10 ,2008
翠滴 side menu 鳴海 7(終)
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屋敷に着く頃に周は目を覚ました。
衣服の乱れは鳴海によって きれいに直されていた。
「無理させてしまいましたね」
「・・・・なんてこと無い」
感情を消した抑揚の無い声が答える。この男は、何度この言葉を自分に言い聞かせてきたのだろう。鳴海は、直接顔を向けず助手席を見遣る 周は視線を暮れなずむ遠くの山の頂に、ほんの少し残る残光に向けたまま、表情を窺い知る事はできない。
「鳴海」
「・・・はい」
「俺は結婚する。力を貸せ」
驚きで、すぐに言葉が出なかった。
「結婚・・ですか?」
「俺が結婚したら、本家の奴等も神前たちもそう頻繁に呼び出せは
しなくなるだろう」
「・・・結婚ごときで、あの方々が大人しく引き下がるとは思えませんが・・、
牽制くらいにはなるかもしれませんね・・」
いや、跡継ぎが生まれれば事態は劇変する。本家に子種は無い。
「どなたか、心当たりでも?」
「時見 享一」
周の即答に面食らった。
「それは・・・時見は、男性でしょう?」
「俺は、自分の子なんていらない。なら、”ごっこ”の結婚で充分だ」
「一族の皆様や、神前様たちを欺くと?」
「何、言ってんだ。俺だって騙されてここに連れてこられたようなもんだろうが?」
周の瞳が責めるように睨んできたが、諦めたようにすぐにもとの表情に戻る。
鳴海とて、その話題に触れられるのは後ろめたさを露呈するようで気分は良くない。
「ただ・・・・時見 享一は、ごく一般的な男だと思われますが、
落す自信はあるのですか?」
「俺は受けも攻めも、テクはピカイチだぜ?なんてったって、淫獣・神前の
直伝だからな」
周 は事も無げに嘯くと、忽ち悪巧みを企む子供のような酷薄さを滲ませてニヤリと笑った。確かに”受け”のテクはたった今、証明してもらった。
偽りの、それも女役での結婚式への加担を、如何に時見に承諾させるのかということを訊いたつもりだったが、この発言からすると躯も堕すつもりということか。鳴海の中に複雑な感情が沸き起こる。
「ちょっと、掻き混ぜてやろうぜ」 と、
周の翠の虹彩の中で悪戯を企てる時の子供のようなきらきらと輝いては爆ぜる光が楽しげに共犯を誘う。可愛く”悪戯”と呼ぶには悪質すぎて呆れるが、この瞳に強請られるなら悪い気がしない。久しぶりに見る周の生きいきとした表情は、鳴海の胸にも小さくパチパチと弾ける花火のような光を伝染させる。
完成された美しい男の容貌から覗く、聞き分け悪そうな少年の貌。
この男は、どれだけ自分を魅了すれば気が済むのか・・
「なっ、面白そうだろ」
「少しは・・」
しなやかな男だ。
実のところ、神前も他の誰もこの男には敵わないのかもしれない。
選択を許されない逆境にあっても運命を変えようと指し示す指は、常に真直ぐ前を向いている。この類稀なる男にどんな運命が待ち受けるのか、どうやって自分の道を切り開いて行くのか、その先までも見届けたくなった。
鳴海 (終)
屋敷に着く頃に周は目を覚ました。
衣服の乱れは鳴海によって きれいに直されていた。
「無理させてしまいましたね」
「・・・・なんてこと無い」
感情を消した抑揚の無い声が答える。この男は、何度この言葉を自分に言い聞かせてきたのだろう。鳴海は、直接顔を向けず助手席を見遣る 周は視線を暮れなずむ遠くの山の頂に、ほんの少し残る残光に向けたまま、表情を窺い知る事はできない。
「鳴海」
「・・・はい」
「俺は結婚する。力を貸せ」
驚きで、すぐに言葉が出なかった。
「結婚・・ですか?」
「俺が結婚したら、本家の奴等も神前たちもそう頻繁に呼び出せは
しなくなるだろう」
「・・・結婚ごときで、あの方々が大人しく引き下がるとは思えませんが・・、
牽制くらいにはなるかもしれませんね・・」
いや、跡継ぎが生まれれば事態は劇変する。本家に子種は無い。
「どなたか、心当たりでも?」
「時見 享一」
周の即答に面食らった。
「それは・・・時見は、男性でしょう?」
「俺は、自分の子なんていらない。なら、”ごっこ”の結婚で充分だ」
「一族の皆様や、神前様たちを欺くと?」
「何、言ってんだ。俺だって騙されてここに連れてこられたようなもんだろうが?」
周の瞳が責めるように睨んできたが、諦めたようにすぐにもとの表情に戻る。
鳴海とて、その話題に触れられるのは後ろめたさを露呈するようで気分は良くない。
「ただ・・・・時見 享一は、ごく一般的な男だと思われますが、
落す自信はあるのですか?」
「俺は受けも攻めも、テクはピカイチだぜ?なんてったって、淫獣・神前の
直伝だからな」
周 は事も無げに嘯くと、忽ち悪巧みを企む子供のような酷薄さを滲ませてニヤリと笑った。確かに”受け”のテクはたった今、証明してもらった。
偽りの、それも女役での結婚式への加担を、如何に時見に承諾させるのかということを訊いたつもりだったが、この発言からすると躯も堕すつもりということか。鳴海の中に複雑な感情が沸き起こる。
「ちょっと、掻き混ぜてやろうぜ」 と、
周の翠の虹彩の中で悪戯を企てる時の子供のようなきらきらと輝いては爆ぜる光が楽しげに共犯を誘う。可愛く”悪戯”と呼ぶには悪質すぎて呆れるが、この瞳に強請られるなら悪い気がしない。久しぶりに見る周の生きいきとした表情は、鳴海の胸にも小さくパチパチと弾ける花火のような光を伝染させる。
完成された美しい男の容貌から覗く、聞き分け悪そうな少年の貌。
この男は、どれだけ自分を魅了すれば気が済むのか・・
「なっ、面白そうだろ」
「少しは・・」
しなやかな男だ。
実のところ、神前も他の誰もこの男には敵わないのかもしれない。
選択を許されない逆境にあっても運命を変えようと指し示す指は、常に真直ぐ前を向いている。この類稀なる男にどんな運命が待ち受けるのか、どうやって自分の道を切り開いて行くのか、その先までも見届けたくなった。
鳴海 (終)
やっぱ、紙魚サマの書く描写は素晴らしい!
特に、情事の場面なんか、鳴海が輝いて見えました(笑