09 ,2010
眠りの海で青い魚は恋をする 1
みなさま、予告だけしておきながら大変お待たせしてしまいました。
この短編小説は、50000HITのお祝いにと卯月屋文庫の紙森けいさまより頂きました。
『翠滴』の登場人物、瀬尾隆典とその息子和輝を中心にしたお話です。
本編では和輝が幼いうちに別れてしまいましたが、紙森さまがその後の2人を書いてくださいました。
もともと2編に分けていただいた作品を全7編に分けさせていただきまして、
こちらでは一日2編ずつをUPさせて頂く予定です。
この場を借りて紙森さまに厚く御礼申し上げます。
本編の「翠滴」には勿体ないくらいの素晴らしい短編を本当にありがとうございます。
そして早々と頂いていたにもかかわらず、発表が遅れましたこと大変申し訳ありませんでした。

クリックしますと大きくなります。
『眠りの海で青い魚は恋をする 1』
前のめりになるその身体を、和輝は背後から腕をさし入れ支えた。
「ありがとう。時々、言うことを聞かなくなるんだ、この膝は」
隆典はそう言って身体を起こしたが、和輝は腕を外さなかった。
「和輝?」
少し首を回した隆典のその頬に、和輝は自分の頬を重ねた。片方の腕を深く回して彼の肩を掴むと、強く抱きこむ。口角と口角が触れ合って、語調を強めた「和輝!」と言う言葉に付随した息が、直に感じられる。
逃れようとして身をよじり、隆典の抵抗が大きくなった。体格的に差はない。親子の年齢と言っても、まだ男盛りの域を出ない隆典が渾身の力を出したなら、和輝の腕はほどなく外されてしまうだろう。
「セオ」
和輝は耳元で囁いた。隆典の動きが止まる。
「瀬尾」
腕の力を緩め、和輝は彼を自分の方に身体ごと向かせた。彼の瞳は、見開かれた目の中で凍ったように動かない。
「な…に、」
辛うじて言葉になろうとする声を、和輝は唇で吸い取った。
和輝が父・瀬尾隆典との血の繋がりについて意識したのは、中学二年生の時だ。生物の授業で「形質と遺伝子」を教わり、その中でヒトのABO式血液型についても触れられた。ある程度名の通った小・中・高一貫教育の私立ではあるものの、複雑な家庭環境の子供もいるから、あくまでも知識として留める程度の簡単な説明で終わったのだが、生徒達の興味を引くには充分で、しばらく性格判断や占いなどと言ったものが学年中で流行した。しかし和輝の興味はそんな非科学的な部分にはなかった。
遺伝子から見る血液型の発現をノートしながら、和輝は小さな疑問を抱く。何気なく当てはめた自分と両親の血液型は、親子関係にはなりえないものだったからだ。もちろん中学で習う知識程度で正確な親子鑑定が出来るはずはない。教師も染色体によっては「一般的にありえないとされる子供が産まれることもある」と説明していた。それに父親の血液型は定かではなかった。両親は和輝が幼い頃に離婚し、父の隆典はすぐにカナダに移住してしまったので、会う機会は年に数度だった。彼と過ごす楽しく短い時間の中に、血液型の話題は出たことがない。隆典の血液型は、やはり血液型占いが流行った小学生の時に母・由利から聞いたものに過ぎず、聞き間違いや言い間違いであることも考えられた。
「お父さんの血液型って、何型だっけ? O型?」
仕事から帰宅した由利にさりげなく尋ねると、「さあ、何だったかしら?」とはっきりしない。以前は即答だったのにと、和輝は違和感を覚える。
「お父さんの血液型がどうかした?」
問い返されて、学校でまた血液型占いが流行っているからと答えた。授業で血液型について習ったと言うことを、なぜか話してはいけないと思った。由利の表情が一瞬、止まったように見えたからだ。同時に、隆典の血液型が覚え違いでなかったことを悟った。
自分は両親のどちらかと血が繋がっていないのかも知れない、そしてそれは母ではなく、父の方かも知れないと言うことには、和輝はショックを受けなかった。いつの頃からか漠然と感じていたからだ。
和輝は隆典に似たところが一つもなかった。軽くウェーブのかかった柔らかな髪も、日に焼けにくい肌も、少女と間違われることもある繊細で小作りな顔の造形や、指の形、耳の形、どれをとっても精悍な隆典とは違っている。それらは成長するにつれ、隆典や由利にではなく、ある人物に酷似してきた。
その人物とは時見享一――隆典の友人である。
和輝が学齢に上がるのを機に、由利はニューヨークの設計事務所を辞め日本に戻った。その頃から時折、時見享一は離れて暮らす隆典に代わって、父親役を買って出てくれた。由利が仕事で遠出する時には彼のところに預けられた。サッカーの試合の応援や父親参観、長期の休みにはアウトドアな思い出を作ってくれる。学校で転んで腕の骨を折った時、由利より先に迎えに来てくれたこともあった――何かあった際の連絡先が由利と彼のところになっているからだが、由利は会議を優先し、享一は会社を早退して駆けつけてくれたのだ。
彼と一緒だと、必ず親子か年の離れた兄弟に見られた。年齢差だけではなく、容姿がよく似ていたからだった。第二次性徴期に入り、思春期の少年らしい骨格になると、ますます顕著になった。
「享一さんとは遠い親戚なの。だから似ていて当然よ」
と由利は言ったが、それだけでは説明しきれないほどに和輝はどんどん享一に似ていった。
享一から親戚や友人の子供に対する以上の情愛も、和輝は感じている。甘やかすばかりでなく親身になって叱ってくれるし、向けられる眼差しはとても温かい。
――もしかしたらキョウちゃんが、本当のお父さんなのかな。
和輝は自室に戻って、理科のノートをカバンから取り出した。余白に書きとめた血液型の組み合わせを見る。記した隆典のそれを指でなぞった。
血の繋がりがないのだとしたら――それ自体には、本当に思うところはなかった。ただ、和輝が「知った」と言うことを隆典が知ったら、今までのようには接してくれないのではないか。そればかりか、父親としての役割が済んだと去ってしまうのではないか。
隆典と会える時間は減っていた。以前は春・夏・冬の長期休暇毎に和輝はカナダの彼の元を訪れていたが、それが夏と冬になり、ついには夏休みのほんの数日になった。隆典は和輝がクラブ活動や学校行事で忙しくなったことを理由にしたが、はたしてそれだけだろうか。
年々、友人に似てくる『息子』に、嫌気がさしたのではないだろうか。
――もう会ってくれないかも知れない
そうなることの方が、和輝にはよほど辛かった。だから疑問をそっと胸の奥底にしまいこんだ。
<< 次話→ >>
この短編小説は、50000HITのお祝いにと卯月屋文庫の紙森けいさまより頂きました。
『翠滴』の登場人物、瀬尾隆典とその息子和輝を中心にしたお話です。
本編では和輝が幼いうちに別れてしまいましたが、紙森さまがその後の2人を書いてくださいました。
もともと2編に分けていただいた作品を全7編に分けさせていただきまして、
こちらでは一日2編ずつをUPさせて頂く予定です。
この場を借りて紙森さまに厚く御礼申し上げます。
本編の「翠滴」には勿体ないくらいの素晴らしい短編を本当にありがとうございます。
そして早々と頂いていたにもかかわらず、発表が遅れましたこと大変申し訳ありませんでした。

クリックしますと大きくなります。
『眠りの海で青い魚は恋をする 1』
前のめりになるその身体を、和輝は背後から腕をさし入れ支えた。
「ありがとう。時々、言うことを聞かなくなるんだ、この膝は」
隆典はそう言って身体を起こしたが、和輝は腕を外さなかった。
「和輝?」
少し首を回した隆典のその頬に、和輝は自分の頬を重ねた。片方の腕を深く回して彼の肩を掴むと、強く抱きこむ。口角と口角が触れ合って、語調を強めた「和輝!」と言う言葉に付随した息が、直に感じられる。
逃れようとして身をよじり、隆典の抵抗が大きくなった。体格的に差はない。親子の年齢と言っても、まだ男盛りの域を出ない隆典が渾身の力を出したなら、和輝の腕はほどなく外されてしまうだろう。
「セオ」
和輝は耳元で囁いた。隆典の動きが止まる。
「瀬尾」
腕の力を緩め、和輝は彼を自分の方に身体ごと向かせた。彼の瞳は、見開かれた目の中で凍ったように動かない。
「な…に、」
辛うじて言葉になろうとする声を、和輝は唇で吸い取った。
和輝が父・瀬尾隆典との血の繋がりについて意識したのは、中学二年生の時だ。生物の授業で「形質と遺伝子」を教わり、その中でヒトのABO式血液型についても触れられた。ある程度名の通った小・中・高一貫教育の私立ではあるものの、複雑な家庭環境の子供もいるから、あくまでも知識として留める程度の簡単な説明で終わったのだが、生徒達の興味を引くには充分で、しばらく性格判断や占いなどと言ったものが学年中で流行した。しかし和輝の興味はそんな非科学的な部分にはなかった。
遺伝子から見る血液型の発現をノートしながら、和輝は小さな疑問を抱く。何気なく当てはめた自分と両親の血液型は、親子関係にはなりえないものだったからだ。もちろん中学で習う知識程度で正確な親子鑑定が出来るはずはない。教師も染色体によっては「一般的にありえないとされる子供が産まれることもある」と説明していた。それに父親の血液型は定かではなかった。両親は和輝が幼い頃に離婚し、父の隆典はすぐにカナダに移住してしまったので、会う機会は年に数度だった。彼と過ごす楽しく短い時間の中に、血液型の話題は出たことがない。隆典の血液型は、やはり血液型占いが流行った小学生の時に母・由利から聞いたものに過ぎず、聞き間違いや言い間違いであることも考えられた。
「お父さんの血液型って、何型だっけ? O型?」
仕事から帰宅した由利にさりげなく尋ねると、「さあ、何だったかしら?」とはっきりしない。以前は即答だったのにと、和輝は違和感を覚える。
「お父さんの血液型がどうかした?」
問い返されて、学校でまた血液型占いが流行っているからと答えた。授業で血液型について習ったと言うことを、なぜか話してはいけないと思った。由利の表情が一瞬、止まったように見えたからだ。同時に、隆典の血液型が覚え違いでなかったことを悟った。
自分は両親のどちらかと血が繋がっていないのかも知れない、そしてそれは母ではなく、父の方かも知れないと言うことには、和輝はショックを受けなかった。いつの頃からか漠然と感じていたからだ。
和輝は隆典に似たところが一つもなかった。軽くウェーブのかかった柔らかな髪も、日に焼けにくい肌も、少女と間違われることもある繊細で小作りな顔の造形や、指の形、耳の形、どれをとっても精悍な隆典とは違っている。それらは成長するにつれ、隆典や由利にではなく、ある人物に酷似してきた。
その人物とは時見享一――隆典の友人である。
和輝が学齢に上がるのを機に、由利はニューヨークの設計事務所を辞め日本に戻った。その頃から時折、時見享一は離れて暮らす隆典に代わって、父親役を買って出てくれた。由利が仕事で遠出する時には彼のところに預けられた。サッカーの試合の応援や父親参観、長期の休みにはアウトドアな思い出を作ってくれる。学校で転んで腕の骨を折った時、由利より先に迎えに来てくれたこともあった――何かあった際の連絡先が由利と彼のところになっているからだが、由利は会議を優先し、享一は会社を早退して駆けつけてくれたのだ。
彼と一緒だと、必ず親子か年の離れた兄弟に見られた。年齢差だけではなく、容姿がよく似ていたからだった。第二次性徴期に入り、思春期の少年らしい骨格になると、ますます顕著になった。
「享一さんとは遠い親戚なの。だから似ていて当然よ」
と由利は言ったが、それだけでは説明しきれないほどに和輝はどんどん享一に似ていった。
享一から親戚や友人の子供に対する以上の情愛も、和輝は感じている。甘やかすばかりでなく親身になって叱ってくれるし、向けられる眼差しはとても温かい。
――もしかしたらキョウちゃんが、本当のお父さんなのかな。
和輝は自室に戻って、理科のノートをカバンから取り出した。余白に書きとめた血液型の組み合わせを見る。記した隆典のそれを指でなぞった。
血の繋がりがないのだとしたら――それ自体には、本当に思うところはなかった。ただ、和輝が「知った」と言うことを隆典が知ったら、今までのようには接してくれないのではないか。そればかりか、父親としての役割が済んだと去ってしまうのではないか。
隆典と会える時間は減っていた。以前は春・夏・冬の長期休暇毎に和輝はカナダの彼の元を訪れていたが、それが夏と冬になり、ついには夏休みのほんの数日になった。隆典は和輝がクラブ活動や学校行事で忙しくなったことを理由にしたが、はたしてそれだけだろうか。
年々、友人に似てくる『息子』に、嫌気がさしたのではないだろうか。
――もう会ってくれないかも知れない
そうなることの方が、和輝にはよほど辛かった。だから疑問をそっと胸の奥底にしまいこんだ。
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□□最後までお読みいただき、ありがとうございます(*^_^*)ペコリ
紙森さまにせめてもの御礼の気持ちにと、久し振りにイラストを描いてみましたが、
この素晴らしい短編への返礼になっているのか・・・・・?
かなり怪しいところですけれど感謝の気持ちだけでも表したい!という事でm(_ _)m
ではみなさま、2話にどうぞお越し下さい(*^▽^*)
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紙森さまにせめてもの御礼の気持ちにと、久し振りにイラストを描いてみましたが、
この素晴らしい短編への返礼になっているのか・・・・・?
かなり怪しいところですけれど感謝の気持ちだけでも表したい!という事でm(_ _)m
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