法試験を受け弁護士免許を取得した。NYで自分のスキルを最短で上げようと猛烈な勢いで勉強し、資格試験を受けまくった。その間も、時代の寵児として日本国中の注目を集め、あっという間にシップス&パートナーズの代表を降り、一切のメディアから姿を消した永邨 周を追った。

 永邨を追えば、その傍に5年前に手に入れることの出来なかった“彼岸の男”がいる。


「パパ?ここがトウキョ?これから何に乗るの?おじいちゃんの家に行くの?」
「和輝(かずき)、成田は千葉県だよ。おじいちゃん達のところへも挨拶に行くけど、それはもうちょっと先だね。さあ、今日から男2人だな。がんばろうな」
 屈んで拳を突き出すと、小さなグーの手がこつんと当たる。
「うん、男同士だ。僕、ママがいなくても平気。がんばろうね、パパ!!」
 子供に笑いかけると、小さな手を取り成田空港の到着ロビーを自分の目的に向けてゆっくり歩き出す。

 『男』にやるために諦めたのではない。
 お前が男でも愛する事が出来るのだと知っていたなら、諦めたりなどしなかった。
 由利に子供が出来たことを知らなければ、お前にあんな酷い仕打ちをする事など絶対なかった。
 だが、流れは変わった。
 どんな手を使っても、お前を永邨 周から取り戻す。
 そのために日本に戻ってきた。

       享一。


←前話           次話→

■前編のこのシーンへは 水底 1 からどうぞ。
翠滴 1 →
翠滴 2 →


Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

19

Category: 翠滴 3 (全131話)

Tags: ---

Comment: 10  Trackback: 0

翠滴 3 前兆 2  (2)
 空(くう)を見上げていた。
いや、睨みつけると言った方が正しいかもしれない。
睨みあげる先に、何がある訳でもない。ただ、星もなく月もない、ただの暗闇があるのみだ。
気が付けば、自分は中学時代の制服を着ている。持ち上げた自分の手は、見慣れた形より2廻りは小さい、少年の手であるのが見て取れる。

 自分がなぜ見上げているのか、享一にはわからなかった。
ただ、今の自分には、守らねばならければいけないものが出来たという思いだけが、空洞と化した自分の躯の内側を支え支配していた。それまで、時見 享一という人間を形成し庇護しくれていたものが、急に形を崩し消え去ってしまった後の虚無感に、中学生になったばかりの享一は、戸惑っていた。自分の感情を、どのように表現すればよいのかも分からず、困り果ててもいた。

 暗闇の中、すぐ背後で子供の泣く小さな声がして、心臓が跳ね上がるほど驚いた。
 弟だろうか?不意に小さな手が享一の手のひらを握り、ぎゅっと力を込めて握り締めた。湿った小さな手から熱が伝わり、享一も無意識のうちにその手を握り返す。その小さな温もりに、どうしようのない切なさが込上げる。

 この感情は一体どこから来るのか?緩く手を引かれる感覚に視線を下ろした享一の目から、涙が零れ落ちた。空洞だと思っていた躯の内側は、いつの間にか愛情とか喪失感、思慕といったわけのわからない感情が溢れ返り、出口を求めたそれらは透明な雫となって暗闇の中に落ちていった。

 すっと手のひらが軽くなり視線を落とすと、手の中にあった筈の子供の手は無くく、湿っぽい温もりだけが皮膚の上に薄く残っている。振返って見渡しても、自分を包み込む、したたるような闇があるのみだ。どこへ行ってしまったのだろうか?一体、何者だったのだろう?まだこの闇のどこかにいるような気がして、知るはずもない筈の子供の名前を呼ぶ自分の声で、目が覚めた。


 和紙を透した常夜灯代わりのスタンドの仄暗い灯りの中に、書院造の古い日本家屋の天井や障子の桟、珍しい幾何学模様の欄間が、ぼんやり浮かび上がっている。見慣れない光景にやっと、昨日から周(あまね)の実家である庄谷の屋敷に来ていることを思い出した。携帯を開くと、04:23と出た。

 隣には、美しい造形をもつ男が静かに目を閉じて横たわっている。
出会って5年が経とうというのに、出会った頃と変わらぬ引力で、いや、それ以上の強い力で自分を惹きつけ続ける。

 この男と、一緒に暮らしたら自分はどうなってしまうのだろう。きっと、自分を無くしてしまうくらいのめり込むに違いない。溜息を吐きながら、前髪を掻き揚げる額に金属のあたる感触を覚え、左手を見た。
ぬめるようなプラチナの起伏を戒めるかのように、翡翠の葉をもつ同じプラチナの蔓が巻きつく細かい細工の施された指輪が薬指に嵌っている。いつもは、存在を主張しすぎるこの幅広の指輪は、紅い絹の紐に通して首からかけているが、昨日、周と落ち合った際に周の手で薬指に嵌められた。

 昨日、この地。庄谷の里へ向かう道中で軽い諍いがあった。
 もう何度も同じ内容で話し合い、そしてその度、互いの意見が決裂して終わる。『好きすぎて、想いすぎて一緒に暮らす事が出来ない』、などという心理は、「もっと自分に溺れて、メロメロになればいい」 と、赤面もののセリフを恥ずかしげもなく豪語する男には通用しない。

 他にも、まだ記憶に新しいNKホールディングスの買収事件で、未だ周はマスコミから目を付けられている。視聴率に直結しそうな周の容姿と、一気に上がった知名度に目をつけたパパラッチの類のものだが、もうひとつまことしやかに囁かれるのは、買収時の違法性を問うものだった。後者に関してはかなり気になるところもあるが、周は買収の経緯その他一切を語ろうとはせず、背後から大きな力が動いているのか、今のところ買収時の裏事情が表面化することはない。加えて、神前雅巳の絡む話でもあることから、享一にとっても気持ちのよいものではなく、敢えて踏み込んで触れることはしなかった。

 大企業の乗っ取りを目論んだファンドの美貌の代表の恋人が男とあっては、折角落ち着いた騒動が、大衆の嫌悪と好奇を上乗せして再燃することは想像に易い。
周を守りたい。その気持ちが『一緒に暮らそう』と言ってくれる周から、また一歩自分を遠ざけていく。

 だが、今は柔らかい闇に包まれ、ここにこうして2人いる。
 美しく通った鼻梁や軽く閉じられた薄い大き目の唇に愛おしさが込み上げ、安堵に似た溜息を吐くいた。色彩を欠いた、周不在の2年をよく自分は耐えられたものだと思う。
立体的なカーヴを見せる睫は閉じたままで、その下の指輪に嵌った石と同じ色の瞳がある。目蓋が薄く開いて、その翠の宝石が現れる瞬間を息を潜めて待つ。詳細は思い出せないのに、言いようのない不安な気持ちの残る夢見の悪さを、濡れた翡翠を思わせる周の鮮やかな虹彩を見ることで払拭したかった。

 障子を隔てて秋の虫の声が聞こえてくる。透き通り始めた物悲しい秋の空気に、ただ周の体温を感じたくて、閉じた口角に軽く唇を押し付けた。すると、心にほんのりと明るい灯火が燈り、ここにこうして2人いることへの歓喜が沸き起こる。
ゆるやかな起伏をみせる目蓋は閉じられたままだ。起こさないように、吐息だけで囁いた。
「朝までは、お預けだな」
 朝になったら、夢の話を聞いてもらおう。だが、話すべき夢のほとんどが既に靄に包まれたように朧で、再び目覚める頃にはすっかり忘れていそうだ。

 もう一度、寝直そうと引きかけた手をいきなり強い力で摑まれ、心臓がドクンととびあがる。
眠っていると思っていた目蓋が天井を向いたまま突然開き、すうっと線を引くように光沢のある翡翠の瞳だけがこちらを向いた。
「俺は、朝までなんて、待っていられないけどな」
大きく息を吹き返した男が、完璧な美を取り戻し艶やかに笑いながら掴んだ享一の腕を引いた。



←前話           次話→

翠滴 1 →
翠滴 2 →


Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

20

Category: 翠滴 3 (全131話)

Tags: ---

Comment: 10  Trackback: 0

翠滴 3 前兆 3  (3)
 唐突に腕を引っ張られ、押し倒された衝撃に眉を顰めた。
 一言、「油断禁物」
 頭の上からそう言い放った男は、享一の両手首を敷布団の上に押さえつけ、一本取った、とばかりに嬉しそうに微笑みながら見下ろしてきた。寝巻きがわりの麻の混ざった紺色の浴衣が周(あまね)のシャープな輪郭や、きりりとあがった柳眉の下に穿たれた翡翠の双眸を持つ男らしい顔を引き立たせている。自分も、周の希望で色違いの浅黄色の浴衣を纏っていたが、着方が悪かったのか寝相に問題があったのか、袷も裾もだらしなく弛んで肌蹴ていた。いま、自分が周の目にどんな風に映っているのかを考えると、急に恥ずかしくなって顔を背けた。

「なんだよ、その油断っていうのは?」
「言葉の通り、享一には“隙”が多すぎる」
「・・・・何が言いたい?」
「別に」 

 聞き捨てのならない言葉に睨みつけると、惚け嘯いた唇が耳の後ろの窪みに忍び込んできた。
「もう一眠り、しようかと思っていたんだけど?」
「俺が目を覚ますのを、待っていたくせに?」
 吐息が耳朶を擽り、ぞわりと快感が背筋を這い上がる。

「気付いていたのか。いつから?もしかして、俺が起こしたかな?」
「いや、目が覚めたのは享一が、まだ眠っている間だ。うなされていた」

 項の柔らかい皮膚の表面を、焦れるような官能を埋め込みながら周の唇が移動する。
濡れた音と享一の荒い息使いが、仄暗い20畳の客間に響き、弱いスタンドの光の届かない部屋の隅に蹲る闇の中へ吸い込まれていくような気がした。

「あ・・・・ぅん・・夢を・・・・見たんだ」
「どんな?」

 唇が離れ、懇願の目を薄く開けると、間近で自分を見つめる翠の瞳に、瞬時に捕えられた。
こんな些細な瞬間にさえ、容易く魅了され虜にされてしまう自分が嬉しくもあり情けなくもある。
説明しようと、息を吐いた。だが、話すべきものが見つからない。

「それが思い出せない。ただ、今も胸騒ぎって言うか、胸がザワザワする感じが消えなくて」

 上手く思い出せないもどかしさが、享一の声を途絶えさせる。ふと、子供の泣き声が耳底に甦った。
それが、自分の中から聞こえたようでもあり、この築200年の古い屋敷の部屋の隅の闇かたら届いたようでもある。スタンドの光の届く範囲がじわりと、狭まった気がして、自分を小心者と嘲笑いながらも周の袖を掴む。

「子供の声がして・・・最初、幼い頃の弟の声かと思ったけれど、
あれは、喬(たかし)の声じゃなかった」
 でも、自分ははこの声を知っている気がした。一体誰の声だったか。
享一の思考は昇りかけた官能を忘れ、自分の記憶の襞を探るように、深く埋没していく。

「子供の声?」
「泣き声だった・・・」
 低く耳障りの好い周の声に呼び戻され、頭上の秀麗な顔に焦点をあわせた。
周の怪訝な表情に、自分が何か妙なこと言ったのかと見返すが、翠の虹彩に浮んだ複雑な表情はあっさり掻き消え、代わって熱の籠った瞳がニヤニヤと嗤う。

「僕達の子供の声かも知れませんね?」
 ・・・・真面目に話して、損した。
 周の指先が、先の愛撫で乱れた浴衣の襟をさらに広げ縁沿いに肌の表面を辿り、色付いた尖りの縁に合わせて円を描き始めた。抗おうと思った手は、既に周の膝の下に戒められている。
たった一点から生まれた小さな火花のような快感が、躯のあちらこちらに飛び火して、一斉に小さく爆ぜ始める。ゾワゾワと自分を煽り攪拌する指に嵌る周の指輪が揺れるたび、体内の火花に指令を出すようにスタンドの弱い光を鋭い光に変えて反射した。もどかしい熱に唇が戦慄き出す。

「くっ・・・ん!バカな、悪い冗談は止めろよ。大体、周は子供は嫌いだって、前に言ってたじゃないか?」
「何年前の会話を引っ張ってくるのやら。確かあの時、君の子なら別だ、とも言いましたよ?ですから、今から2人で子作りに勤しみましょう」
「詭弁師め」
「どうとでも」

 緑に燃える蠱惑の瞳が欲情も顕に笑っている。
 いつもこの調子で煽られ、周のペースに持ち込まれて、ほいほいと流されてしまう自分もどうかと思うが、嬉しく流れに呑み込まれるのも、また自分のだから始末が悪い。
いよいよ、唇の戦慄きが全身に広がり、躯中で火花が飛び散り全身が疼き始めた。

「悪趣味だ・・・それに、こんな時にその丁寧語は・・・狡いって、いつも・・・ぁ・・・ぅん」 
 反論にも力が入らず次第に立ち消え、何もかもが周に向かって開け放たれていくのを感じた。
頭の中を占めていたものは、とっくに流れ出しどうでも良くなって、取って代わった熱を放出することしか考えられなくなる。

「だから、使うのですよ、効果が無ければ意味かない。嬉しい事に、君には、効果絶大だ」
「意地が・・・いや、性格が悪い」
「なんとでもどうぞ。毎回易々と引っかかってくれるのは、誰でしょうか?ほら、ここに証拠が」
 楽しそうに喉を鳴らして周が答える。帯を解かれ袷を割られると、周の指摘通りの昂ぶりが露になり、恥ずかしさと情けなさで顔が熱くなった。

「性格が悪い」
八つ当たり気味にもう一度呟くと、下着に歯をかけた周が下からニヤリと笑ってきた。



<< ←前話  / 次話→>>

翠滴 1 →
翠滴 2 →

Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

21

Category: 翠滴 3 (全131話)

Tags: ---

Comment: 10  Trackback: 0

翠滴 3 タンジェリン ライズ 1  (4)

 指を口に含み歯を立てると、花弁の唇から小さな叫び声が上がった
 同性同士のセックスに対する禁忌感や背徳の意識を、乾いた泥のごとくその内側にこびり付かせ、倫理観や世間体といったものが捨てきれずにいる享一の情欲を徐々に煽り、剥き出しにしてゆく。
社会的な通念も背徳感も、一旦この腕の中に収まると忽ち消え去ってしまうような他愛もないものであるにもかかわらず、享一の頭に頑固なくらい根強く残っている。
一度開け放てば、どれだけ与えられようと満たされないとばかりに、まるで灼熱に焦がされた砂漠が水を吸い込むかのように周の与える熱を貪欲に求め、呑み込むのにだ。

 これだけ周を求めていながら、周と暮らす事を躊躇わせるものは何なのか?

 舌の先に、祝言の時、周が享一の指に嵌めた指輪があたる。あれから、一年半この指輪が普段、世間体を重視する享一の指に納まっている事はなく、いま、周の腕の中で狂おしげに仰け反り、快感に殺した声を上げ、艶かしく喉仏を上下させる首にかけられている。
自分の贈った緋色の絹紐に通されたプラチナのリングは、なめらかな享一の肌に映え、それはそれで気に入っていたが、所有をその意味に含む指輪は、やはり本来、納まるべき場所に嵌めさせたい。

 潤んだ享一の瞳の前に指輪の嵌った左手を掴んで翳し、わざと見せ付けるように指の間に舌を這わせ音を立て吸い付いた。指に舌を絡め、享一の躯に残る最後の服飾品を歯に挟んで指から抜くと、朱に染まった目元が更に色を増した。そして自分も享一の口許に左手の薬指を翳した。
「同じようにして下さい」
いかなる時も自分を惹きつけて止まぬ唇が、ゆっくりと開き、赤い舌が対のリングの嵌った指を招き入れた。熱い舌が絡み、歯が指輪を捉えたのを確認すると、指をゆっくり引き抜く。享一の唇の間でプラチナのぬめりを放つ指輪を、そのまま唇を合わせ享一の口腔内に押し込んだ。

 驚いた享一の躰が僅かにビクッと反応をしたが、指輪ごと周の舌を受け入れ、指輪は二つの舌の間で弄ばれながら互いの口腔を移動する。最後に、唾液塗れになった指輪を周の唇が挟み、畳の上に置いた享一の指輪の上に落とすと、澄んだ金属音が響いた。
「よく出来ました」
耳朶を食み労いの褒め言葉を囁くと、軽く眉を顰め、濡れた瞳が軽く睨んできた。
薄暗い明かりの中でも頬や項が染まっているのが見て取れる。

「気分を悪くしましたか?」
「どうにも俺は、いつも周の思惑通りに乗せられているような気がして仕方がない・・・・・」
 責める口調が一転して、表情を緩めた享一が、自戒を含めた目ではにかんだように笑う。
「これが、厭じゃないから、自分でも困るんだ」

 その言葉に周は闇も飛び散るぐらい艶やかに微笑むと、もう一度唇を重ねた。
指を絡め、享一の熱を煽り触れ合う皮膚から互いを混ぜ合わせていく。
 享一の口からは、揺らすたび熱を撒き散らす喘ぎのみがあがり、腕(かいな)は、より深く繋がろうと満身の力を込め絡み付いてくる。
 2人してエクスタシーの波に溺れ融合し一体になって堕ちてゆく。

 深く結びついている。そう確信しているのに、享一の中には自分も踏み込む事が出来ない場所がある。そこから生まれた懸念と恐れが享一の中に根深く突き刺さっている。
 畳の上でプラチナの滑らかな光を反射する指輪に手を伸ばす。
 2個のパーツに分かれたそれは、端の欠き込みを合わせるとひとつになる。
 この指輪を享一の指に初めて嵌めた時、享一の全てを手に入れたつもりでいた。

 たった一人を虜にしたい。
 思いのままを口にすれば、享一は嬉しげに微笑むが、決して首を立てには振らない。
 もっと、もっと世間体も必要のない憂慮もなくしてしまうほどに溺れさせなければ。
 ある時点までは、享一にとってセックスという行為は家族というコミュニティを形成する要因であるとの意味合いが強かった。そこへ焦げ付くような恋情と、想いと肌を重ねる快感と悦びを教え、奪い、また、ふんだんに惜しげなく時間と心を与えてきた。

 部屋の中に淡く夜明け前の薔薇色が刷かれる。広い客間の縁側の障子が橙味の強い紅に染まった。その中で影絵のように桜の枝が揺れている。もう間もなくあの桜の葉もこの朝焼けの光のように紅く色付くだろう。
 そして、落葉し春になると蕾を膨らませ絢爛に春を彩る薄紅を咲かせる。
 先の春も享一が庄谷の桜が見たいと言い出し、2人で訪れた。
 来年も、その次も2人であの桜の下に立ち時間を重ねてゆく。

 指輪を再び享一の指に嵌め、静に寝息を立てる享一の髪を手で梳いた。

 享一は、自分がなんと言って目覚めたのか覚えていないらしい。
 寝ている時に、享一がうなされるのはこれが初めてでではない。
 享一と同衾を重ねるようになり、それは度々起こっていた。
 ただ、完全に目覚めた享一は、その事を全く憶えておらず、問いただすのは無意味な気がし、いつか原因を掴もうと本人には知らせず様子を伺ってきた
 今朝もその正体を知ろうと、享一が微かに立てていた寝息を乱し始め、苦しげに小さな声でうなされるのを、神経を尖らせながら聞いていた。一つでも単語になる言葉は聞き漏らすまいと、息を潜めた耳に、その言葉は叫ぶような響きを帯びて、飛び込んできた。

 --------お父さん。

 どうすれば、愛する者を失うかもしれないという杞憂から解き放ってやれるのか?
 腕の中の寝顔は疲労の中にも安堵の色を滲ませて、静かな寝息を立ている。
 目尻に残る涙の跡に接吻をすると花弁の唇が僅かに笑んだようにみえた。
 愛おしさに満たされて、その体を互いの凹凸を合せるように抱き寄せる。
 享一のトラウマの深さを、今更ながらに思い知った気がした。



<< ←前話  / 次話→>

翠滴 1 →
翠滴 2 →

Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

22

Category: 翠滴 3 (全131話)

Tags: ---

Comment: 6  Trackback: 0

翠滴 3 タンジェリン ライズ 2  (5)


「そろそろ、携帯を変えようかな」
「故障でもしたのか?」
「なぜです?」

 呟いた一言に、リビングのソファで周と鳴海が、同時に振り向いた。周(あまね)が代表を務める会社『日本 トリニティ』 の今後の展開とその戦略について協議をしていた二人は、珍しく互いの言い分を曲げず白熱した口調で意見を戦わせていた。だから、離れた場所に座る自分の呟きへの反応など全く期待してなかった享一は、逆に鼻白んだ。

「なぜ・・・・たって」
 思わず、モダンなガラスのダイニングテーブルの上に置いてあった自分の携帯を手に取った。大学の2年の時、バイトした金で買って、そろそろ、5年になる。ストラップも付けてない、いたってシンプルなガラケーだ。だが、今時流行らないゴロンとしたシルエットのボディには無数の大小様々な傷が入り、塗装も剥げている。この手の商品としては、よくもった方だと我ながら思う。

 自分の場合、使うといっても通話と簡単なメールくらいなもので、新旧に拘りは無かったが、同期の片岡や同じ設計部の者たちが持っているスリム化された新しい機種と比べると、さすがにみすぼらしさが否めない。大体、周たちが持つ携帯だって、意外と新しい物好きだった鳴海が吟味して購入してきた最新機種なのだ。

「随分と痛んできてるし、そろそろ買い換えてもいいかもなって……思っただけなんですけど?」
 答えながらフリップを開けると、デジタルの数字が23:45と出ている。そろそろ帰る時間だ。明日は月曜日で、午前中に定例会議が入っている。享一がいま関わっている物件は、河村 圭太の設計する全室スイートの中規模のホテルだ。勿論、明日は河村も参加する。
 そのせいかどうか、定かにすると余計ややこしそうだから確認した事はないが、前日の日曜の夜はたいてい周の機嫌が悪い。ほとんど眠らせてもらえずに出勤し、看破した河村から「お盛んだな」と、揶揄いの言葉を耳打ちされたのも2度3度のことではない。

 今日は鳴海がいるうちに退散しようと、ダイニングから様子を窺っていたところに携帯の話が出た。
 書類をトンとローテーブルの上で揃える音がして、慌てて振り向いた時には鳴海が立ち上がっていた。まるで、こちらが退場の機会を探っていたのを見越していたかのような素早さだ。
 出来れば鳴海より前に席を立ちたかったのにと、タイミングを逃して内心舌を打つ。
「それでは、今日はもう遅いですしこれ位にしておきましょう。今日の経緯を纏めたものを、明朝もう一度出しますので、それを敲き台にして専門家も交えた上でもう一度、検討しましょう。ああ…それと時見さん、携帯の件はもう少し待っていただけませんか?」
 たかが、携帯の買い替えだ。どうして、鳴海の許可がいるというのか?
「どうしてです?」
 薄いフレームの眼鏡の奥のクールな目が、ちらっと周に流される。なんだろう、いやに引っ掛る目付きだ。
「享一、携帯の事は鳴海に任せておけばいい。鳴海は最近出た新機種はどこのメーカーのも網羅しているし、享一の手間も省ける」
 日々、拡張を続ける日本トリニティの代表補佐が、なんで他人の携帯の世話までするのか?
 携帯の話題になってから、周が目を合わせないのも気になった。なんか、モヤる。

「では、私はこれで」
「あっ、待ってください。俺も一緒に出ます!」
 さっさと廊下に出た鳴海を追いかけて飛び出した享一の行手を、183cmの長躯が塞いだ。
上目遣いで見上げると、麗しい翠の瞳が優しげに微笑む。だからといって笑っていない瞳孔から、口角の窪みから零れる獰猛さは隠せない。
全身から黒いものをゆらゆらと立ち昇らせて微笑う男の瘴気に当てられ、身体が動かない。恐い。
周の手が伸び、石化した享一のネクタイを掬い上げた。
「こんな時間にスーツなんか着て一体、どこに行くつもりだ?」
 玄関の扉が閉まる音で、我に返った。
「いや、明日も金曜と同じカッターとネクタイじゃ、やっぱり拙いかなーと思って・・・」
 そんな事を聞きたいわけではないのは分かっているが、ここは何とか穏便に運ばないと自分の明日が危ない。

「替えのスーツも、カッターもネクタイも下着も、全てクローゼットの中に揃っていることは?」
「知って・・・・いるけど」
「享一に合わせて作らせたんだから、サイズも合わない筈はない」
 そうだろう? と言わんばかりに翠の瞳が重圧をかけてくる。
 周が用意してくれた自分用のクローゼットの中には、センスのよい周セレクトで”GLAMOROUS”の扱うブランドのスーツやシャツ、普段着用のラフな服まで充分以上に揃えられている。
 忙しい周が自分のために、時間やお金を掛けて揃えてくれた気遣いを嬉しく感じてはいるのだが、
「周、俺の月給でグラマラスのスーツなんか着られる筈ないだろう? この前だって、うっかり会社の女の子にタグを見られて、どこかの金持ちのお坊ちゃんかと勘違いされた上、根掘り葉掘り勘繰られて往生したんだ」
「それなら、“何もかも全て”こっちに持ってくればいい」

 傲慢に言い放つ翠の瞳に切望を読み取り、言葉を失う。こんな顔をさせたい訳ではない。
 翠に煙る瞳に見るめられると、庄谷で別れてから、再会するまでこの瞳に、この男に死ぬほど焦がれたことを思い出す。
 いや、今でも俺は四六時中、周に焦がれている。
 二度と失いたくは無い。
 何も言わず、腕を広げて自分をどこにも行かせまいと立ちはだかる男を抱きしめた。頭を傾げキスを求めると、熱い抱擁とともに与えられる。
 もう、愛するものを失うのは耐えられない。だからこそ、余計に傍にいるのが怖くなる。



<<← 前話次話 →>>

翠滴 1 →
翠滴 2 →

Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学