BL・MLに関心の無い方 18歳以下の方はご遠慮くださいませ。大人の方の自己責任においてのみの閲覧を お願いします。


プロフィール

紙魚

Author:紙魚
近畿に生息中。
拙い文章ですが、お読み頂けましたら嬉しいです。


紙魚は著作権の放棄をしておりません。当サイトの文章及びイラストの無断転写はご遠慮ください。
Copyright (C) 2008 Shimi All rights reserved

*お知らせ*
長らくみなさまから頂戴した拍手コメント・メールへのお返事は、別ブログの”もんもんもん”にてさせて頂いていましたが、2016年4月より各記事のコメント欄でお返事させて頂くことにしました。今まで”もんもんもん”をご訪問くださり、ありがとうございました。く



    
参加ランキング
FC2カウンター
*
検索フォーム
QRコード
QRコード
09

Category: 翠滴 1 (全40話)

Tags: ---

Comment: 2  Trackback: 0

翠滴 1-1 藍の海1
進む→

翠滴 1-1 藍の海1


 太陽が大きく西に傾いていた。濃いオレンジ色の光の中、刈入れ前の稲穂の黄金の海を一直線に白い魚が泳いでいる。
山々に囲まれた田園は、斜陽にその影を濃く落とし夜の海原へと姿を変えつつある。

不意に魚の動きが止まった。

身体を前に屈して、時見享一は上がりきった息を整えた。
遠くで鳴くひぐらしの鳴声が夏の終りを告げている。

 昼間の熱気を忘れた夕方の風が吹いて、白い生絹の襦袢の裾を割り袖をひらひらと弄ぶ。乱雑に切りそろえられた髪の毛も同じように風に煽られて 頬や鼻先を擽った。
黄金の風に煽られすらりと佇むその姿は、まるで風を纏った天女のようだ。


享一は、恐る恐る自分のきた方向を振り返った。
誰も追いかけて来る気配がないことに安堵し、同時に微かな寂寥感のようなものを感じている。



 目線の先、遥か山陰に昔の豪商の屋敷が佇む。
 白く長い塀が此所から真一文字に見える。

 その後ろに美しく配列された豪奢な屋敷や蔵は、時の流れなど嘲笑うかのようにその長い歴史と共に静かに息づいていた。古美術としての価値も高いその建物の先達の匠と美は、その屋敷の主と共に享一の心を魅了して止まなかった。


 主が不在の屋敷では、十代という年齢に非ず、双子の姉妹が今夜の祝言の仕度に忙しく動き回っているだろう。
ふと、2人の浮世離れした美貌を浮かべ、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

自分がいなくなった事に、もう気がついただろうか?
逃げ出した事を知ったら何と思うだろう。
美しい顔を激怒に歪めて 辛辣な呪詛の言葉を吐くだろうか。
でも、それは仕方が無い。


 

 藍の海 2に進む

Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

09

Category: 翠滴 1 (全40話)

Tags: ---

Comment: 8  Trackback: 0

翠滴 1-1 藍の海2
←戻る / 進む→


 では、その兄は?
今夜の祝言の主役である 類稀なる美貌を持ち 高潔に咲き続ける華やかな白い百合のような風貌の、屋敷の主人を思い浮かべた。

その瞳は、日常の穏やかな何気ない仕草の折りにも、世間を取り繕う一切の仮面を打捨て、激しい情熱で享一を抱く時にも、包み込むように心を合わせるように覗いてくる。

 「周(あまね)…」

名前を口にすると、切なさのようなものが込み上げてくる。身体中が周に手を延ばし同性であるその花を手折り、本当は永遠に手に入れてしまいたいと願う自分の欲望の浅ましさに今更 気がついて狼狽えた。

 『ここにいる間だけ…』 周の言葉がリフレインし胸を締付ける。
享一は、唇を噛締め 屋敷に向って一礼すると踵を返して走り出した。
今、顔を合わせてしまえば総てが動き出してしまう。

 太陽は遠い山の稜線に隠れ、秋の気配を強める高い空浮ぶ雲に残光を残すのみとなった。遠くの民家に灯が点り、足許から青い暗闇が急速に広がって行く。闇に捕まるまいとするように、必死に走った。

 「うわぁーーっ」

不意に地面が消えた。目を開けると、頭を垂れた稲穂と、秋の気配を滲ませた蒼穹の空が視界一杯に広がっていた。視線を下ろすと1m程の段差があって、どうやら下段の田んぼに頭から突っ込んだらしい。

何故か笑いが零れた。
笑うと頭の中が軽くなって、そのまま目を閉じる。そよ風に、稲の葉が揺れてカサカサと音がして頬を擽る。こうしていると、この2ヶ月の出来事が、実は幻想だったのではないかと思えてくる。

静かだ。

襦袢の裾が捲れ上がって夕方の緩い風に裾の奥を撫でられゾクッとした。
1ヶ月前には知らなかった性的な感覚に身が竦み、立ち上がろうと撓んだ稲の上で藻掻いた。

 「イテテ…」

何とか上体を起こそうとするが、着慣れない襦袢の所為で身体を安定させる事が出来ず上手くいかない。


 「どうぞ」

 稲の上で藻掻く享一の目の前に 整った指を軽く伸した掌がエスコートをするように差し延べられた。見上げると、高い菫色の空を背景に、今し方切り捨てたばかりの筈の美しい男の顔が無表情で享一を見下ろしていた。

残光を浴びた白いシャツが眩しい。

 「周・・・さん」

 「今晩、主役の筈の花嫁が、こんな格好で出迎えとは。まあ、煽情的な君の
 エロティックな姿は、いつでも大歓迎 ですがね…」

 周が口角を上げ、切れ長の眼を細めた。
享一は、慌てて無様に乱れた襦袢からニョキと延びた足を隠すべく、裾を掻き合わせる。
言葉の丁寧さや、太陽が尽きる前の重い光を受けて静かに燃える翠の瞳に、怒気と痛みのようなものが宿るのを認め、息が苦しくなった。
こんな顔をさせたい訳では無かった。

 「逃げられませんよ」

 周が眼を眇める。
享一は、周の手を借りて立ち上がり、襦袢についた汚れを払う。右手は周の左手の中にホールドされたままだ。泥で汚れてしまった足袋はもう使い物にならないだろう。双子からの嫌味の応酬は、避けられそうもない。

 「逃がさない」

周の右手が顎に掛り上を向かされる。
享一は視線を外したまま答えた。

 「逃げないよ・・・」

すっかり日の落ちた稲穂の海で 風に煽られ唇を合わせる。
繋いだ手が、痛いほど握られた。

 
 俺は、今日この男と結婚する。そしてなにもかもが終わる。
 周の唇が名残惜しそうに離れ、享一の肩はこれから起る現実に震えた。




藍の海1へ戻る
続きを読む

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

10

Category: 翠滴 1 (全40話)

Tags: ---

Comment: 2  Trackback: 0

翠滴 1-2 ハートブレイカー1
←戻る / 進む→


 一ケ月半前、享一は強烈な失恋をして この地を訪れた。

 「出来ちゃったの」

 待合わせのカフェで、恋人の上原由利が衝撃の一言を口にした。
危うく手の中のコーヒーカップを落としそうになって、慌ててソーサーに下ろした。
昼下がりの静な店内に派手な陶器のぶつかる音が響く。

 由利とは大学1年の後半から付き合い始めてもうすぐ2年になる。はじめは、由利の猛烈なアタックで何となく付き合いだしたが、全てが小造りで由利の女らしい仕草や甘えるような話し方に、速度を増ながら惹かれていった。

 卒業するまでは・・・と、避妊には気を遣ったつもりだった。
 計算を間違えたのか、避妊具に不具合があったのか。

 目の前の由利は、ハンカチを泣き腫らした目に当て顔を合わせようとしない。
 責任は勿論、自分にもある。由利にこんな顔をさせたことを、申し訳なく思うと同時に、自分の子供を身籠もってくれた由利が凄く愛しくて、感謝の気持ちが込み上げた。
 優しい気持に満たされて、笑みが零れるのを自覚した。

 父親になるのだ。
 自分が父親になる。
 それは、享一にとって大きな意味と希望をもたらす。
 欠けた存在と過去を修正する。自分は、決して愛する人を裏切ったりはしない。


 少し、時期が早かっただけだ。
 卒業したら告げようと用意していた言葉を、迷わず口に登らせた。生活が苦しければ、大学をやめて働けばいい。

 「由利、俺は嬉しいよ?順番は狂っちゃったけど、俺と結婚してくれる?」

 返事は判っていたが、一生に一度だけ口にするプロポーズの言葉だ。
 心臓が飛び出しそうなほどドキドキして、逆流する血潮で顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。

 「・・・・ないの」
 「え?」

 声が小さくて、聞こえなかった。由利の顔がハンカチの奥で苦悶に歪む。
 その声には、言いたくない話を無理矢理に聞こうこうとしている享一を、逆に責めるかのような強張りがあった。

 「父親は、瀬尾君なの」
 「はぁ?」

 思考が停止した。見開いた目と同じく、ポカンと開いた口から、間の抜けた声が漏れた。何を言っているのか、全然理解出来ない。
 なんで、ここに自分の親友である瀬尾の名が出てくるのか、解らなかった。

 「それ、どういう事?」
 「だからさ、そういう事なんだって」

 返事は由利の口からでは無く、背後からよく徹る男の声で降ってきた。
 振り返ると、法学部の瀬尾隆典が隣席の椅子の背凭れに軽く腰を載せて立っていた。学内一のモテ男と謳われるワイルド系の容姿と、腕を組むバランスの良い長身が今日もイヤミなくらい決まっている。
 彫の深い顔に穿たれたアーモンド形の瞳が、悪びれもせず笑いながら享一を見下ろしいていた。

 瀬尾とは高校からの付合いで、学部は違っても時間さえ合えばつるんでいた。
 互いの性格をよく知り、享一にとって唯一の親友と呼べる友人だ。2人で遊びに行く事も多く、コロコロ変る瀬尾のガールフレンドや由利を加えて3~4人で行動する事もよくあった。勿論、瀬尾は享一が由利にベタ惚れで、どっぷり傾倒していることも知っている。

 チラリと由利に目を遣ると、助け船でも来たというふうに、安堵の表情を浮かべ、縋るように瀬尾を見ている。その頬に朱が差しているのを認めて、漸く事情が飲み込めた。
 享一の顔が困惑と疑惑に険しく曇る。

 「悪いな、キョウ」
 「どういう事か、説明しろよ」

 ”悪いな”が”鈍いな”に聞こえた。瀬尾の少し上がった口角が、謝罪とは裏腹にこの状況を悦しんでいるように見えて怒りが頂点に達した。

 「親友だと思っていたのに…」声が震える。
 「俺はお前を、今も親友だと思ってるけど?」

 気が付くと、享一は瀬尾の顔を思い切り殴っていた。倒れ込んで抵抗を見せない瀬尾に跨がり、胸倉を掴んで更に腕を振上げる。店内が騒然となった。

 「やめて!瀬尾君を殴らないで!」
 「由利…どけっ」

 由利が一方的に殴ろうとする享一の前に身を伏せて瀬尾を庇った。泣きながら享一に向けて身を捩り、叩き付けるように告白した。

 「私達、結婚するの! 私が、私が瀬尾君が好きなのよ、前からずっと好きだったの、だから、殴るなら、私を殴って」
 「結…婚?」

 由利の言葉に自分という人間がごっそり抉られ、身体のど真ん中に大きな穴が開き、自分が空っぽになった気がした。 俺は一体、誰を何を大切に想ってきたのか?
 空洞になった胸に、忘却の箱にしまいこんでいた馴染みの喪失感が蘇る。

 油断していた。 『ココロはカワル』のだ。
 別格も特別も無い。変わらない心なんて在りはしない。
 知っていたのに判っていた筈なのに、自分と由利は当て嵌まらないつもりでいた。不変の愛を信じたかっただけかもしれない。由利との恋はだけはスペシャルだと思っていた。

 だってお前、俺の事が好きだって言ったじゃん

 「瀬尾君にはいつでも彼女がいたし、私なんてって思ってた。でも、憧れだったのよ」
 「・・・だから、親友だった俺と付き合った?」

 急速に冷えていく心と裏腹に、一縷の望みに縋ろうとする自分がいる。
 恋は盲目。落ちた人間の目を塞いで愚かにする。

 「違うわ、最初は時見君が瀬尾君と仲がいいなんて知らなかった。時見君と付き合える事になった時は、わたし本当に嬉しかった。でも、時見君と一緒に瀬尾君に会うようになって、瀬尾君の事をどんどん好きになる気持ちが加速して、戻れなくなっちゃったのよ」

 自分が可愛いと思ってきた女の瞳から、大粒の自愛の涙が零れた。
 その涙を見た途端、縋る想いも一気にしらけた。

 「俺の事は、好きじゃなかった?」

 もう、なにも聞きたくなかったのに、自分の残骸が自動的に応答を繰り出す。
 感情がエラーを起こしていた。

 「好きなままでいれると思った。時見君綺麗だし優しいし、一緒にいて 凄く安心出来たの
 でも、恋じゃ無かった」

 「野郎に綺麗って何だよ、訳わかんねえ。優しい?それだけ?恋じゃ無かったって・・・」ソレ、ナニヨ?



続きを読む
藍の海2に戻る

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

11

Category: 翠滴 1 (全40話)

Tags: ---

Comment: 4  Trackback: 0

翠滴 1-2 ハートブレイカー2
←戻る  進む        


 信じていたもの、見ていると思っていたものが呆気なく覆され、実は自分の足元には
愛も信頼も何も無かった事に気付く。今まで、何を見て信じていたんだろうと自嘲した。
これは、シアワセ惚けして戒めを忘れ愛だの恋だの、何の疑いも持たずに 
信じきった自分への罰なのか?

 それなら、これからは何を信じればいいんだよ?

 「瀬尾は、どうなの」

 「由利を 可愛いと思う」目を合わさず顔を背けたまま答えた。

 今や、道路側を開け放った半オープンテラスの広い店内にいるすべての客が無関心を
装いつつ事の成り行きを、チロチロと好奇の目をもって見守っている。

 由利はハンカチを握り締めたまま、鼻の頭と目の周りをあかく染めてグスグス泣いて
いるがハンカチに隠れた顔は笑っているようにも見えた。瀬尾に可愛いと言ってもらえて
嬉しいのだろうが、”男2人に奪い合いされる自分”に陶酔しているようにも見えた。

 痕も何とかで、今まで『好き』と言う気持ちが強すぎて見えなかった、由利の別の顔を垣間見たような気がして、このシチェーションにも いい加減、うんざりしてきた。

 「本当に・・・ごめんね 時見く・・」

 「謝るなっ!腹の子に免じて、殴るのだけは勘弁してやる」

 切れ味の悪いナイフで強引に切り裂くように吐き捨てた。
 泣きたいのはこっちだ、結婚を考えた女の腹の子の父親が他の男だったなんて。

 「キョウ、それは ちょっと言過ぎだ」瀬尾が延ばしてきた手を撥ね付けた。

 「お前も同罪だろ!お前とは絶交だからな。お前ら 二度と俺に話し掛けるなっ」

 それまで自分の中で 本当に大切だと思っていた人間を、二人同時に無くした。




--------------

 半月後、享一は田舎の小さな駅のロータリーに、ぽつんと一人佇んでいた。

 前期の試験が終わってすぐ電車に飛び乗った。
予定していたバイトや 数少ない約束は、すべてキャンセルした。

 瀬尾や由利との記憶の詰まる街に、一人でいるのが嫌で、同じ建築学科の
由利と来る予定だった古民家の調査に 単身で出た。
由利はあれから休学届けを出したと聞いた。
 

 駅は無人で、降りる人もいなければ乗る人も無い。何度もメモと見比べてて駅名を
確かめたが、間違いない『庄谷駅』と書いてある。

 到着時間に合わせて迎えが来ている筈だったが、人っ子一人いやしない。

 「タヌキにでも、化かされた?なあんてね・・」
 焼け付く地面の照り返しに溜息しながら、1人ごちる。

 ロータリーとは言っても 車2台が並べばいっぱいで、その向うは田んぼが広がり、
遥か遠方に数少ない民家が点在している。見紛う事なき、”ド”のつく田舎だ。
真青な空に映る白い入道雲が、目に痛いぐらい鮮やかだ。

 牧歌的な風景に誘われて、幅の狭い道路を横切り、田んぼの傍らで深呼吸をした。
肺の中が熱い夏の空気で満たされて、日常から遠く離れた事を意識して体内の毒を吐き出すように息をつく。肌と一緒に肺の中まで焼ける感覚が気持ちよかった。

 肩先まで延びた髪が風に遊ばれて視界を遮った。

 「切っちゃえばよかったな。でも、失恋で切ったって思われるのもなあ・・・」

 女じゃあるまいし・・というか、今日び失恋で髪を切る奴も 珍しいんじゃないだろうか?
散髪代を浮せるため、カットモデルを請負っている享一は、無闇に髪を切る事が出来ない。やや明るめのウェンゲ色で 光沢ある髪は地毛ではあるが、見ようによっては遊び人風にも見える。ミディアムレイヤーだと切った美容師が教えてくれたが、関心は無かった。

 ひととおり夏の日差しと澄んだ空気を堪能し ひとつ伸びをして振り返った鼻先を 
赤い塊が爆音と共に猛スピードで走り過ぎ、危うく田んぼの中に転げ落ちそうになった。

 「うわっち!」

何事かと呆気にとられ、過去った方向を見ると赤い塊は次の角を派手なドリフトで曲がり、爆音と共に砂埃を巻き上げて田んぼの彼方に消えた。

 「Z…かな?」

 思わず、苦笑いが漏れた。
ド田舎に真赤なフェアレディZ、シュールな組み合わせだ。エンジン音から走り屋仕様に
改造しているのは間違いない。田舎モンが、粋がって乗っている感が否めない。


 「時見享一様ですか?」
フェアレディの消えた方向を、呆然と見ながら立ち尽くしていた享一は、背後からの声に
文字通り、飛び上がった。



続きを読む         
ハートブレイカー1に戻る

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学

12

Category: 翠滴 1 (全40話)

Tags: ---

Comment: 8  Trackback: 0

翠滴 1-2 ハートブレイカー3
←戻る                                          進む→


 「お待たせして、申し訳ありませんでした。永邨の家からお迎えに上がりました、
 茅乃(かやの)と申します」

 振り返ると陽炎の中に、このド田舎に不釣合いの華やかに洗練された和服の美少女が立っていた。透けるような白い肌、ふっくらとした唇、漆黒の長い髪濃い紫の地に、菖蒲が大胆に白抜きされた粋な着物を着た、美しい日本人形が続けて口を開く。

 「お荷物は?」
 「アレだけど…」と、駅前の花壇の横を指差す。

 5日間の滞在予定だったが、古民家のディティールを正確に写し取ろうと、模型用の
パネルやスタイロ、スケッチブック、ノートPCなどかなりの量だ。
 「鳴海、お持ちして!」
 いきなり少女の唇が、その愛らしさに似合わぬ棘のある鋭い声で指示を出した。
 「いえ、自分でやりますから」

これから世話になろうというのに、自分の事ぐらいは自分で、と荷物に向かって踏み出したが、丁寧だが硬く張った男の声に止められた。

 「時見様、すぐ終わりますので、お待ちください」

 享一を制したのは、まだ若い20代後半と思しき、銀縁眼鏡を架けた目許涼しげな表情のスーツ姿の男だった。しなやかな動きで享一の荷物を手際良く車に積み込むと、男のイメージとよく合った漆黒のジャガーの後部座席ドアを、開けて立った。

 「お待たせしました。茅乃様、時見様、どうぞ」

 浮いている。鳴海も、茅乃も、もちろん黒のジャガーも。都会で撮った写真を、コラージュしてド田舎にべタッと貼り付けたようだ。田舎の古い家を見せて貰いに行くのだから、てっきり迎えは田舎もん的な感じの気のいいおばちゃんか、おじいちゃんみたいな人が来るのかと思っていた。
 その事を話すと鳴海は苦笑し、茅乃は朗らかに笑った。
 茅乃のティーンエイジャーらしい瑞々しい笑い声に、場が一気に華やいだ。

 「時見享一です。よろしくお願いします」改めて挨拶をする。
 「鳴海です。ハイヤー及びその他の"雑用"をこなしております」
 「鳴海は、お兄様専用なんですわよね」

 茅と名乗る少女の声に僅かに拗ねる響きを感じて、何気に茅の顔を伺う。
茅は形のよい鼻をツンと逸らしているのに、瞳は潤む感じで鳴海を見ていた。
もしかしたら、この娘は 優雅に車のドアを支えるこの男に、気持ちがあるのかもしれない。

年の違いを考えると、憧れとでも言うのか。ふと、”憧れ”というワードに突然、脳裏に由利の言葉が蘇り、舌の付根に苦味が広がった。

 「私は、茅乃様や美操様のお役に立ちたいと、いつも思っておりますが?」

 鳴海は薄く笑ったが、茅はそっぽを向いてサッサと乗り込むと、享一にも乗るように促した。
 どうやら、ステイ先は複雑な人間模様なのかもしれない。”お兄様専用”の言葉に、自分と同年代の息子がいると想定された。


 ハイヤー付のジャガーを所有する田舎の家。意に反して今風に改築でもされていたら、調査の意味がない。紹介してくれた教授の話では重要文化財に指定されているとの事だったが、いかにも都会的な鳴海達とこの車からは、どうも”古民家”が連想出来ない。
享一は、上質のレザーシートに座りながら、密かに不安を覚えた。


 享一の心配をよそに、20分ほど走って着いた屋敷は、古い豪商の家だった。
 造りも規模も、予想をはるかに超えた立派な建物だ。豪奢な母屋や並び建つ蔵に圧倒される。

 「200年以上前に建てられたものらしいです」

 はっと、ニヤついていたかもしれない顔を引き締める。

 「ああ、茅乃さん俺の荷物運ばないと。どこですか?」

 「美操(みさお)です。はじめまして。享一さんのお荷物は、
 鳴海と姉がお部屋のほうへ運んでおりますわ。お疲れでしょう?
 どうぞ、夕食の前にお湯をお使いくださいませ」

 そう言うと、固い蕾も思わず綻びそうな、艶やかなな笑みを享一に向けた。
 享一の目が、釘付けになっているのに気付いたのか「双子なんです」と恥かしそうに笑う。

 湯をもらい、用意された濃紺の薄手の着物に袖を通す。廊下に出たところで、延びてきた白い手に襟元を直され、美操だと思い礼を言うと、「茅乃です」と薄笑いで返され、面食らった。双子だから似ていて当たり前だが、身に付けるものまで同じというのは不親切というものだ。

 広間まで案内される間、200年の歴史をもつ屋敷の重厚さに圧倒され、見るもの総てに感心しながら 視線が辺りを彷徨う姿は、まるで美術館を見物をするおのぼりさんと変わらない。
子供のように、何度も茅乃に先を促されながら、少女の後について行く。

 長年磨きこまれた飴色の光沢の廊下、精度の良い金物細工、柱から外側に伸びた持送りは一つひとつ意匠変えるという趣向が凝らしてあって、目に留まる度 つい足が止まってしまう。

 置いてある調度品からして 代々、相当な資産家であったことが伺えた。
 享一の心と目を奪う業の数々、まさに宝物庫のような屋敷だった。

 「お兄様、享一様をお連れしました」


 茅乃に案内され庭に面した広縁を通って、広間に入り”兄”と呼ばれた人と対峙した
 瞬間、享一の目は止めのように釘付けになり、引き付けを起こしそうになった。
 
 「茅乃、ご苦労様だったね。佐野さんに食事を始めますと伝えてきてくれないか。
  時見君は、どうそ私の隣へ」

 正面で胡坐を掻き膝の上に、シャツの袖をまくり上げた腕で頬杖をついて
 享一に隣席を勧める人物に、自分の総てを持っていかれていた。


Continue

テーマ : BL小説    ジャンル : 小説・文学